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第78話 ガリオたちの選択②「主土精カラリスート」

 呆然(ぼうぜん)としているレオンをよそに、ルシア隊長が面白そうなものを見つけた子どものように、ニヤニヤ笑ってウォルターの肩を(たた)いた。


「だとしたら、おかしいですね。オルソ侯爵閣下の『懐刀(ふところがたな)』と呼ばれるウォルター氏が、このオルソ城のお膝元(ひざもと)で起こっている異変(いへん)に気付かなかったのですか? レオンティーヌ嬢の暗殺未遂事件(あんさつみすいじけん)だというのに」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ウォルターさん、何か知っているんですか?」


 ガリオの後ろから1歩踏み出すレオン。彼女の心境(しんきょう)複雑(ふくざつ)だ。

 ウォルターは信頼(しんらい)していた数少ない人間のうちの一人なので、何か知っていれば教えて欲しいと思う一方(いっぽう)、知っていたのなら何故(なぜ)助けに来てくれなかったのか、という気持ちがレオンの中でせめぎ合っている。


 すると、ガリオが左手を横に伸ばし、レオンが前に出ようとするのを()めた。


「ウォルターさん。俺はピノトーの町で、一度レオンに会ったことがあるんです。その時、何者かのグループが(ひそ)かに彼女を護衛(ごえい)していることを知りました。今思えば、護衛していたのはウォルターさん以外に考えられません」


 ガリオの言葉に、ポーカーフェイスを(つらぬ)いているウォルターの(まゆ)が、ピクリと反応した。


「しかし、実技訓練(じつぎくんれん)が始まってからは、レオンを誰かが護衛している様子はありませんでした。ウォルターさん、何故(なぜ)護衛を引かせたんですか?」


 すでにレオンの顔は蒼白(そうはく)になっている。ただ、一縷(いちる)の望みをかけて、両手を(にぎ)()めてウォルターの言葉を待っていた。彼が自分の期待(きたい)裏切(うらぎ)らない、何らかの優しい言葉をかけてくれるのではないかと。

 だが、一方(いっぽう)のウォルターは、感情を感じさせない淡々(たんたん)とした口調(くちょう)で話し始める。


「……申し訳ありませんが、オルソ侯爵閣下(こうしゃくかっか)一執事(いちしつじ)でしかない私には、皆様のご期待(きたい)()えるような答えは()ち合わせておりません。しかし、レオンティーヌ様。あなたが住んでいる村には、他の御兄妹(ごきょうだい)監視(かんし)の目が常に付いておりました。今回の事件が、そのうちの誰かの指示(しじ)で行われたとしても、おかしくはないのですよ」

「そ、そんな……」


 レオンの脳裏(のうり)に、以前見た自分の兄妹(きょうだい)たち、そして村で仲良くしている何人かの人たちの笑顔がよぎる。

 彼女は左手で顔を押さえて、一歩、また一歩と後ずさった。

 そんなレオンに、ウォルターが(あわ)れみにも()た目を向ける。


「レオンティーヌ様がダンジョンから現れた時、(まこと)に勝手ながら、私は少し期待しました……ですが、結局……貴女様(あなたさま)は他人から守られるだけの、か弱い女性のままなんですね」


 ウォルターからこれまで向けられたことのなかった、多くの人と同じような視線で見つめられ、レオンは(くや)しそうに(くちびる)()む。

 彼女の右手は、無意識(むいしき)にガリオの服を(つか)んでいるのだった。


「さあ、レオンティーヌ様、母君(ははぎみ)の所に帰りましょう。そして、もう冒険者になる夢を(あきら)めて、静かに余生(よせい)をお過ごしなさい。あなたと母君の安全は、このウォルターが責任を持ってお守りいたします」


 右手を前に差し出すウォルター。

 だが、その手首を横から(つか)む者がいた。


「あんまり、俺の弟子を()めるんじゃねーよ……()めないでください」

「……ガリオさん?」

「ほほう」


 ガリオは(つか)んでいたウォルターの手首を離し、左後ろにいるレオンに向き直る。

 そして、涙を浮かべているレオンの青い瞳を見つめて、彼は子どものようにニカッと明るく笑った。


「レオンッ! 君がさっき言っていた願いを、夢を俺は応援(おうえん)する。だから、この(じい)さんとここにいる全員に、派手(はで)に見せつけてやれッ! 泣き虫のレオンじゃない。夢に向かって1歩を()み出そうとする、オルソ侯爵家(こうしゃくけ)長女レオンティーヌ・オルソのその力をなッ!」

「はいッ! 先生ッ!」


 レオンは───レオンティーヌは、右手で涙をグイッと(ぬぐ)い去ると、ガリオの前に出た。

 彼女の頭上には、緑色の燐光(りんこう)がフワフワと(ただよ)っている。


「レオンティーヌ様、そ、それはッ!」


 その燐光(りんこう)を見つけたウォルターが、驚愕(きょうがく)の声を上げた。

 ガリオはレオンティーヌのすぐ後ろで、その背中を腕を組んで見守っている。


「おいで───」


 レオンティーヌが高々(たかだか)と右手を上に真っ直ぐ伸ばす。

 すると、彼女の右側に(あざ)やかな緑色をした、巨大な魔方陣(まほうじん)出現(しゅつげん)した。

 その魔法陣は直径(ちょっけい)が10メートルはあろうかという大きさで、複雑(ふくざつ)紋様(もんよう)を描いている。

 広場にいた大勢(おおぜい)の人たちがその光景に驚いて、レオンティーヌのほうに注目した。


「───主土精(ドミニオン)カラリスートッ!」


 彼女の呼びかけに応じて魔法陣から姿を(あらわ)したのは、大きな白熊(しろくま)の姿をした精霊(せいれい)だった。

 その白熊の精霊は、2本脚(ほんあし)直立(ちょくりつ)しており、身長は(となり)にいるレオンの何倍にもなる。

 腕や脚は大木(たいぼく)(みき)にように太く、そして全身の(いた)る所を重厚(じゅうこう)装甲(そうこう)防護(ぼうご)しており、カラリスートがただの精霊では無いことを物語(ものがた)っていた。


「ど、ど、どどど、主土精(ドミニオン)カラリスートだッ!」


 広場にいた精霊魔法担当の講師(こうし)が、驚きのあまり腰を()かして座り込んでいた。

 彼の(さけ)び声を聞き、ザワザワと周りにいた人たちが(さわ)ぎ始める。


 主土精(ドミニオン)カラリスートは、精霊界の階級(かいきゅう)で第4位の位階(いかい)(ぞく)する精霊であり、これほどの高位(こうい)の精霊と契約(けいやく)している者は、この西の王国の中でも(きわ)めてその数は少ない。

 そんな喧騒(けんそう)に包まれている広場を、カラリスートはジッと見下(みお)ろしていた。


「ピュー。主精霊(ドミニオン)クラスの精霊のお出ましですか。これはこれは、オルソ侯爵家(こうしゃくけ)大騒(おおさわ)ぎになるでしょうね」


 ルシア隊長は軽く口笛(くちぶえ)()き、左手を口に当ててクックックと小さく笑っている。その姿を、ジョシュアが後ろから心配そうな目で見つめていた。


「私の目に(くる)いはありませんでした。やっぱり彼は面白いですね」


 ルシア隊長の目がうっすら開いて、ガリオに(するど)い視線を向けている。

 一方のガリオはその視線に気付くことなく、巨大な白熊の精霊を冷や汗を流しながら見上げていた。


「……伝説(でんせつ)守護精霊(しゅごせいれい)カラリスート」

「ん?」


 ルシア隊長は小さなつぶやき声を聞いて、その声のするほうに顔を向けた。

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