第81話 ガリオたちの選択⑤「ルシア隊長の誘い」
「……精霊教会の教義だね」
「はい。私は……その精霊が住まう国を早くこの目で見るには、冒険者になるのが一番の近道なんじゃないかって思ったんです。そうしたら、始祖精霊様が何故精霊界と人間界を作られたのか。何故私たちを生み出されたのか。その理由が分かるんじゃないかって……」
彼女はそう言って胸の前に両手を組むと、静かに何かを祈っているのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、しばらくベッドで休んでいたティフォーネが一人で歩けるまでに体調が回復したため、ガリオたちは馬車に乗って宿へ戻った。
「ガリオさん、おかえり。あんたに荷物が届いてるよ」
「俺に? 誰だろう」
二人が宿に入ると、すぐに宿のマスターから2つの大きな箱を渡される。
カウンターに置かれたその箱は、見たところ高級そうな柄をしていて、庶民であるガリオが素直に受け取るのを躊躇するほどだった。
なかなか箱に手を伸ばそうとしないガリオに、ティフォーネが後ろから助け舟を出す。
「ガリオ様、ルシア隊長じゃないんですか?」
「あ……そういえば、服を届けるって言ってたっけ」
オルソ第2ダンジョンからの帰りにルシア隊長から夕食に誘われた際に、ガリオが「子爵と夕食をご一緒するに相応しい服が無い」と正直に打ち明けると、ルシア隊長は笑いながら「夕方までに宿に届けるよ」と請け負っていたのだった。
また、彼が迎えの馬車も寄こすとも言っていたのを思い出し、ガリオは急いで自分の分の箱を持って部屋に戻ると、中に入っていた服に悪戦苦闘しながら着替え始めた。
城塞都市オルソが真っ赤な夕焼けに包まれる頃、ガリオたちが利用している宿の前に、1台の立派な馬車が到着する。
御者台に乗っていた執事服を着た男性が、宿の前に降り立つと、恭しく馬車のドアを開けた。
「じゃあティフォーネ、行ってくるよ。ゆっくり休んでてくれ」
「ちょっと待ってください、ガリオ様。ネクタイが……」
見送りに出てきたティフォーネが、ほとんど着たことが無いというスーツ姿のガリオのネクタイを、丁寧に整え始めた。
自分のすぐ目の前に、誰もが見惚れるティフォーネの美しい顔があり、そしてうら若い女性にピッタリの爽やかな花のような香りが彼女から漂ってきて、ガリオは年甲斐もなく顔を赤くしている。
「ガリオ様?」
「あ、ああ、すまないな。じゃあ行ってくる」
「はい。お気を付けて」
少しボーっとしていたガリオは、ティフォーネの呼びかけにハッと我に返ると、そそくさと馬車に乗り込むのだった。
馬車の中で、ガリオはティフォーネが受け取るはずだった箱の蓋を少しだけ開ける。
そこには、装飾の少ない黒い色のドレスが、それを着るに相応しい女性の手に取ってもらう機会を静かに待っていた。
(きっと、もの凄く綺麗だったろうな……)
ガリオは、このドレスを着たティフォーネの姿を想像し、ハーッと大きなため息を吐いて箱の蓋を閉じた。
しばらくすると、馬車が静かに止まった。
ガチャリと開けられた馬車のドアの先に広がる光景に、ガリオの目は大きく見開く。
彼が到着したのは、まるで小さなお城のような高級レストランだった。
日が暮れて辺りはすでに真っ暗になっており、外灯や窓から漏れる明かりで、周囲は幻想的な雰囲気に包まれている。
「ガリオ様ですね。ようこそおいでくださいました。どうぞお入りください」
「あ、ありがとう」
馬車から降りたガリオを、満面の笑みを浮かべるドアマンが出迎えると、目の前の大きな扉がゆっくりと開いた。
こんな高級レストランに初めて来たガリオは、ガチガチに緊張した様子でその扉をくぐる。
「わあ……」
ガリオの足がすぐに止まった。
レストランに入ると、食欲をそそる美味しそうな匂いが彼を出迎える。
そして、入り口付近のロビーには、フカフカの絨毯の上に重厚で高級そうなソファーやテーブルが並んでいた。
自分がこれまで過ごしてきた世界とは明らかに異なる店内の様子に圧倒され、思わず回れ右をして帰りたい気持ちになるガリオだった。
「いらっしゃいませ」
「は、はいッ!」
突然死角から男性の声が聞こえて、思わずガリオは背筋をピンと伸ばした。
ギギギッと錆びた音が鳴りそうなぎこちない動きで右に顔を向けると、ドアの脇の目立たない所に、グリーターと思われる男女が笑顔で立っている。
慌てたガリオは、何故自分のような人間がここに来たのか、必死に説明しようとしていた。
「あ、あの、俺は、待ち合わせをしていて……あ、俺はガリオと言って、ブングラスの町で冒険者をしてるんだが、決して怪しい者じゃなくて───」
「はい。ガリオ様、お待ちしておりました。ローグライト子爵とそのお付きの方は、すでに席でお待ちになっておられます」
わたわたと説明するガリオに、グリーターの二人が深々と一礼をする。
そして女性のグリートレスがガリオの前に近寄ってくると、「ご案内します」と右腕を前に伸ばした。
彼女の案内で、ガリオは2階へと続く階段を上がった。
そこは、1階の喧騒があまり届かない静かなスペースが広がっており、食事をするテーブルも数えるほどしかない。
「こちらでございます」
一番奥のテーブルに案内されると、ルシア隊長はすでにワイングラスを傾けていた。
ルシア隊長はブルーのジャケットを羽織っているが、スーツ姿のガリオよりも全体的にカジュアルな装いだ。
「よく来たね、ガリオ君。すまないが、先に始めてるよ」
ワイングラスを少し高く掲げて、上機嫌な様子のルシア隊長がガリオに声をかけた。
それとは対照的に、彼の隣に座っているジョシュアの表情はどんよりと暗く、全く元気が感じられない。
「ルシア隊長、今日は夕食に誘ってもらってありがとうございます」
知っている人の顔を見たガリオは、やっと人心地ついたような気持ちになり、強張った顔が少しずつ緩んでいった。
頭を下げるガリオに、ルシア隊長は空いた左手をヒラヒラと振る。
「堅苦しい挨拶は抜きにして、早く座った座った。このお店の料理はすごく美味しいんだ」
「は、はい」
ガリオはお店のスタッフが引いてくれた椅子に、ぎこちなく座る。
そして、テーブルの上にズラリと並べられたキラキラ輝く食器を見て、クラクラと軽く眩暈がした。
「ルシア隊長、俺はこんな高そうなお店に慣れてなくて……」
ガリオの言わんとしていることを察したルシア隊長は、少し笑ってまた左手を振る。
「テーブルマナーは気にしなくていいよ。私もちょっと酔っているからさ」
「すみません」
しばらくすると、食事が続々とテーブルの上に運ばれてきた。
お皿に乗っている料理の盛り付けはどれも見事で、田舎暮らしのガリオにとって見たことも食べたこともないものばかりだった。
「それと今日はティフォーネが来れなくて、すみませんでした。昼頃から体調を崩してしまって、今も宿のベッドで休んでいると思います」
「ああ、聞いてるよ。戻ったら彼女にお大事にと伝えておいてくれ」
「分かりました」
ガリオはティフォーネと冒険者協会を出る時に、予めルシア隊長には使いを出して伝言を伝えていた。
あからさまにガッカリと肩を落とすジョシュアを見て苦笑するガリオだったが、今のルシア隊長の様子から、彼がティフォーネではなく自分に何か話があることが分かり、また少し緊張してきたのだった。
ルシア隊長はクイッと一息でワインを飲み干すと、グラスをテーブルに置いて、体をグッと前に乗り出した。
「単刀直入に言おう。ガリオ君、ぜひこの私に仕えて欲しい」
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