第76話 呪いの精霊⑬「彼女の契約精霊」
「はあ、はあ、はあ───」
「レオンさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまない」
血の気が全く無くなり、顔が真っ白になったレオン。彼女は歯を食いしばって、もう一度4つの死体のほうを見る。
そして、ランドルたちと3人で地下2階に潜ってから気を失うまでの記憶を、ポツリポツリと説明し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「───そ、それでエドワードが殺されたみたいでッ───う、ううう……わあああんッ!」
「レオンさん……」
自分にしがみついて大きな声で泣き崩れるレオンの肩を、ティフォーネは優しく抱いていた。
少し離れた所で彼女の話を聞いていたガリオは、自分の想像を超えるその内容に、唖然として言葉を失っている。
(最低な奴らだ……)
レオンの話では、殺された冒険者二人とランドルたちはグルで、実技訓練の最終日に彼女を地下2階に誘導して、乱暴しようとしたうえに、密かに殺害することが目的だったらしい。
2日間でレオンが魔石をあまり集められなかったのも、ランドルたち二人のうちのどちらかが索敵の精霊魔法を使って、魔物と遭遇しないルートを選んでいたせいなのだろう。
ガリオの印象では、ランドルたちは口封じのために殺されたように思えた。だとすれば、冒険者二人がレオンを殺害しようとした目的とは、一体何なのだろうか。
しばらくして、レオンの泣き声が小さくなっていった。
そして、顔を上げた彼女の顔は、目元が赤くなっていて鼻をズズッと啜っている。
「あ、ありがとう。ガリオさんたちが私を助けてくれたんだね。あと、さっきは顔を叩いてしまって、すまなかった」
少しはにかみながら微笑を浮かべるレオンを見て、ガリオの心臓はドキリと高鳴った。
以前のレオンは、男性らしく見せようと無理に難しい表情をしていることが多かったが、今は女性らしい素直な柔らかい表情をしている。
その大きなギャップが、ガリオを一層ドキドキさせていたのだった。
「い、いや、俺とティフォーネが駆けつけた時には、冒険者たちのほうは殺された後だった……黒い獣になったレオンにな」
「えッ。どういうこと?」
「……覚えてないのか?」
両目を大きく見開いて驚くレオンは、コクコクと首を縦に振った。
今度は、ガリオがこの場に到着してからのことを説明し始める。彼の説明のたどたどしい所は、ティフォーネが時折フォローを入れていた。
「───それで俺は黒い獣を取り押さえたところで気を失ったんだが、レオンが元の姿に戻ったのを見ると、ティフォーネは上手くやってくれたみたいだな」
「いえ。私は眠っていたレオンさんを起こしただけです。ガリオ様が身を挺してレオンさんを取り押さえてくれなかったら、私は落ち着いて魔法を使えませんでした」
笑い合ってお互いに謙遜するガリオたちを目の当たりにして、レオンは心臓をギュッと掴まれたような痛みを感じた。
そんな初めての感覚にレオンが戸惑っていると、ガリオが彼女の異変に気付く。
「どうした、レオン。まだどこか痛むのか?」
ガリオはスッとレオンの横に跪くと、真剣な顔をして彼女の青い瞳をジッと覗き込んだ。
するとレオンは、顔を赤くしてガリオから何故か目を逸らす。
「い、いや、大丈夫……です」
レオンは横に顔を向けたまま大きく深呼吸をすると、気持ちを落ち着けてガリオのほうに向き直る。
そして、改めて二人に頭を下げた。
「ガリオさん、ティフォーネさん。私のことを助けてくれて、本当にありがとう。二人が来てくれなかったら、私は黒い獣のままで、いずれ誰かに殺されていたと思う。この感謝の気持ちは、言葉では言い尽くせないくらいだ」
目の前に下げられた頭を見て、ガリオはフッと頬を緩めると、右手でレオンの頭をゆっくり撫でる。
サラサラの金髪は手の滑りが良く、彼女の頭がガリオの手の平に収まるほど小さいことが、よく分かった。
「弟子の不始末は、師匠の責任。レオンが無事でいてくれて、俺は嬉しいよ」
「ガリオさん……」
レオンは少しポーッと呆けたような顔をして、隣で微笑むガリオを見上げていた。
だが、突然頭の脳天部分がズキンッと痛み、彼女は「イタッ!」と顔をしかめる。
「す、すまん。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。さっきから何故か頭が少し痛くて……」
レオンが自分の頭の痛みが走る部分を触って確かめると、大きなたんこぶが一つできているようだった。
その原因に心当たりがあったガリオは、冷や汗をかきながら、ティフォーネのほうを顔を向ける。
「ティフォーネ。レオンの傷を魔法で治してもらえるか?」
「いいえ。レオンさんはもう自分で傷を治せますよ」
「えッ。でもレオンは……」
意外なことに、ティフォーネはガリオからの依頼に首を小さく横に振った。
ガリオは戸惑って彼女のほうを見ている。
契約精霊がいないレオンは、回復ポーションが無ければ自分で傷を癒せない。しかし、当然今の彼女は丸裸同然で、そんな物は持っていない。
すると、ティフォーネはその端正な顔に微笑を浮かべたまま、無言でレオンの左胸の上に右手をそっと置いた。
本当に軽く触れているだけのティフォーネの右手。
「レオンさん、感じますか?」
「……感じる?」
ティフォーネは何も答えずに、笑みを浮かべたまま目を閉じた。
レオンは彼女が何を言いたいのか分からないものの、彼女の手の上に自分の右手を重ねる。
少しヒンヤリするティフォーネの右手に少しだけ驚きつつ、彼女も両目を閉じて自分の左胸の部分に意識を集中する。すると───
───トクンッ
レオンは、思わず「えッ」と小さな驚きの声を上げて目を開く。
彼女は、自分の心臓の鼓動ではない、別のドキドキを感じ取ったのだった。
しかし、ティフォーネはまたも何も言わずに「シーッ」と人差し指を口に当てて、再び目を閉じた。
慌ててレオンも彼女に倣って目を閉じる。
───トクン、トクン、トクン
新たに感じたその鼓動から、さざ波のようにゆっくりと魔力が全身に行き渡っているのが分かる。
それは、白魔法の稽古でガリオが強引に魔力を循環させた時と違い、違和感が無く、だが確かな感触をもって自分の魔力回路の中を流れていた。
「さあ、レオンさん。呼んでください」
ティフォーネの言葉に、レオンは「何を?」とは聞かなかった。
だが、一抹の不安がレオンの心の中によぎる。彼女は、何故か少し怯えたような表情をしていた。
「で、でも、私は一度も自分で呼んだことが……」
「大丈夫ですよ」
ティフォーネは自分の手に重ねられたレオンの手を、励ますようにギュッと握る。
今度は、ティフォーネのその手は、もう冷たいものではなかった。
「自分を、そして自分の精霊を信じてください。ほら」
レオンの中にある鼓動が、彼女を勇気づけるようにひと際大きく高鳴った。
その力強い鼓動に、レオンの不安は段々と消え去っていく。
「……おいで」
レオンの脳裏に、一つの精霊の名前が思い浮かんでいた。それは、彼女が知る伝説の───
「───精霊カラリスート」
※「面白かった」「続きが気になる」と思って頂けましたら、評価するボタン(☆☆☆☆☆)を押してもらえると嬉しいです。レビュー、感想もお待ちしております。
※作者の連載を書き続けるモチベーションが上がります!
※こまめに更新していますので、ブックマークをすると便利です!




