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第79話 ガリオたちの選択③「ティフォーネの異変」

「私の目に(くる)いはありませんでした。やっぱり彼は面白いですね」


 ルシア隊長の目がうっすら開いて、ガリオに(するど)い視線を向けている。

 一方のガリオはその視線に気付くことなく、巨大な白熊の精霊を冷や汗を流しながおそら見上げていた。


「……伝説(でんせつ)守護精霊(しゅごせいれい)カラリスート」

「ん?」


 ルシア隊長は小さなつぶやき声を聞いて、その声のするほうに顔を向けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 そして、彼にしては(めずら)しくギョッと驚いた表情を見せる。

 そこには、ボロボロと滂沱(ぼうだ)の涙を流すウォルターの姿があった。


「ウォルター氏……大丈夫ですか?」

「あ、ああ、これは大変お見苦(みぐる)しい所をお見せしました、ローグライト(きょう)


 ウォルターはポケットから真っ白なハンカチを取り出すと、優雅(ゆうが)仕草(しぐさ)で自分の涙を()いた。

 そして、キリッとした顔つきでレオンティーヌの前に進み出ると、突然(とつぜん)地面に片足をついて(うやうや)しく(こうべ)()れる。


「う、ウォルターさん?」

「……我がウォルター家は、初代(しょだい)オルソ侯爵閣下(こうしゃくかっか)大恩(だいおん)(むく)いるために、ずっとオルソ侯爵家に(つか)えてまいりました。そして、初代オルソ侯爵閣下の契約精霊(けいやくせいれい)であった主土精(ドミニオン)カラリスートを、再びこの人間界に召喚(しょうかん)することは、我がウォルター家の悲願(ひがん)でもあったのです」


 ウォルターは顔を上げて、まるで小さな山のような白熊(しろくま)の精霊を見上げる。

 真っ白な体毛(たいもう)(おお)われたカラリスートは、()の光がキラキラと体毛に反射(はんしゃ)して、その身からにじみ出る威圧感(いあつかん)(あい)まって神々(こうごう)しさを感じるほどだった。


「およそ1000年前、この地に強大(きょうだい)(やみ)の精霊が魔物(まもの)大群(たいぐん)とともに(あらわ)れ、オルソの街を蹂躙(じゅうりん)しました。言い伝えによると、その闇の精霊を倒したのは、風と土の2体の四大精霊(セラフィム)、そしてこの主土精(ドミニオン)カラリスートだったそうです。その際、闇の精霊の空中城(くうちゅうじょう)がこの付近(ふきん)に落下したとか、しなかったとか……」


 そしてウォルターは、再度(さいど)深々(ふかぶか)と頭を下げる。


「レオンティーヌ・オルソ様。どうかこのウォルターに、貴女様(あなたさま)の願いを(かな)えるお手伝いをさせてください。そして、『英雄(えいゆう)』と呼ばれた初代オルソ侯爵閣下の御名(みな)を再び世界に───」

「ちょ、ちょっと待ってください、ウォルターさんッ!」


 一人で勝手に盛り上がり、どんどん話を進めるウォルターを、レオンティーヌが(あわ)てて制止(せいし)した。

 彼の()わり()の早さに、レオンティーヌはもちろん、周りにいるガリオたちも目を丸くして驚いている。 

 戸惑(とまど)うレオンティーヌは、大きく深呼吸(しんこきゅう)をして気持ちを(しず)めると、ずっと召喚(しょうかん)していたカラリスートを精霊界(せいれいかい)に戻した。


「えっと……私の夢の実現(じつげん)に、お父様の筆頭執事(ひっとうしつじ)をしているウォルターさんの助力(じょりょく)()られることは、大変心強いことだと思います」

「それではッ!」

「ストップストップッ! その前に確認したいことがあります。今回の事件のことで、ウォルターさんの知っていることを教えてください」

「……私の調査では、今回の事件の黒幕(くろまく)は、レオンティーヌ様の妹君(いもうとぎみ)の関係者であることが判明(はんめい)しております」

「───ッ! そこまで分かっていて、何故(なぜ)ウォルターさんは私を見殺(みごろ)しにしようとしたんですか?」

「……我がウォルター家の求めるは、(つよ)きオルソ侯爵家(こうしゃくけ)。レオンティーヌ様にこの苦難(くなん)を乗り()えていただければと思い───」


 バシンッ!


 突然、レオンティーヌは涙を流して、(こうべ)()れるウォルターの横っ(つら)(たた)いた。そして、かすれた声で何度も「あなたは、あなたは……」と()り返し、(うなず)いたまま立ち()くしている。

 レオンティーヌにとって、物心(ものごころ)ついた時から知っているウォルターは、母親の次に信頼していた人間だ。

 彼の言葉は、彼女が最も聞きたくなかったものだった。


「レオン……」

「先生ッ! ううう……わあああんッ!」


 同情したガリオが後ろからレオンティーヌの小さな頭をそっと()でると、彼女はガリオの胸にすがり付いて、大きな声で泣き始める。

 その場にいる皆が、無言(むごん)でその光景を見守っていた。


 ───結局、今回の冒険者登録の実技訓練(じつぎくんれん)は、3日目の午前中のトラブルで中断(ちゅうだん)したまま終了することになった。

 その代わり、集める魔石(ませき)の数の合格ラインが、一人10個から一人7個まで下げられることになり、全参加者中、失格(しっかく)2名、辞退(じたい)1名という結果に終わった。


「レオン、冒険者登録を辞退して本当に良かったのか?」

「はい。これから夢に向かって忙しくなるので、冒険者をやっている(ひま)はなさそうですから」

「それもそうだな」

 

 オルソ第2ダンジョンから冒険者協会に戻った若者たちは、体育館に集まって冒険者(ぼうけんしゃ)登録証(とうろくしょう)交付(こうふ)()っていた。

 そんな若者たちの中に、当然ティフォーネの姿もあった。

 一方のガリオとレオンティーヌは、体育館の(すみ)でティフォーネたちの手続きが終わるのを見守っている。


「……ウォルターさんの件も、一度お母様と話し合ってみようかと」

「……そうだな」


 若者たちが明るい笑顔でおしゃべりしている光景を(なが)めながら、ガリオはレオンティーヌがダンジョンの中で、将来(しょうらい)の夢を語った場面を思い出していた。


 彼女は、(ひざまず)いた主土精(ドミニオン)カラリスートの前脚(まえあし)を両手で(つか)んで、ハッキリと宣言(せんげん)した。

 「オルソ侯爵(こうしゃく)になるための後継者(こうけいしゃ)レースに参加し、次期(じき)オルソ侯爵を目指す。そして、契約精霊がいない者たちへの差別(さべつ)を無くす」と。

 

 次のオルソ侯爵になることも、そして契約精霊がいない者たちへの差別を無くすことも、両方大変な道のりだとは思うが、ガリオは(のろ)いの精霊に()りつかれていた苦境(くきょう)を乗り越えた彼女なら、必ず実現(じつげん)してくれるだろうと確信(かくしん)していた。


「それで……あの……先生。この後の予定は?」


 ガリオが物思いにふけっていると、おずおずとレオンティーヌが話しかけてきた。

 彼女の顔は、何故(なぜ)か少し赤らんでいる。


「ん? ああ。ルシア隊長から夕食を(さそ)われていてな。ティフォーネも一緒だ」

「えッ! ローグライト(きょう)と夕食ですか」

「そうそう」


 ダンジョンから引き()げようとしていたガリオの所に、ニコニコ笑顔を浮かべるルシア隊長が近寄って来て、「夕食を一緒に」と誘ってきたのだった。

 それを聞いたレオンティーヌの顔が、今度は青ざめていく。

 そして急にガリオに背を向けると、カリカリと親指の(つめ)()んで、ブツブツと何かをつぶやき始めた。

 しばらく考えごとをしていたレオンティーヌは、何かを決心(けっしん)したような真剣(しんけん)な表情で、ガリオと向き直った。


「先生……いえ、ガリオさん。良かったら私と一緒に───」


 ───キャアアアッ!

 ───どうしたのッ! ティフォーネさんッ!

 

 突然、体育館の中に女性の悲鳴(ひめい)(ひび)き渡った。

 ガリオたちが声のしたほうを見ると、床に倒れているティフォーネの姿があった。

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