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第86話 ガリオたちの選択⑩「風の精霊だった少女」

「私がこうなっているのは、魔力不足が原因なんです」

「え……だけど……」


 戸惑(とまど)うガリオの姿を、ティフォーネは申し訳なさそうな表情で見つめている。

 そして、彼女は何かを決意(けつい)したように、フーッと大きく息を吐いた。


「ガリオ様は……私がついこの間まで風の精霊(せいれい)だった、と言ったら信じてくれますか?」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「せ、精霊?」


 突然突拍子(とっぴょうし)もないことを言い出したティフォーネの顔を、ガリオはまじまじと見つめた。

 しかし、彼女はいたって真面目な表情をしており、冗談(じょうだん)(うそ)を言っているようには見えない。


 正直な所、ガリオはティフォーネの言ったことが信じられなかったが、ひとまず話を進めることにした。


「すまん。信じる、信じないと判断(はんだん)するには、ほとんど情報が無いから、何とも言えないな……」

「こっちこそ、いきなり変なこと言ってすみません、ガリオ様」

「い、いや、大丈夫だから。ゆっくり話してくれ」


 自分の答えにティフォーネが気を悪くするかと思ったガリオだったが、逆に彼女のほうにも(あやま)られてしまい、彼は何だか恐縮(きょうしゅく)してしまった。

 ティフォーネは、ガリオのほうを見てクスッと小さく微笑(ほほえ)むと、顔を真っ直ぐ天井に向ける。


「私はずーっとずーっとはるか昔に、精霊界の風の支配領域(しはいりょういき)で、ちっぽけな風小精(スプライト)として生まれました」


 目を閉じて話しているティフォーネの横顔を見て、思わずガリオはゴクリと(つば)を飲み込む。

 布団から顔だけ出ている彼女は、()()が少ないためにいつもより肌が白く、まるで高級な人形のようだったからだ。


「長い、本当に長い間、他の属性の精霊と戦っていく中で、私の階級(かいきゅう)はどんどん上がっていきました。そして最近、とある人間の契約精霊になったんですけど、予想外(よそうがい)のアクシデントがあって、気がついたらこの女の子の姿になっていました」


 もぞもぞと布団の中が動きだし、横から彼女のほっそりとした右腕が(あらわ)れた。

 ティフォーネはその右手を自分の顔の前に持ってきて、ひっくり返しながらまじまじと見つめている。


「私が魔力不足になったのは、人間になってまだ20日も()っていないからです」

「20日ッ!」


 予想以上に最近の話だったので、ガリオは驚きのあまり思わず声を上げてしまった。

 そして、(あわ)ててその口を閉じる。

 だが、ティフォーネは気を悪くした様子はなく、表情を変えずにそのまま話を続けた。 


「はい。人間の体は、赤ちゃんの時からゆっくり成長しながら人間界の魔力を吸収(きゅうしゅう)できるようになるんですけど、私は人間になったばかりなので、この体はまだ魔力を吸収できるようになっていないんです」

「あ、アルキュオネ……あのティフォーネの契約精霊(けいやくせいれい)は? 契約精霊がいるなら、精霊界から魔力を()られるんじゃないのか?」


 すると、ティフォーネが右手を下ろして、悲しい表情をする。


「あの子は、実は私の契約精霊じゃないんです」

「え……じゃあ誰の?」


 ガリオの問いに、彼女はフルフルと小さく顔を横に()った。


「あの子は……アルちゃんは私と一緒で、元は精霊だった子なんです。だけど、私のアクシデントにアルちゃんが巻き込まれちゃって……。それでアルちゃんが魔力不足で死なないように、いつもあの広場で私の魔力を少しずつ分けてたら、とうとう私の魔力が無くなっちゃいました」

「……」


 ()ずかしそうに小さく笑うティフォーネ。

 だが、ガリオは彼女の話を聞いて、絶句(ぜっく)していて笑うどころではなかった。


 他の人から同じ話を聞いても、「冗談だろう」と到底(とうてい)信じなかったと思うが、目の前にいるティフォーネとは知り合って10日くらいだが、こんな途方(とほう)もない(うそ)を言う子ではないのだ。


 少しの間ごちゃごちゃする頭の中を整理していたガリオだったが、重大(じゅうだい)な事実に気付いてハッとなる。


「き、君は……ティフォーネは、今日、レオンを助けるために精霊魔法をたくさん使っていたよな。俺にも回復魔法(かいふくまほう)を何度もかけてくれてたじゃないか。あれは……」

「あ、あはは。本来の私だったら、もっと簡単にレオンティーヌさんを助けられたはずなんですけど、今の私にはあれが精一杯(せいいっぱい)でした。ガリオ様にも怪我(けが)をさせてしまって、すみません……」

「───ッ! (ちが)うんだッ!」

「え?」


 ガリオの叫びに、ティフォーネは目を丸くする。

 いきなり彼は、ドスンッとベッドの横の床に(ひざ)を折った。

 そして───ティフォーネの右手を両手で包み込む。


「……頭のいいティフォーネのことだ。魔力不足でこうなることは、とっくに分かっていたんじゃないのか。それなのに……それなのに、君は俺たちを助けてくれた」

「ガリオ様……」


 ガリオの(にぎ)るティフォーネの右手は、ヒヤッとするほど冷たかった。そして、それはすぐには温まる様子がない。

 彼は、その冷たい手が自分たちを助けた代償(だいしょう)なのかと思うと、とても悲しく、申し訳ない気持ちで胸が一杯になった。


(この子は───この子はどうして───)


 まだ知り合って間もないティフォーネ。

 だけど、ブングラスの町で初めて出会った時から、彼女は一生懸命(いっしょうけんめい)だった。

 一生懸命……自分の味方でいてくれた。


 不思議な少女だった。

 綺麗(きれい)で、可愛くて、明るくて、真面目で、優しくて、(いや)されて、気が利いて、オシャレで、大人びてて、素敵(すてき)で、頭が良くて、お茶目で、よく笑って、人当たりが良くて、差別しなくて、銀色の髪がサラサラで、まつ毛が長くて、目が大きくて、(あか)い瞳がキレイで、口が小さくて、顔立ちが整ってて、肌が白くて、スタイルが良くて、手足が長くて、精霊魔法が上手で、そして……一緒にいてくれて。


「───ティフォーネは、どうして俺のことをそんなに信じられるんだ? どうして君は……」

「初めて会った時も、ガリオ様はおんなじことを聞きましたね」

「……そうだったかな」

「はい。私はちゃんと(おぼ)えてますよ」


 クスっと笑ってみせるティフォーネ。それは、いつものティフォーネだった。

 真面目な顔をしていたガリオも、彼女に引きずられて思わず(ほほ)(ゆる)む。


 そして、彼女の(あか)い瞳がガリオの目を射貫(いぬ)いた。


「……ごめんなさい。その答えはまだ明かせません。私は……怖いんです」

「怖い?」

「はい……人間というものが」


 ティフォーネの冷静で異様(いよう)迫力(はくりょく)に、ガリオは押し(だま)ってしまった。そして、彼女の手がかすかに(ふる)えているのに気付く。

 ガリオは、ハッとして思わずティフォーネの手を離した。


「す、すまないッ!」

「い、いえ、ガリオ様が悪いんじゃないんですよ」


 ティフォーネも(あわ)てて弁解(べんかい)するが、二人の間には気まずい雰囲気(ふんいき)(ただよ)っていた。

 するとガリオは、ポリポリと頭をかいて一旦(いったん)気持ちを切り替えると、もう一度ティフォーネのほうを見る。


「俺は……」

「はい」

「ティフォーネを助けたい。これは護衛(ごえい)クエストとは関係ない。君に命を(すく)われた俺が、今度は君を助けたいんだ───ティフォーネが良ければ、だけど……」


 最後はトーンが少し落ちてしまったガリオだったが、ティフォーネのほうはニッコリ笑って、大きく(うなず)いてみせた。


「ガリオ様。私はもう一度、精霊に戻りたい。でも私には、その方法が分からないんです」

「確かに、そう簡単にはいかないだろうな」

「でも、知っている人に心当たりがあります」

「本当かッ!」

「はい。正確には人じゃなくて、精霊なんですけど」

「精霊?」


 普通の契約精霊でも、ある程度の意思疎通(いしそつう)は可能であるが、複雑(ふくざつ)な会話ができるほどの高いコミュニケーション能力を持つ精霊は、高位の位階(いかい)(ぞく)する精霊の中でも、ごく一部に限られている。

 そんな精霊がいるのかと考えたガリオの脳裏(のうり)に、ひらめくものがあった。

 ブングラスの町で、アーノルドたちが言っていた言葉───


近々(ちかぢか)、王都ナイステイトで行われるケイル王子の凱旋(がいせん)パレード……」


 (うなず)くティフォーネを見て、ガリオは自分の推測(すいそく)が正しいことが分かった。ケイル王子の契約精霊と言えば、あの───


「て、ティフォーネは、風の四大精霊(セラフィム)ジャンナに会おうというのか」

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