第82話 ガリオたちの選択⑥「物語を始める者」
ルシア隊長はクイッと一息でワインを飲み干すと、グラスをテーブルに置いて、体をグッと前に乗り出した。
「単刀直入に言おう。ガリオ君、ぜひこの私に仕えて欲しい」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ガチャンッ!
皿にナイフが落ちる耳障りな音が響いた。
ガリオが咄嗟に音がしたほうを見ると、ジョシュアがあんぐりと口を大きく開けて、ルシア隊長のほうに顔を向けていた。
「た、隊長?」
「ん? ジョシュア、どうかしたのかい?」
ルシア隊長の表情はニコニコ笑っているが、長年彼に仕えているジョシュアには、うっすらと開いているその目が全く笑っていないことを見抜いた。
彼は何か言いたそうにモゴモゴと口を動かすが、最後は諦めたようで、持っていた食器をテーブルに置いて俯いてしまう。
一方のガリオも、ジョシュアがナイフを落とさなければ、大声を上げて驚いてしまうところだった。
『剣の天才』と言われるほど有名で、なおかつローグライト子爵という肩書きまで持っているルシア隊長が、何故自分のような低レベル冒険者を勧誘するのか、彼は全く分かっていなかった。
「……ッ!」
ガリオはスーツにしわが寄るのも忘れ、無意識に右手で自分の左胸のところをギュッと掴んでいる。
彼の心臓は、胸が張り裂けそうなくらい高鳴っていた。
それほどまでに、ルシア隊長の言葉はガリオにとって、信じられないほど衝撃的で、そして、魅力的なものなのだ。
口の中がカラカラに乾いて、彼はなかなか次の言葉を発することが出来なかった。
パチンッ!
ルシア隊長が鳴らした指の音に、ガリオはハッと我に返る。
彼らのテーブルの近くに控えていたウェイターが、ルシア隊長の隣に歩み寄った。
「彼に水を」
「かしこまりました」
よく冷えた水の入ったグラスがガリオの前に置かれると、彼はゴクゴクと一気にそれを飲み干してしまう。
そして、ハーッと大きなため息を吐いて、気持ちを落ち着けた。
その光景をルシア隊長は、うっすらと笑みを浮かべて眺めている。
「あの……」
「ん?」
「質問してもいいでしょうか」
「もちろんだよ。何でも聞いていいからね」
「ありがとうございます」
ガリオはもう一口だけ水を飲むと、まずは一番先に浮かんだ疑問をぶつけることにした。
「ルシア隊長も知っていると思いますが、俺には生まれてこの方契約精霊がいません。冒険者レベルだって、ずっと2のままです。そんな俺を、どうしてルシア隊長は誘うんですか?」
「うん。当然の質問だね」
ルシア隊長は、隣に座っているジョシュアが不満そうな顔をしてガリオを見ているのをチラリと確認して、フッと小さく笑った。
そして、ゆっくりと椅子に深く座り直す。
「ガリオ君は、ローグライト領のことは詳しいかい?」
「何度か行ったことはあるんですが、いくつか有名なダンジョンがあるのと、あとはワインの名産地ですよね」
「そうそう」
ルシア隊長の父親であるローグライト侯爵が治めるローグライト領は、ガリオたちがいるオルソ領と王都ナイステイトの間に広がっている地域で、大昔から他国に輸出されるほどのワインが生産されている。
今ガリオたちが飲んでいるワインも、ローグライト産の高級なワインだった。
ルシア隊長はそのワインの入ったグラスを持ち上げ、精霊魔法で作り出された光球の明かりを反射させながら、ユラユラとワインを揺らしている。
「私はね、ローグライト侯爵の後継者レースの真っただ中にいるんだ」
「え……」
どこか聞き覚えのある言葉に、ガリオの表情がピシッと一瞬硬くなった。
だがルシア隊長はそれに気付かず、そのまま話を進める。
「だけど、私の上にいる兄や姉たちは思っていたよりも優秀な人たちでね。契約している精霊はそうでもないんだけど、土いじりに特別な才能があったみたいなんだ」
彼はフーッとため息をつくと、グラスに残っていたワインをグイッと一気に呷った。
「土壌改良に、葡萄の品種改良。兄たちのおかげでワインの生産量も伸びて、ローグライト家の収入は右肩上がり。お父上の兄たちに対する評価も高いのさ」
「な、なるほど……」
ルシア隊長の話に相槌を打っているガリオだったが、それと自分が彼に仕えることとどう関係があるのか理解できず、彼は戸惑っていた。
自分には美味しい葡萄やワインを作る才能やアイデアなど、小さな葡萄の種ほどもありはしないのだ。
「兄たちと同じ道を進んでも、私に勝ち目はないからね。私は王国軍に入って、『英雄』や『勇者』と呼ばれるほどの大きな功績を残すことで、次のローグライト侯爵になる可能性に賭けたんだよ」
「隊長は立派な功績を残されていますッ!」
ガタッと椅子が後ろに倒れそうになるほど勢いよく立ち上がったジョシュアが、真剣な表情でルシア隊長をフォローした。
ルシア隊長は、苦笑しながら「ありがとう」とお礼を言って、彼に座るように促す。
「最初は順調だったのさ。王国軍の第4軍団に配属されてから、国境で多くの魔物を倒してきたからね」
「ガリオさん。隊長は男爵クラスの闇の精霊を倒したこともあるんですよッ!」
「それは凄いですね」
ジョシュアの、あたかも自分がその闇の精霊を倒したかのように自慢するルシア隊長の功績に、ガリオは素直に感嘆の声を上げた。
闇の精霊における階級は、精霊教会が、第1位闇の精霊王、第2位三大公、第3位侯爵、第4位伯爵、第5位子爵、第6位男爵の6つの位階に区分している。
ルシア隊長が倒した闇の精霊は、西の王国に侵略してきた1,000体ほどの魔物の群れを率いていた存在で、従軍していた精霊教会の司祭が、その闇の精霊の位階を「男爵クラスだ」と認定したのである。
「だけど、最近王国軍の人事に妙な横槍が入ったみたいで、私は第4軍団から今の第1軍団に配属先が変わったんだ。おかげで、魔物と戦う機会がめっきり減ってしまって、思うように功績を上げられなくなったのさ。この城塞都市オルソに来たのも、雑務を命じられたからなんだ」
「……雑務?」
ガリオが顔を横に向けると、ジョシュアがジト目でガリオのほうを見ていた。そして、ガリオと目が合うと、彼はその視線を逸らすかのように慌てて下を向くのだった。
「ああ、そうそう。ガリオ君のおかげで、ボルド前資材調達部長を逮捕することができたよ」
「ええッ?」
予想していなかった名前が出たことに、ガリオは素っ頓狂な声を上げる。
今この場でボルド部長の名前が出てきたことも、そして自分のおかげだというその意味も、彼には全く理解できなかった。
ルシア隊長は、クックックと左手を口元に当てて小さく笑っている。
大人しく話を聞いていたジョシュアは、フーッとため息をついて肩をすくめると、ルシア隊長の話を引き取った。
「僕たちは表向きは冒険者登録の剣術担当の講師を引き受けるために来たんですが、実はもう一つ、内密に別の任務が与えられていました」
「……それが、ボルド部長の逮捕?」
コクンと無言で頷くジョシュア。
「ボルド前部長は、冒険者協会の資材調達部長の立場を利用して、王国軍の軍需物資の横流しに加担していたんです。僕たちは、ボルド前部長から事情聴取をするきっかけを探していたんですが───」
「ちょっと強引だったけど、ガリオ君が持ち込んだ話を種に彼を脅してみたら、出るわ出るわ。あの豚は、あのテストの結果に相当参ってたみたいだね。私たちも、まさか調査に来た初日に、本命の任務のほうが片付くなんて思ってもみなかったよ」
ルシア隊長はケラケラと上機嫌に笑って、ワイングラスを傾けていた。
目の前の二人のお役に立てたことは、素直に喜ばしく思うガリオだったが、彼はまだルシア隊長が何を言わんとしているのか、理解できていなかった。
「……それで」
「ん?」
「ルシア隊長は、ボルド部長の一件があって、私の剣術の腕を買ってくれたんですか?」
「ああ。大分話が脱線したね。話を戻そうか。確かにガリオ君の剣術の腕を買っているのも事実だ。だけど、私がガリオ君に一番期待しているのは───」
そう言ってルシア隊長は、口の端を大きく歪めて、ニヤリと笑った。
「───『物語を始める者』とでも言おうかな」
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