第80話 ガリオたちの選択④「彼女が冒険者になりたい理由」
しばらく考えごとをしていたレオンティーヌは、何かを決心したような真剣な表情で、ガリオと向き直った。
「先生……いえ、ガリオさん。良かったら私と一緒に───」
───キャアアアッ!
───どうしたのッ! ティフォーネさんッ!
突然、体育館の中に女性の悲鳴が響き渡った。
ガリオたちが声のしたほうを見ると、床に倒れているティフォーネの姿があった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
気を失ったティフォーネを慎重に持ち上げると、ガリオはひとまず彼女を冒険者協会の医務室に運び、そのままベッドに寝かせた。
常駐している医師の診断によると、体内の魔力が足りなくなったことで失神したのではないか、という事だった。
「命に別状はないと思うんですが、しかし……」
こういった症状の多くは、戦闘中などに契約精霊が精霊界から供給されている魔力量を上回る魔力を消費した時に、足りない魔力を契約している人間の体内に蓄えられた魔力で補おうとすることで起こるらしい。
だが、ティフォーネが倒れた状況からすると、そういった事例に当てはまらないため、医師は頭をひねっていた。
「とりあえず、回復ポーションを飲んで安静にしておけば治る」と言い残し、医師はガリオたちのそばから離れていった。
また、レオンティーヌも母親と暮らす村の住所を書いたメモをガリオに渡し、医務室を出て行こうとする。
「先生……必ず会いに来てくださいね」
レオンティーヌは目に涙を浮かべ、寂しそうな声をしている。
そんな彼女を前にして、ガリオは急に心配になった。
彼は真剣な表情を浮かべると、下を向くレオンティーヌの頭を軽くポンポンと叩く。
「レオン……いや、レオンティーヌ・オルソ。君がこれから目指す頂きは、遥かに高く、険しく、そして極めて細い道の先にあるんだ。こんな俺なんかじゃ、想像がつかないくらいの、な」
「先生……私……」
彼女は下を向いたまま、彼の服をギュッと掴んだ。その手はフルフルと小さく震えている。
「だけどな……その頂上から見える景色は、今まで誰も見たことがない、想像を絶するほどのとても素晴らしいものだっていうのは、この俺にだって分かるんだ。そして、そこに立つのはレオンティーヌ・オルソ、君だと信じている」
「───ッ!」
「レオンティーヌ・オルソ。君が見るその景色を、いつか俺たちにも見せてくれる日を楽しみにしているぞ」
レオンティーヌはハッと顔を上げると、子どものようにニカッと明るく笑うガリオを目が合った。
すると彼女の顔が急にカーッと顔を赤くなり、ゴシゴシと自分の袖で目元をこする。
そして、青い瞳を爛々と輝かせながら、コクンと大きく頷いたのだった。
「はいッ! それでは、先生……ガリオさん。お元気でッ!」
「ああ。達者でな」
ペコリと頭を下げたレオンティーヌは、下を向いたまま廊下の奥に駆けていった。
それからすぐに、ガリオの耳に「わあああん!」と誰かの大きな泣き声が聞こえてきたが、彼は小さな声で「頑張れよ」とつぶやき、医務室のドアを閉めた。
「……ガリオ様」
ティフォーネのベッドの所に戻ると、彼女は目を覚ましてガリオのほうを見ていた。
もともと色白のティフォーネだったが、ガリオには、今の彼女の顔色がいつも以上に蒼白になっているように見える。
彼はベッド脇にある椅子に腰を下ろした。
「ティフォーネ、起きたのか。急に倒れたから心配したんだぞ。気分はどうだ?」
「はい。しばらく休めば、動けるようになると思います」
無理に作っているような儚い笑顔に、ガリオの表情が曇る。
彼は腰につけているポーチから、彼が持っている中で最も高価な中級回復ポーションを取り出し、ティフォーネに渡した。
回復ポーションは、傷の回復速度の違いに応じて、下級・中級・上級と3段階にランク付けされている。上級になると、大怪我でも即座に癒せる効果を持っており、1本が金貨10枚以上の値段で取引されるのが普通だ。
ただし、手や足が切り落とされたりするなどして欠損した場合は、いくら上級回復ポーションでも失われた手足を復元するのは難しいとされている。
なお、契約精霊でも傷を癒すことは出来るが、魔力回路を消耗するリスク、そして他人の傷を癒すのは普通の精霊では難しいことが多いため、大抵の冒険者は回復ポーションを複数本所持している。
「医者の話では、回復ポーションを飲むと良いらしいぞ」
「はい、ありがとうございます。ガリオ様、この後のルシア隊との夕食は……」
「ああ、分かってる。一人で行ってくるよ」
「すみません」
申し訳なさそうに頭を下げるティフォーネを見て、ガリオは肩をすくめて苦笑する。
そして彼は「あッ」と声を出して、慌ててポケットから1枚のカードを取り出した。
「これ、ティフォーネの冒険者登録証だ。俺から渡すことになっちゃったけど、とりあえず、おめでとう」
「……ありがとうございます」
ティフォーネは受け取った冒険者登録証を、嬉しそうに頬を緩めて何度もその表面を撫でている。
長かった彼女の護衛クエストに終わりが見えてきたことに、ガリオは一抹の寂しさを覚えていた。
「ティフォーネは……」
「え?」
「ああ。ティフォーネは、どうして冒険者になりたいと思ったんだ?」
その時、窓の外からサーッと一陣の風が医務室に吹き込んできた。
ベッドの周りを仕切るカーテンが、そして彼女の長い銀色の髪がサラサラと横になびく。
「人間界が精霊界の魔力で満たされれば、精霊の住まう国への道が拓かれる」
ティフォーネの小さなつぶやき声に、ガリオの胸がチクッと痛んだ。
ガリオの脳裏に、子どもの頃に何度も通ったブングラスの町にある精霊教会の光景がよぎる。
「……精霊教会の教義だね」
「はい。私は……その精霊が住まう国を早くこの目で見るには、冒険者になるのが一番の近道なんじゃないかって思ったんです。そうしたら、始祖精霊様が何故精霊界と人間界を作られたのか。何故私たちを生み出されたのか。その理由が分かるんじゃないかって……」
彼女はそう言って胸の前に両手を組むと、静かに何かを祈っているのだった。
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