第94話 王都の夕闇③「ガリオの慟哭」
(もうすぐ暗くなる時間。人気のない場所。そして契約精霊も召喚せずに、目立たない行動……奴らは徹底して隠密行動に徹している。つまり、俺はなんとかここを突破して、人通りの多いところに逃げきれればいいのか)
目的がはっきりしたガリオは、少しだけ気分が軽くなった。
そして、前方の黒マントたちのほうに『虹切』の切っ先を向けて、ハッキリと宣言した。
「ひとつ、お相手願おう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
グググッと体勢を低くしたガリオは、前方に向けていた刀を翻して、狙いを後方の黒マント一人に絞って、一気に突進した。
前方にいた黒マントたちが合流する前に、後方にいる黒マントを倒すことができれば、この死地から生き残る可能性が高まるからだ。
「ヌンッ!」
ガリオは駆けた勢いそのままに、黒マントの胴体目掛けて思い切り『虹切』を横に薙いだ。
すさまじい速さで迫ってくる刀を躱しきれないと判断した後方の黒マントは、短剣を構えてガリオの剣を受け流す。
ガキンッ!
金属同士がこすれる嫌な音が響く中、ガリオは自分の愛剣が、ヌルリとほんのわずかに水気で滑るのを感じ取った。
(毒が塗られているのかッ!)
ガリオは黒マントたちが確実に自分を消そうとしている事実を再認識して、ゾクゾクッと背中に恐怖が走り抜けた。
そして、その恐怖を無理やり押しつぶすかのように、左に流れた刀を最短距離で折り返し、今度は逆側から切りつける。
キンッキンッキンッ!
攻撃は最大の防御。ガリオは相手に攻撃させる暇も与えず、上下左右から次々に攻撃を繰り出した。
黒マントは防戦一方の状態だが、焦った様子もなく、ガリオの猛攻を冷静にさばいている。
(くそッ! やはりこいつは───ッ!)
逆に焦っているのは、黒マントの鉄壁の防御を崩すことができないガリオのほうだった。
予想外というべきか、やはりというべきか。後方に一人でいた黒マントの剣術のレベルは相当に高かった。少なくとも、ガリオがこの短時間で倒すことが出来ないほどに。
そして、最悪の時間が訪れる───
ヒュンッ!
ガリオの耳がかすかな風切り音を拾う。ガリオは攻撃を止めて、とっさに後ろに飛んだ。
彼が立っていた場所を、必殺のチャクラムが通り過ぎる。
フッと息を1回吐いたのも束の間。ガリオの目の前に、ギラリと冷たい光が迫ってきた。
「うおおおッ!」
首を右に傾けて、ガリオの眉間を貫こうとした短剣をぎりぎりで躱す。
そして無防備になったその短剣を持つ腕を狙って、ガリオは刀を振り下ろした。だが───
ガギンッ!
二人目の黒マントが仲間のカバーに入って、ガリオの攻撃は防がれてしまった。
「なにッ! ぐはあ!」
今度はがら空きになったガリオのお腹に、二人目の黒マントの強烈な蹴りが入る。
前方にいた黒マントが、とうとう合流を果たしたのだった。
くの字に体が折れ曲がったガリオは、後方に吹き飛ばされてしまう。
そして「ヒュンッ」とまたしても風切り音が聞こえたが、先ほどの蹴りによるお腹のダメージが抜けていない彼は、それを避けることができなかった。そして───
「ぐああああああッ!」
上空から飛来したチャクラムが、彼の背中の肩から腰にかけて、一直線に軽装ごと切り裂いた。
その傷口は深く、真っ赤な血しぶきがバシャバシャッと彼の背後の地面に走る。
「ぐう……」
ガックリと両膝を地面についてしまうガリオ。
背中からは、服やズボンを濡らすほど大量の血が流れていた。
先ほど右腕を切られた際にも相当の血が流れたせいで、彼は貧血気味になり、全身に力が入らなくなっていた。
ただ、『虹切』を両手で支えることで、なんとか前に倒れ込むのを防いでいる。
ザッザッザッザッ───
ゆっくりと二人の黒マントの足音が近づいてきた。その手には冷たい光を放つ短剣が握られている。
そしてガリオの前で立ち止まると、無言で短剣を振り上げた。
濃厚な死の匂いを感じ取ったガリオは、全身を襲う痛みに耐えながら、顔を上げて最後の力を振り絞って叫んだ。
「ま、待て。待ってくれッ! 最後に一つだけ教えてくれッ! 俺はなぜ殺されなければならないんだッ!」
短剣の動きがピタリと止まる。
ガリオの必死の叫びを聞いて、黒マントの一人がフッと鼻で笑った。
「貴様が、あの御方が風の四大精霊ジャンナ様ではないことを知っている可能性があるからだ」
「えッ?」
黒マントの言葉を聞いて、ガリオの脳裏にティフォーネと一緒に見た凱旋パレードの光景がよぎった。
そして、ケイル王子の後ろに浮いていた人型の精霊の姿も。
(こいつらは……王族の関係者かッ! だとしたら───)
朦朧とする意識の中で、ガリオは一つの絶望的な結論を導き出した。
ティフォーネは本当に、あの人型の精霊が四大精霊ジャンナではないことを見破っており、ケイル王子を始めとする王族の関係者がその事実を隠蔽していること。
連行したティフォーネの口から、彼女がその事実を知っていることを、恐らく拷問かそれに近い方法で無理やり聞き出したこと。
そして今、彼女と同行していた自分を、事実を知っている可能性があるというだけで暗殺しようとしていること。
(───ティフォーネはもう殺されている可能性が高いッ!)
「あああああああああ!」
ガリオは突然大声を出して泣き崩れた。
彼の胸に去来するのは、悔やんでも悔やみきれない激しい後悔の念。そして、ティフォーネに対して何度も何度も謝罪したい強い気持ち。
「あああああああああ!」
もう二度と戻ってこないティフォーネ。
あの明るい笑顔が、あの楽しそうな声が、あの美しい姿が、あのホッとする温かさが、あの楽しかった時間が、自分の手の届くことのない暗闇の奥に完全に消えてしまった事実に、彼は絶望してしまったのだった。
ガリオの両手は、地面に突き刺さっている『虹切』から離れ、うずくまったままで砂をギュッと握り締めていた。
黒マントたちがすぐ脇に立っているにも関わらず、彼は無防備な背中を晒している。
もう完全に戦う意欲を失っているガリオを目の前にして、黒マントはスッと目を細めると、冷たい光を放つ短剣に力を込める。
そして、冷静に首筋を狙ってそのまま短剣を振り下ろした。
「……貴様に始祖精霊様の救いあれ」
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