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第92話 王都の夕闇①「帰郷の準備」

「ティフォーネッ!」


 兵士たちに連行されようとしているティフォーネに、ガリオは思わず声をかけた。

 彼女は首だけ振り返って、ガリオにいつもどおりの明るい笑顔を向ける。


「今までありがとうございました、ガリオ様。私の問題は、ケイル様と彼の契約精霊に助けてもらおうと思います。ブングラスの町まで気を付けて帰ってくださいね……さようなら」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ティフォーネから突然の別れを告げられたガリオは、人ごみをかき分けてこの王都で利用している宿に戻ると、無言(むごん)で荷物の整理を始めた。

 ただ、その手つきは少し荒々(あらあら)しく、イライラを完全に(おさ)えられていない。


「本当に帰ってしまうのですか、ガリオさん」


 部屋の入り口からガリオの後ろ姿を見ているジョシュア。

 彼は、ルシア隊長からガリオを自分の屋敷(やしき)まで案内するように命令されているのだ。


「……ああ」


 ジョシュアのほうを見向きもせずに、ぶっきらぼうな口調(くちょう)で答えるガリオ。

 そんなガリオの態度(たいど)を見て、ジョシュアの表情が(けわ)しくなった。


「ちょっと薄情(はくじょう)なんじゃないですか。ティフォーネさんを(つか)まったままにしておくなんて」


 ガリオを責めるジョシュアの口調がどんどん(はげ)しくなる。だが、当のガリオは荷物をまとめる作業を止めようとしない。

 そんなガリオの背中を、ジョシュアがキッと(にら)みつける。


「彼女はまだ15歳なんですよッ! 契約精霊を召喚(しょうかん)する(あやま)ちだって(おか)すかもしれませんッ! そばにいたあなたにも責任があるんじゃ───ングッ!」


 ドンッ!


 突然ガリオに両手で襟首(えりくび)(つか)まれたジョシュアが、部屋の壁に(たた)きつけられた。

 ジョシュアのすぐ目の前に、(いか)りに燃えた目を輝かせるガリオの顔があった。


「君に言われなくても分かってるッ! だけどこの俺に何ができるって言うんだッ! 俺は冒険者レベル2で、契約精霊すらいないんだぞッ!」


 すごい力でガリオに首を()められて(あわ)てたジョシュアは、彼の拘束(こうそく)から逃れようと自分の契約精霊を召喚しようとした。

 しかし、ジョシュアの横に出現(しゅつげん)した魔法陣(まほうじん)は、ガリオが『精霊殺し(エレメンタルキラー)』を発動(はつどう)したせいで一瞬で消えてしまう。


「───ッ! ウグググッ!」


 まともに息ができないジョシュアは、目をグルグル回して襟首(えりくび)を掴んだガリオの腕を、急いでバンバン2回(たた)いた。


「───ッハ!」


 少し冷静さを取り戻したガリオは、すぐにジョシュアから1歩後ろに離れた。

 ジョシュアが床に(ひざ)をつき、はぁはぁと肩で息をする。


「……す、すまない」

「……いえ、僕もカッとなって少し言いすぎました。ガリオさんも(くや)しかったんですね」


 ジョシュアの眼差(まなざ)しを振り切るように、ガリオは背を向けてまた荷物の整理を始めた。

 しばしの沈黙(ちんもく)が、ふたりの間を支配した。


「……ティフォーネの目的は、風の四大精霊(セラフィム)ジャンナに会うことだったんだ」

「えッ! そうだったんですかッ!」


 沈黙を(やぶ)ったガリオの一言に、驚きのあまりジョシュアの両目は大きく開いていた。


「ああ。すごい(さわ)ぎになってしまったが、ある意味彼女の目的は達成(たっせい)したと言える」

「……計画的な行動だったんですか。とても危険な橋を渡ったんですね」


 下手したら警備(けいび)していた兵士たちに殺されてもおかしくないティフォーネとガリオの行動に、ジョシュアは顔を真っ青にした。

 そして、あの聡明(そうめい)だった彼女が、何故(なぜ)そこまで無茶な計画を立てたのか、ジョシュアは気になり始めた。


「ティフォーネさんは風の四大精霊(セラフィム)ジャンナに会って、何をするつもりだったんですか?」

「……それは」


 「彼女は元は精霊で、精霊界に戻る方法を探している」なんてにわかに信じられない話を、ガリオはジョシュアに教えることができなかった。

 その代わりに、ジョシュアに向かって深々(ふかぶか)と頭を下げる。


「……すまなかった」

「……いえ。僕も話が聞けて良かったです。僕はできる限りこの王都に残って、ティフォーネさんが解放(かいほう)されるのを待っていようと思います。では」

「ああ。よろしく頼む」


 ジョシュアは急いで立ち上がると、ガリオに一礼(いちれい)をしてこの部屋を出ていった。

 その姿を見届けたガリオはハァーッと大きくため息をつくと、荷物の整理を再開する。


 王都が夕闇(ゆうやみ)(しず)むころ、王宮では大勢の貴族(きぞく)たちやこの国の有力者たちによる(はな)やかなパーティーが盛大に開催されており、王都の外周部(がいしゅうぶ)からでも王宮が明るくライトアップされているのが見える。

 ケイル王子や王国軍の6軍団長たちの姿も、そのパーティー会場の中にあった。


 そして街中(まちなか)では、ライトアップされた王宮を(さかな)にして、通りの至る所で住民たちがワイワイとお酒を飲んだり、食事や買い物を楽しんだりと、昼間と変わらない興奮(こうふん)に包まれている。


 一方、ガリオは(ひと)り、街の外れのほうにある駐馬場に向かっていた。

 夜が近づくこの時間帯、辺鄙(へんぴ)な場所にある駐馬場の周辺に、ガリオ以外に出歩く人の姿は見られず、住宅も少ないために大分(だいぶ)暗くなり始めている。


 ガリオは険しい目つきで、また悲しそうな表情をして、早足で黙々(もくもく)と歩いていた。一刻(いっこく)でも早く、後悔(こうかい)しか残っていないこの王都から離れたかったからだ。


 ───ヒュンッ!


「……ん?」


 かすかな風切(かざき)り音が聞こえて、ガリオはふと足を止めた。そして───彼の太い右腕が、ドサッと音を立てて地面に落ちた。

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