3.誓いの黄昏
書き溜めの重要性を痛感している今日この頃。
誤字脱字、誤用などありましたら申し訳ありません。
宜しくお願い致します。
「どうしようか……」
見覚えのない体に憑依(?)して途方に暮れていたが、情報が少なすぎて現状の把握が難しく、これからとるべき行動の判断がつきそうもなかったため、私は部屋の調査を続行した。
知りたかった情報はすぐに見つかった。部屋には机が置かれており、一番上の引き出しにあるこの部屋の主の手記が入っていたのだ。
この体について、そして私に関する情報も手記には記載されていた。手記とは言ったが本人の生活についてなどは殆ど書かれておらず、そいつが行ってきた実験の記録が淡々と記されていた。
記録を見て分かったことは多い。
簡潔に挙げていくと、
・憑依した少女の名前はアナスタシア(十三歳)である
・アナスタシアは“勇者”の娘である
・手記の持ち主(以下A)は《死霊魔法》と《鑑定》というスキルを所持している
・Aが、私の魂をアナスタシアの肉体に縛り付けた
・Aはアンデットの研究をしていた
・Aは人間に限らず様々な生物を利用して実験を行っていた
・Aは特定の組織に属しておらず、実験体を他組織に流し、見返りに研究資金と被検体を受け取っていた
・用意されていた服一式について
上記以外にはこの肉体のスペックと他の実験体の詳細、他には何処かの国の名前が複数出てきたが分からないことも多い。
「というか“スキル”とは何だ……? 私たちが使っていた能力と同種のものなのか? “魔力”とはなんだ? ……分からないことが多すぎる」
この部屋には他に目ぼしいものは無く、私は他の部屋を見て回るべく部屋を出た。幸い扉にロックは掛かっておらず出ることができた。
扉を出ると螺旋階段が上に向かって伸びており、淡々と上っていくと次の部屋に到達するのは早かった。
だが次の部屋で得られた情報は、殆ど無かった。
情報が、ではなく物理的に部屋が荒らされ、実験記録の書かれた紙が数枚残っている程度だった。
実験に使われていた機械だろうか、大小様々な物が存在するが、無残にも破壊されてしまっている。最初の部屋に続く階段はタイルの下に隠されていたため、そちらが荒らされることは無かったみたいだ。
部屋に溜まる埃を見るとそこまで堆積している様子はない。ここを何者かが荒らしてから半年も経過していないのではないか。
部屋が荒らされていることに対しては同情できないし、したくない。
はっきり言って手記の持ち主とは仲良くなれそうにない。死者の魂を、肉体を弄ぶなど言語道断。しかもアンデットへ改造して売り払うなど論外。
周囲に血痕は無いため手記の主は死亡しているか分からない。私はとりあえずこの実験施設から脱出することに決めた。
扉を開くと再び螺旋階段が目に入る。少しげんなりするが、上っていると疲労感が全くないことに気づく。
先程読んだ手記の内容が本当だとしたら、この肉体は既に死亡している。試しに壁に触れてみても、微かに冷たさが分かる程度しか感じられない。
「感覚も鈍くなっているのか……」
これまで《迷者》____アンデットの救済を行ってきたが、自分がなるとは思ってもみなかった。正直この先、私の魂や少女の肉体がどうなっていくのか予想がつかない。
そもそも手記では私、というより私の魂が入ったアナスタシアは施術が終了しても目が覚めなかったようで、失敗作扱いだった。改造に使用した素体・素材は世に二つとない唯一無二のものだったらしく、丁重に保管されてはいたようだが。
階段を登り切った。不安を振り払い、扉を上に押し開く。
「っ!? ……ケホッ」
扉の隙間から砂が落ちてきて目や口に入ってきた。どうやら今までの空間は地下にあり、扉の先は地上だったらしい。一気に扉を押し飛ばし外に出る。
瞬間目を焼くような光が視界を覆い、思わず目を細める。
恐る恐る瞼を開くと、視界に広がっていたのは夕焼けと、キラキラと光を乱反射させる広大な海だった。
どうやら地下施設は切り立った崖に設置されていたようだ。周囲を確認してから崖に近づき、座ってこれからのことを考える。
正直、私自身この体験が夢だとは到底思えなくなっている。
波打つ海と吹き付ける潮風、沈みゆく太陽、茜色に染まる空。少なくとも目の前のこの風景は確実に存在している。
この景色は私の記憶の中にはないもので、手記に書かれていた国々の名前、人に害をなす怪物たち、勇者や魔力といった情報も初めて知るものばかりだった。
手記の内容が真実であるならばこの世界中でその存在が知られている勇者について、私が全く知らないというのもおかしな話だ。
つまりここは、この世界は私がいた世界とは異なる世界である、という可能性高い。
ただ……ここが異なる世界、異世界と称するなら、これからの行動について考えてしまう。そもそも私は殺されたのでも自殺したのでも、ましてや病死でもない。老衰の末の寿命で死んだのだ。未練も後悔もないし、人生をやり直す必要もない。
私はこの世界の人間ではないのだし、必要以上にこの世界に干渉するのも違う気がする。
死者を弄んだ地下施設の主に思うところはあるが、生きているのかすらも不明だ。生きていたとしても、報いを受けさせてやろうとは思わない。もし出会ったら、これ以上犠牲が出ないよう処理するが。
「このまま何もせず、この世界から退場するのが一番かもしれないけれど」
……駄目だ。
私もこの体も死んでいるはずなのに、何故か涙が溢れて止まらない。
同時に胸の奥で何かが堪えようのない寂寥を訴える。
初めは夕日が目に染みたのかと思ったが違う。胸を締め付けるこの感情は、恐らくこの肉体の本来の持ち主、アナスタシアのものだろう。
この体の何処かに染み付いたアナスタシアの魂が泣いているのだ。
手記によると、アナスタシアは犯罪組織の襲撃によって命を落としたと書かれていた。
望まぬ死。そのうえ亡骸は家族から引き離され、イカレた研究者によって改造された。失敗作として扱われ、狭く暗いあの部屋のカプセルの中で放置されていたのだ。
そして別の人間の魂を入れられて、意識を取り戻すことすらできず、アンデットとなり果てた。
こんな理不尽があるだろうか。この子の魂がどれほどの悲しみを抱えているのか、考えると私の胸も締め付けられるようだった。
いつまでこの肉体に憑依していられるのかは分からない。
それでもこの子を故郷に、この子が愛する、この子を愛した家族の元へ。
死者救済。
例えここが異世界だろうと、私の行動理念は揺るがない。
「絶対に送り届けるから……必ず、帰ろう」
私は涙を拭い、日の沈みゆく黄昏に誓ったのだった。
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