第87話 凱旋パレード①「ジョン夫妻の餞別」
ブングラスの町で、アーノルドたちが言っていた言葉───
「近々、王都ナイステイトで行われるケイル王子の凱旋パレード……」
頷くティフォーネを見て、ガリオは自分の推測が正しいことが分かった。ケイル王子の契約精霊と言えば、あの───
「て、ティフォーネは、風の四大精霊ジャンナに会おうというのか」
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、王都行きを決めたガリオとティフォーネは、ルシア隊長が宿泊するホテルを訪ねた。
昨夜打診されたルシア隊長のお誘いを、直接会って誠心誠意お断りしようと考えたのである。しかし───
「えッ! ルシア隊長たち、もう出発したんですか?」
「はい。ローグライト子爵は陽も昇らないまだ暗いうちに、お付きの方とともに出発されました」
「そ、そうですか……」
ガリオたちはホテルのスタッフから、ルシア隊長たちがもうこのホテルにはいないことを知らされた。
隣にいるティフォーネも、目を丸くして驚いている。
「それとガリオ様。ローグライト子爵からガリオ様あてのお手紙をお預りしております」
ガックリと肩を落とすガリオに、豪華な飾りが施された手紙をスタッフが恭しく差し出した。
スタッフにお礼を言ったガリオは、ティフォーネとともにロビー内にある椅子のほうに移動すると、早速手紙を開封して読み始めた。
『私の誘いを断りに来たであろうガリオ君に、これくらいの嫌がらせをしても許してくれるよね。
ガリオ君にはまたどこかで会えそうな予感がするから、さよならは言わないでおくよ。
また再び剣を交える日まで壮健たれ。
追伸 ジョシュアが今にも死にそうな顔をして荷物をまとめているんだけど、彼にも多少の可能性はあったのかな?』
どうやらルシア隊長は、ガリオが自分の誘いを断るためにこのホテルへ来ることを何故か予測した上で、この手紙を残していったようだ。
ガリオは何度も手紙を読み返し、大きなため息を吐いた。
「なんて書いてあるんですか?」
ティフォーネが手紙を読みたそうにしていたので、ガリオは困ったような顔をして何も言わずにそのまま手紙を渡した。
しばらくして、やっぱりティフォーネのほうもガリオと同じような表情をして顔を上げた。
「ルシア隊長、もう出発しちゃったんですね」
「そうみたいだな。まったく……あの人には、驚かされてばかりだよ」
肩を落とすガリオを見て、ティフォーネがクスっと小さく笑った。
その声を聞いたガリオは、苦笑して彼女のほうを見る。
「ルシア隊長は王都を守護する第1軍団に所属しているから、今ごろジョシュアさんと一緒に王都に向かっているのかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
「……となると、ルシア隊長が予言したとおりに、本当に王都でまた出くわす可能性があるわけか」
「ルシア隊長って、未来を予知する精霊と契約してるんでしょうか」
「ちなみに、そんな精霊っているの?」
「ウフフ。さー、どうなんでしょう」
ティフォーネは謎めいた笑いを残して、ソファーから立ち上がるとホテルの出口へ向かって歩き出す。
一人取り残されたガリオは、手紙を丁寧にバッグの中に仕舞い込むと、慌てて彼女を追いかけるのだった。
ルシア隊長への訪問が空振りに終わった二人は、城塞都市オルソを離れる前に、錬金術師のジョンのお店に立ち寄った。
「えッ! ガリオはティフォーネちゃんと王都に行っちゃうのかい?」
ガリオがティフォーネと一緒に王都に向かうことを説明すると、マリアはとても驚いていた。
そして、ガリオとティフォーネの顔を何度も交互に見比べる。
「ガリオ。ちょっとこっちに来な」
マリアはガリオの腕を引っ張ると、店の奥に移動した。そして、彼女はティフォーネに聞こえないくらいの小さな声でガリオを問い詰める。
「……あんた、あの子と付き合ってるのかい?」
「ぶふッ!」
マリアのとんでもない質問に、思わず吹き出すガリオ。彼は顔を真っ赤にして、彼女の疑惑を慌てて否定する。
「つ、付き合ってないですよッ! どうしてそんな発想になるんですかッ!」
「ケイル王子の凱旋パレードを見に行くんだろう? 若い男女が二人っきりで王都観光に行くんだから、誰だってそう思うさね」
ケイル王子の凱旋パレードのことは、このオルソの街でも話題になっていた。
マリアも旦那の仕事の予定が空いていれば、夫婦で見に行きたいと思っていたくらいなのだ。しかも王都には、彼らの一人娘であるカルマもいるのである。
ガリオは店内をひとりで物色するティフォーネのほうを見ると、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「……俺たちは凱旋パレードを見に行くのが目的じゃないんです。ティフォーネは王都に会いたい人がいるんですけど、簡単には会えない人なので、俺はそれを手伝おうと思っているんです」
「ふーん」
マリアはまだガリオの言葉を信用していないのか、彼の全身をジロジロと見回して何故か不満そうな表情を浮かべている。
彼女の謎のプレッシャーに、思わずガリオは少し後ずさった。
「ガリオ、うちのカルマのことも忘れないでおくれよ」
「え、カルマちゃんですか?」
彼女の名前を聞いて、彼の胸がドキッと一瞬高鳴る。先日のカルマとの別れ際の光景を、咄嗟に思い出したからだ。
だが、マリアはそんな彼の変化に気付かず、ハーッと大きなため息をついている。
「あの子、一途にあんたの病気を治すことしか考えてないんだから、母親としてはあの子の将来が、少しだけ心配なのよ。分かる?」
「えーっと……」
「もうちょっとシャンとおしよ、シャンとッ!」
「───あイダッ!」
マリアに思い切り背中を叩かれて、背筋とピンと伸ばすガリオ。
「とにかく、王都に行ったらカルマの所にも寄ってあげて。お願いね」
「わ、分かりました」
「私からも頼むよ、ガリオ」
廊下の奥から、この店の主である錬金術師のジョンが姿を現した。右手には小さな木箱を持っている。
「ジョンさん」
「王都に行くらしいな、ガリオ。マリアの声は奥の工房まで聞こえるからな」
肩をすくめてみせたジョンは、ガリオとマリアの間を通り過ぎて店内のカウンターへ入っていった。
少し恥ずかしそうに顔を見合わせた二人も、お店のほうへ戻るのだった。
「うちのカルマも王都の魔法大学にいるから、時間があったら訪ねてみてくれ」
「そうね。これ、あの子のいる住所」
「ありがとうございます」
マリアがメモ紙に住所を書き記してガリオに手渡すと、彼はその紙を大事にバッグに仕舞った。
そしてジョンは、手元の小さな木箱をガリオの前に押し出した。その木箱の蓋には、羊のレリーフが施されている。
「それと、これは俺からの餞別だ」
「あなた。それは……」
何か言おうとしたマリアだったが、ジョンが首を横に振ったのでそれ以上なにも言わなかった。
ガリオはジョンたちの態度が少し気になったが、とりあえず木箱の中を確かめることにした。
木箱の中には、柔らかそうな赤い布の中に包まれた1本のポーションが入っていた。
店内の明かりに照らされてキラキラと輝くそのポーションは、ガリオの目から高級な回復ポーションに見えた。
「上級の回復ポーションだ。きっとガリオの役に立つだろう」
「え、上級ッ! そ、そんな高価な物、受け取れませんよッ!」
市場で金貨10枚以上で取引されているそんな貴重なものを、ガリオはおいそれと受け取ることはできなかった。
だがジョンは、慌てることなくガリオの目をジッと見つめる。
「このポーションはな、この間カルマが帰ってきた時に、あの子と一緒に初めて完成させたものなんだ」
「だったら───」
「私は、いち錬金術師として上級ポーションを完成させたことで満足しているし、そのレシピもカルマに継承することができたんだ。このポーションだって売り物にするつもりはないしな。だったら、こいつでガリオの命を救うことができるのなら、私たちも本望なんだよ」
「ジョンさん……」
ガリオはジョンの言葉に胸がいっぱいになり、それ以上なにも言えなかった。
そして、ガリオは木箱をしっかりと左腕に抱え込むと、ジョンとマリアに向かって深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます。ありがたく頂戴します」
「ああ。いざというときは遠慮なく使ってくれ」
「そうよ、ガリオ。ちゃんと肌身離さず持ち歩くんだよ」
ガリオは正直、昨日から王都で何が起こるか分からない不安感のようなものを、ずっと心に抱えていた。
しかし、ジョンとマリア、そしてここにいないカルマにとても貴重な餞別をもらったため、今の彼の心の中は、大きな安心感に満たされていたのだった。
その日ガリオとティフォーネは、ジョン夫妻から送別会と称した夕食に招かれ、マリアの美味しい手料理を心ゆくまで堪能することができた。
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