第95話 王都の夕闇④「新たな風の四大精霊」
もう完全に戦う意欲を失っているガリオを目の前にして、黒マントはスッと目を細めると、冷たい光を放つ短剣に力を込める。
そして、冷静に首筋を狙ってそのまま短剣を振り下ろした。
「……貴様に始祖精霊様の救いあれ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
───時間は数時間前に遡る。
近衛兵に連行されるティフォーネは、口に布が巻かれ、両手は木製の手錠が嵌められるなど、見た者が眉を顰めるほどの痛々しい姿をしていた。
だが、兵士たちの散々の忠告を無視して騒ぎを起こしたことは知れ渡っているため、皆はその姿から目を逸らし、誰も何も言わなかった。
馬車の上から群衆に爽やか笑みを振りまいているケイル王子は、近衛兵に挟まれて窮屈そうに歩くティフォーネの様子を、チラリと横目で見ていた。
(ジャンナ……)
腰まで届くサラサラした銀髪、大きくて印象的な紅い瞳、色白の小さな顔、細くて長い健康的な手足。
見た目こそ大分若返っているものの、ケイル王子はつい最近まで契約精霊だった風の四大精霊ジャンナのことを見間違うはずがなかった。
『貴方が今代の私の契約者ですね。私は風の四大精霊ジャンナ。名前は何というのですか?』
『ぼ、僕は、ケイル。ケイル・ニュークス・ナイステイトだッ!』
『ケイル様ですね。ケイル様。私の使命は、この人間界を精霊界の魔力で満たすこと。貴方が私の力を必要としたときは、いつでもこの力をお貸ししましょう』
『うんッ!』
ケイル王子が7歳の誕生日を迎えた時、西の王国内にある精霊教会統括支部で『契約の儀』が執り行われ、彼は風の四大精霊ジャンナと初めて対面した。
この儀式を見物していたこの国の要人たちから、割れんばかりの拍手が二人に贈られる中、ケイル王子は小さな顔を真っ赤にして風の四大精霊ジャンナの顔をずっと見上げていたのだった。
それから二人は、ずっと同じ時を過ごしてきた。
幼い頃のケイル王子は、事あるごとにジャンナを呼び出し、少しでも長く彼女と一緒に過ごそうとした。
だが、周りの大人たちやジャンナ本人から、魔力回路が消耗する危険性について何度も注意されると、彼の理解も進んでいって、次第に不必要に召喚することは減っていった。
その一方で、ケイル王子はジャンナがずっと人間界にいられる方法を探していた。
見つけ出した答えの一つが、国宝『紫の魔石』である。
この『紫の魔石』は、初代ナイステイト国王が風の四大精霊ジャンナとともに、侯爵クラスの闇の精霊を倒したときに入手したもので、この時代は魔石に装飾用や観賞用以上の価値は無かった。
しかし近代、どんな魔石にも人間の魔力回路を補強する機能があることが判明すると、その価値は爆発的に跳ね上がったのだった。
『紫の魔石』を経由して魔力回路に魔力を流すことで、目に見えて自身の魔力回路の消耗が減り、ケイル王子はジャンナを呼び出す機会があると、理由を付けてはなるべく長時間隣に侍らせることが増えていった。
そしてもう一つが、『精霊を人間界に固定化する研究』である。
この研究は、ケイル王子が発端という訳ではなく、西の王国の王族が古来から精霊教会と極秘裏に進めてきたものだった。
そして、風の四大精霊ジャンナを契約精霊とすることができた王族は、彼女の魅力に直に触れたことで、この研究により傾倒するようになる。
何故なら、この研究の最終目的が『風の四大精霊ジャンナとの間に子どもを作ること』だからだ。
風の四大精霊ジャンナが契約精霊である状態では、この目的を達成することは不可能に近い。
だが、彼女が人間になってしまえば、可能なのだ。
普通の人が聞いたら冗談か笑い話にしか聞こえないような研究を、西の王国の歴代の王族たちは、膨大な時間と大金をかけて真面目に行ってきた。
彼らは身をもって知っているのだ。この研究が、冗談でも笑い話ではないことを。
それは───自分たちが、人間となった先代の風の四大精霊のれっきとした子孫なのだから。
(始祖精霊様に感謝するぞッ! 人間となったジャンナを、この僕のもとに遣わしてくれたことをッ!)
思わず口の端がニヤリと大きく歪んだことで、ケイル王子の笑みが大きくなると、何も知らない群衆は歓声を増々大きくあげた。
それに対して、彼は淡々と事務的に手を振り返す。
「───お呼びでしょうか、ケイル殿下」
「───お前か」
突然、風に乗って男の声が耳元に聞こえてきたため、ケイル王子は無詠唱で風魔法を操り、声の発信元を探す。
そしてすぐに、路地裏に繋がる暗闇の中に、黒マント姿の不審者を見つけた。
彼らは同じ風の精霊魔法を使って、お互いにのみ小声で会話ができるようにしている。
「───昨夜は急な『契約の儀』を執り行いましたが、その後お体に異常はございませんか」
「───ない。それよりも先ほどの冒険者のことだが……」
「───心得ております」
「───よし。行け」
黒マントの姿が路地裏の中に消えていくと、ケイル王子はフンッと軽く鼻息を鳴らす。
先ほどジャンナの前に立ち塞がった冒険者は、見たところ大した相手ではなさそうだったが、念のため、精霊教会の暗部担当を使って始末することにした。
(アネモネ)
(はい)
ケイル王子は、今度は背後に浮かぶ新たな風の四大精霊アネモネに対して、思念会話を試みる。
彼女とは昨夜契約を結んだばかりで、まださほどコミュニケーションを取っておらず、どんな性格をしているのか詳細を把握していなかった。
(ジャンナの状況を教えてくれ)
ケイル王子が言い終わったと同時に、背後からサーッと涼やかな風が吹き抜けていく。恐らく、風魔法『風の支配域』を使ったものと、彼は予想した。
(彼女は完全に普通の人間となっています。ただ、精霊界と魔力回路の接続が切れていて、ほとんど魔力が体内に残っていません)
(ジャンナの本体はどうなっているんだ?)
(……不明です)
(分かった。ジャンナが騒いだり逃亡する可能性は低いわけだな。念のため、ジャンナを動けなくしたい。彼女の体内から魔力を抜き取ることは可能か?)
(可能です)
(よし、やれ)
ティフォーネは、風の四大精霊アネモネが『風の支配域』を使って、自分の魔力回路を精査していたのを認識していたものの、体内に魔力がわずかにしか残っていなかったために、抵抗することができなかった。
そして次の瞬間、彼女は体内から魔力がどんどん霧散していくのを自覚する。
「───んッ!」
足がもつれ、急速に目の前が暗くなる。そして地面がどんどん迫ってくる中、彼女の脳裏に、ガリオが最後に自分の名前を叫んだ時の光景を思い出した。
(ガリオ様……たすけ……て)
ティフォーネは大勢の人が見ている前で、地面に倒れて動かなくなった。
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