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第85話 ガリオたちの選択⑨「彼女が倒れた原因」

 宿に戻ったガリオは、ティフォーネの体調の様子を確認するのと、ブングラスの町に帰るまでの護衛(ごえい)クエストをどうするのか相談(そうだん)するために、すぐに彼女の部屋を(おとず)れた。

 そして、軽くドアをノックする。


「ティフォーネ、具合(ぐあい)はどうだ? ちょっと話をしたいんだが……」


 しかし、いつまでたっても部屋の中から返事はなく、ティフォーネは宿から姿を消していたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガリオは少し(いや)な予感がして、早足(はやあし)で宿の前の通りに出ると、(あせ)った表情でキョロキョロと左右を見回す。

 すると、通りの遠く離れた街灯(がいとう)の上に、尾羽(おばね)の長い真っ白な小鳥が止まっているのが見えた。


(……あれは、ティフォーネの契約精霊(けいやくせいれい)?)


 日も()れて大分(だいぶ)時間が()っているため、通りを歩く人の数も少なく、誰も頭上(ずじょう)のアルキュオネに気付いていない。

 ガリオの視線に気付いたのか、アルキュオネは()ばたいて(やみ)の奥へ消えていった。


「あッ! 待ってくれッ!」


 (あわ)てて駆け出すガリオ。アルキュオネの姿が見えなくなったあたりに近づくと、また遠くの街灯に止まっているのを見つけた。

 今度は、通りを左のほうに曲がって建物の(かげ)(かく)れてしまう。


「お、おいッ!」


 再びアルキュオネを追って駆け出すガリオだったが、まるで自分を誘導(ゆうどう)するかのようなティフォーネの契約精霊の挙動(きょどう)に、このまま進めば彼女のもとに辿(たど)りつけるのではないかという期待(きたい)が、次第に(ふく)らんでいった。

 何度か同じようなことを()り返して、アルキュオネは最後にひとけのない広場の中へと消えていく。


「ティフォーネッ!」


 ガリオが見たのは、広場の中央でうつぶせに倒れているティフォーネだった。

 彼は急いで彼女のところに()け寄り、ぐったりしている体を持ち上げて仰向(あおむ)けにする。

 その顔は、昼間の時と同様に蒼白(そうはく)になっている。


「おい、ティフォーネッ! しっかりしろッ!」


 ガリオが繰り返し呼びかけるものの、彼女は完全に気を失っているようで、目を()ます様子が無かった。

 遠くの街灯の上で、アルキュオネだけがその光景を見守っている。


 ガリオはティフォーネを背負(せお)って、急いで宿に戻った。そして彼女の部屋に入ると、そのままベッドに寝かせる。

 

「……」


 少し苦しそうな息をするティフォーネの様子に、ガリオは(まゆ)(ひそ)める。

 冒険者協会にいた医師(いし)の見立てでは、彼女が倒れた原因は体内の魔力不足(まりょくぶそく)ということだった。


 人間の体は、少量ずつだが空気中に(ただよ)う魔力を、自然と体内に(たくわ)える機能(きのう)を持っている。

 また、精霊と契約していれば、魔力回路(まりょくかいろ)を通じて精霊界(せいれいかい)の魔力すら取り込むことが可能なのだ。

 それなのに、ティフォーネは(げん)に魔力不足に(おちい)って2度も倒れている。


 ガリオはそのことに疑問を(いだ)きながら、隣のベッドに腰掛(こしか)けて、彼女が目覚めるのを静かに待っていた。


「ガリオ様……」


 座ったままでウトウトしていたガリオが、自分を呼ぶ声にハッと顔を上げる。

 前を見ると、ティフォーネが横になったままで自分のほうを見ていることに気が付いた。

 彼は、急いでポーチから回復ポーションを取り出す。


「大丈夫か?」

「すみません、ちょっと手が動かないんです。良かったら飲ませてもらえませんか?」

「……分かった」


 ガリオはティフォーネのベッドの横で膝立(ひざだ)ちになると、彼女の頭を左手で軽く持ち上げ、その小さな(くちびる)に回復ポーションの(びん)を付けてゆっくりと飲ませた。

 少しずつ少しずつ回復ポーションを口の中に流し込むと、瓶の中はすぐに空になった。

 そしてまた、ティフォーネの頭を(まくら)に下ろしていく。


「ありがとうございます」

「いいんだ。お(なか)は空いてないか? 何か食べ物が残ってないか聞いてくる」


 軽く頭を下げてお礼を言うティフォーネに、ガリオも軽く頭を左右に()って立ち上がった。

 しかし、そんな彼をティフォーネが引き止める。


「特にお(なか)は空いてないから、大丈夫ですよ」

「そうか……じゃあ俺は部屋に戻るから、ティフォーネはゆっくり休んでくれ」


 体調を(くず)している人に部屋に長くいるのは悪いと思ったガリオは、早めに自分の部屋に戻ろうとした。しかし───


「ぁ……」


 振り返ってドアに向かおうとしたガリオだったが、かすかに聞こえたその声を()(のが)さなかった。

 そして、毛布から顔しか出していないそのティフォーネの表情を、しっかりと見つめる。


「ガリオ様、どうかしましたか?」


 その表情は少し青白くなっているものの、いつもと変わらない、見る者の心を魅了(みりょう)する()みを浮かべていた。

 だが、ガリオは確かに見たのだ。ほんの刹那(せつな)、彼女の顔に(かな)しみの色がよぎっていたのを。


 ガリオは目を閉じて、安心したようにスッと肩を落とすと、無言でまたベッドに(すわ)り直した。


「……ガリオ様?」

「いや、ティフォーネさえ良ければ、もう少しここにいてもいいかな?」


 今度こそ、ティフォーネは目を丸くして驚いた顔をしていた。

 そして、彼女は笑っているような、でも半分悲しんでいるような、複雑(ふくざつ)な表情をガリオに見せる。


「……はい」

「すまないな。ところで、冒険者協会にいた医者(いしゃ)は、ティフォーネが魔力不足で倒れたって言っていたけど、そんなことあるのか?」

「……」


 ガリオは、今日ティフォーネがレオンを(すく)うために、何度も精霊魔法を使っているところを見ている。

 また、先ほど彼女のアルキュオネが召喚(しょうかん)されていたことを考えると、精霊界からの魔力供給(まりょくきょうきゅう)にも問題がなさそうだ。

 それならば、彼女の倒れた原因は、魔力不足以外の別の理由があるのではないか、と彼は推測(すいそく)していた。だが───


「私がこうなっているのは、魔力不足が原因なんです」

「え……だけど……」


 戸惑(とまど)うガリオの姿を、ティフォーネは申し訳なさそうな表情で見つめている。

 そして、彼女は何かを決意(けつい)したように、フーッと大きく息を吐いた。


「ガリオ様は……私がついこの間まで風の精霊(せいれい)だった、と言ったら信じてくれますか?」

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