2.覚醒は闇の中
宜しくお願い致します。
いつから意識があったのか、正確には分からない。
いつからこの暗闇に存在したのか覚えていない。
目を開くだとか、体を動かすという考えすら起きない闇の中。
私はただただ、漂っていた。
私は死んだはずなのに、なぜ再び意識が戻ったのか。
……何も分からない。私の理解の範疇を超えている。
もしや、あの世などは存在せず、ただそこに魂があるだけなのだろうか。
思考だけが冴えていく中、状況に変化が訪れた。
何とも形容しがたいものが出現し、私の存在を手繰り寄せているような感覚に陥る。抵抗することもできず、されるがまま引き寄せられていく。
引き寄せられる先を意識すると、なぜか光の塊が見えた。
それまで私を引き寄せていたものと違い、高潔さや純粋さを与える印象を持っている。
中央にぽっかりと穴が開いた、光の塊。それはどこか器のようで、私を待っているようにも思える。光の器に自身の存在が吸い込まれていくのを受け入れて、私は再び短い眠りに落ちた。
今度こそ永遠の眠りに就くことを、家族に出会えることを願って。
*
再び意識が浮上する。
……おかしい。
私は死んだことが無いので、死後どうなるのか理解しているわけではないのだが、そうそう何度も意識が戻るのはどう考えてもおかしいのではないか。
しかも二度目の今回は、僅かだが感覚が戻っている。重力を感じ、恐らくだが硬い床の上に仰向けに寝そべっているのが分かる。目の前は相変わらずの暗闇のままだが、今回は瞼を開くことができた。
しかし……やはり体が動かしづらい。不思議なことに痛みは感じないが、数日寝込んだ後の鈍った体のような、妙な固さを感じる。
もし蘇ったのだとしたら一体私の肉体はどれほどの時間放置されていたのだろうか。
瞼を開き周囲の状況を確認するが、周囲に生物の気配は一切感じない。自分の身じろぎの音が聞こえづらいのは長時間放置されていた弊害か。
初めから暗闇だったからか、幸い目は慣れている。体を解しながら起き上がり周囲をぐるりと観察すると、少し離れた位置に、小さな緑色のランプが点いていた。
私は転倒しないように、慎重に暗闇を進む。ランプのある箇所を確かめると、どうやら何かのスイッチらしきものだった。
一瞬、罠かどうか疑う。
だがこのまま押さずにいても埒が明かない。それにまだ確定しているわけではないが、今いるこの場所は恐らく密室だろう。空気の流れが感じられない上、ランプ以外の光源が一切見当たらない。ここが閉じ込めておくための場所でもない限り、侵入を防ぐ罠はあっても脱出防止の罠は仕掛けないと思う。
「ぽちっとな」
一度死んでいるからか、少し緊張感に欠ける気もするが仕方ないだろう。今見ている全てが妄想、もしくは成仏するまでに見ている夢かもしれないのだ。
どうにでもなれ、と諦観の念を抱いていると、天井付近から機械の稼働音が聞こえる。もしかして何かやってしまったのだろうかと考えていると、突然明かりが点き、部屋の隅々まで照らしていった。
「うぅっ…」
あまりの眩しさに薄目になりながら、改めて周囲を観察する。
「ここは……何かの研究室かな? 色々散らかっているけれど……」
目が慣れてきてよく見てみると、ある異常に気づく。
部屋の一角、というより壁が一面鏡張りだったのだ。部屋の様子や私が映り込んでいる。
だが問題はそこではない。
ここで目を覚ましてから薄々気づいてはいたが、今の私は服を着用していない。ありていに言って全裸である。
そこまではいい。死んでいた身であるし、年老いた男の体なんぞ見られても羞恥心などありはしない。
だが私は鏡の前にいるのに、鏡は私の体を映していない。
鏡に映っているのは幼い女の子の体だった。
「…………??????」
……いや、なんで?
なぜ幼い子供が鏡に映るのか、全く理解できず数秒フリーズする。
だがいつまでも呆けているわけにもいかない。鏡が虚像を映している可能性もある。
そう考えその場でジャンプしてみたり髪を持ち上げてみたり試したが、やはり鏡が映していたのは私だった。
全裸であることは変わりないが、先程とは少々事情が異なる。私が入っていたカプセルのような機械も気になるが、後回しにして何か着るものは無いかと周囲を物色する。
何か収納できるような箱やロッカーを物色していくと、ちょうど先程まで私が収まっていたカプセルの横に金属製の箱があり、衣服らしきものが入っていた。
どれも女性用でサイズが小さいことから、どうやら私、というよりこの女の子のための衣服と考えてよいだろう。拝借し、早速身に着けていく。
先ずは下着を取り出すが、パンツしか入っていない。まあこの体では上は必要なさそうではあるが。
次に身に着けたのは恐らくインナー。上下黒色の、肌にフィットするタイプで、尚且つ薄手なので動きやすい。上の方には下着の役割を果たすための加工もしてあるようだ。
同じような生地で靴下のようなものがあったが、どうやら靴下ではなく、素足の上から履く靴だった。どんな特殊な素材が使われているのかは分からないが、負荷が掛かると底面が固まり、足を守る作りになっている。普通に歩いているときはムニムニした感触が足に伝わって気持ちがいい。これは良いものだ。
最後に手に取ったのは異国の功夫使いが着ているような服だった。黒を基調とした高級な肌触りの生地に金色の糸で刺繍が施されている。
早速着てみると短いインナーはすっぽりと隠れ、不格好な所は見当たらない。袖口は広い作りになっており、袖自体も長いので手が隠れてしまうが慣れれば問題ないだろう。
だがインナーを着ているとはいえ服の丈はせいぜい太腿の半分。若干露出が多いのではないかと思うが、動きやすさには敵うまい。衣服が入っていた箱の中に、一枚のお札が入っているが付け方も分からないので服の内ポケットにしまっておいた。
体の調子を見つつ鏡に向かってポーズを決めてみる。
金の髪は刺繍の色と同じだし、辰砂のような赤い瞳が良いアクセントになっていてかわいい。
グレイクロスが養子に来たのは確か十三歳の頃だったか。その時の記憶が重なり、鏡の中の女の子が可愛い孫のように思えてくる。
「……いや、だからなんで私が女の子になっているんだ」
鏡の中の女の子は、何も答えてはくれなかった。
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