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第98話 王都の夕闇⑦「黒猫の飼い主」

 目の前で女の子が泣いている。自分に助けを求めている。

 彼女は元精霊(もとせいれい)で、人間になったばかりで、宝石のように純粋(じゅんすい)で、実はとても怖がりで、今にも()れてしまうほど(はかな)くて、そして───


「俺に任せろ。契約精霊(けいやくせいれい)ティフォーネよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「───ッ!」


 予想していなかったガリオの言葉に、ティフォーネは両手で口元を(おお)って絶句(ぜっく)している。

 そんな彼女を、ガリオが何故(なぜ)かジト目で見つめていた。

 彼の視線(しせん)の意味を理解したティフォーネは、タラリと一筋(ひとすじ)の冷や汗を()らすと、ゆっくりとベッドの中に(もぐ)り込もうとする。


「こらッ! ちゃんと説明しろッ!」

「ごめんなさいいいいいいい!」


 パッと素早くシーツを(かぶ)って丸くなったティフォーネを、ガリオが少し(おこ)った様子で前後に()さぶる。

 白い大きなお団子になってしまった彼女を見て、ガリオはフーッと大きなため息を吐いた。

 そのため息が聞こえたのか、白いお団子がビクッと(ふる)える。


「ガリオ様が怒った」

「……怒ってないぞ」

(うそ)です。声が(こわ)いです」

「……これが地声(じごえ)なんだ。本当に怒ってないから、出てきてくれ」

「本当の本当に怒ってませんか?」

「ホントノホントダヨ」

始祖精霊様(しそせいれいさま)(ちか)えますか?」

「……いい加減(かげん)にしないと、怒るぞ?」

「はいッ! ごめんなさいッ!」


 (あわ)ててシーツの中から出てきたティフォーネの頭を、ガリオが逃げられないようにガシッと(つか)んだ。

 そして、彼女の小さな頭をグラグラと横に()らす。グルグルと目を回すティフォーネ。


「あーうー」

「俺はな、ティフォーネ。本当に(うれ)しいんだ……嬉しいんだ……よ」

「うー……え?」


 自分の頭からガリオの手が離れてしまったことに、少し(さび)しさを(おぼ)えたティフォーネは、ベッド(わき)に座り込んでいるガリオに目を向ける。

 すると彼は、ガックリと(うつむ)いて右手を顔に当てて、声を押し殺して───泣いていた。


「……くう……うう」

「が、ガリオ様」


 わずかに同期(どうき)しているガリオとの魔力回路(まりょくかいろ)から流れてくるのは、深い感動、そして、大いなる喜びだった。


 ティフォーネが自分の左胸の部分に手を当てて、ドレスをギュッと(つか)む。

 彼女は、自分が彼の契約精霊であることを、今まで彼に伝えてこなかったことを、心の底から後悔(こうかい)していた。


 この人は、こんなにも───こんなにも自分を()ってくれていた。必要としていたのだ。


「ああ……あああ……」


 再びティフォーネの(あか)い瞳から、ぽろぽろと涙があふれてくる。

 彼女は、ゆっくりと両手を下を向くガリオの頭に伸ばし、そして───胸に(いだ)いた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 そして、一人の人間と世にも(めずら)しいその契約精霊は、胸の底からあふれてくる感情をお(たが)いに出し()くすまで、泣いていたのだった。

 しばらくして顔を上げた二人は、少しだけ笑い合ってから気恥(きは)ずかしそうに目を()らす。


「す、すまなかったな」

「いえ、私のほうこそすみませんでした」

「……やっぱり怖かったのか?」


 ガリオの問いかけに、ティフォーネはコクリと首を(たて)()る。

 彼はフーッと息を大きく吐いて肩をすくめると、ポリポリと頭をかいた。


「まあ、しょうがないか。でも、本当にティフォーネが無事でよかった」

「……はい」

「よしッ! ここから逃げるぞ」


 ガリオはすくっと立ち上がると、右手をティフォーネのほうに真っ直ぐ伸ばす。

 そして彼は、真剣(しんけん)な面持ちで自分の正直な気持ちを伝えた。


「ティフォーネ。俺と一緒に来てくれるか?」

「はい、もちろんです。ガリオ様」


 ティフォーネは明るい笑顔を浮かべて、ガリオの右手をしっかり(つか)んだ。

 彼女の体はグイッと力強くベッドから引き上げられ、彼の隣にフワリと(なら)び立つ。

 いきなり立ち上がったために、ティフォーネは少しだけふらついたが、とっさにガリオの太い左腕が彼女の背中に回されて、その体を優しく(ささ)えた。


「まだ少しふらついているな。歩けそうか?」

「あ、ありがとうございます」


 ガリオの腕の中で、ティフォーネは顔を赤くして下を向いてしまう。

 彼女のそんな反応を見て、ガリオはティフォーネが(いや)がっているかと思い、(あわ)てて体を離した。


「す、すまない」

「大丈夫ですよ。でも、ガリオ様は、どうやってここまで来たんですか? 私がこの屋敷(やしき)にいることは、多分誰も知らないはずだし、警備(けいび)(きび)しかったと思うんですけど」

「ああ、それなら───」


 すると突然、どこからかガリオでもティフォーネのものでもない、第3の人物の声が部屋の中に(ひび)いた。


「───やっと吾輩(わがはい)の出番か。いつまで待たせる気だったんだ、君は。思わず(ねむ)ってしまうところだったじゃないか」


 その(なぞ)の声は、子どものような甲高(かんだか)い声をしており、男性か女性かもすぐには判別(はんべつ)できない。

 ティフォーネがキョロキョロ周りを見回すと、大きな窓の横にあるカーテンが()れたように見えた。

 じっと目を()らすと、カーテンの下から何かがゆっくりと出てくる。


「え?」

「やあ、初めまして、風の四大精霊(セラフィム)ジャンナ……。いや、今はティフォーネと言うんだっけ。吾輩(わがはい)の名前はモルカナ。皆は『黒猫(くろねこ)()(ぬし)』って呼んでいるけどね」


 モルカナの姿に、ティフォーネは目を丸くする。

 ガリオはハーッと大きなため息を吐いた。何故(なぜ)なら、その姿は───


「猫ちゃん?」

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