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第73話 呪いの精霊⑩「レオン救出作戦」

白魔法(しろまほう)───」


 すぐ目の前に(せま)る生命の危機(きき)に対して、ガリオは体内のすべての血液が沸騰(ふっとう)したような高熱に(おそ)われていた。

 彼の本能(ほんのう)が、そして、ヤギュウ師匠(ししょう)と白魔法のアヴァロン先生の教えが、魔力回路(まりょくかいろ)(ない)の魔力の循環(じゅんかん)を、極限(きょくげん)まで高めているのだった。


 ガリオは、白魔法における第2領域拡張(りょういきかくちょう)の扉を開く。


「───『加速(アクセル)』」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 呪文(じゅもん)を唱えた瞬間、ガリオはいきなり(みずうみ)奥底(おくそこ)まで放り込まれたような、または全身に(くさり)が巻き付いたような、そんな感覚に(おそ)われた。

 さっきまで普通に聞こえていた周囲の音も、ゴーッと耳鳴(みみな)りがしているようにハッキリ聞こえず、視界(しかい)も外側が薄暗(うすぐら)くなっていて中央部分だけしかよく見えていない。


 それは、彼の意識(いしき)だけが加速(かそく)し、自分の肉体も(ふく)めて、周りで動いている物のスピードが遅くなったように感じる世界───


 白魔法における第1領域(りょういき)とは、人間の感覚(かんかく)筋力(きんりょく)などの入力・出力機能(きのう)。そして、第2領域とは、人間が脳内(のうない)で情報を処理(しょり)する能力のことを()している。

 白魔法『加速(アクセル)』は、人間のその演算機能(えんざんきのう)を強化することで、物事(ものごと)を一瞬で考えることが可能になり、逆に世界の流れを遅く感じるのである。


 そんな加速したガリオの(せま)い視界の中で、黒い獣の鋭い爪がゆっくりゆっくりと彼の体に(せま)っていた。


(これが、『加速(アクセル)状態(じょうたい)ッ!)


 ガリオは、手に持っていた『虹切(にじきり)』をパッと手放した。

 彼は『加速(アクセル)状態下(じょうたいか)(かたな)を振ったことが無いうえに、刀を(にぎ)っている感覚もいつもと違っている。

 そんな状態で、万が一黒い獣を上手く()れなかった時に、自分の命と同じくらい大切な『虹切(にじきり)』が()れてしまう可能性を(おそ)れたのだった。


(うおおおおおおおおおッ!)


 (なまり)でも付いているかのように重い両手をゆっくり動かし、黒い獣の手首をしっかり(つか)むガリオ。

 そして、腰を低く落としながら体を左に180度回転し、獣の右腕の下に(もぐ)り込んだ。


 あとは楽な作業だった。

 両足を()ん張り、そのまま自分の背中に黒い獣が乗りかかって来るのを()つ。

 時間がゆっくりと流れる中、ガリオは背中の全体が後ろから押されるような感覚を合図(あいず)にして、踏ん張っていた両足を一気に()ばした。

 ガリオの背中で、黒い獣の体が勢いそのままにくるりと回転する。そして───


 ギャウッ! グエッ!


 脳天(のうてん)から地面に(たた)きつけられた黒い獣は、短い絶叫(ぜっきょう)を上げた。

 さらに、勢い(あま)ったガリオにも体の上に乗りかかられ、苦しそうな息を吐き出す。


 『加速(アクセル)』を解除(かいじょ)したガリオは、脳震盪(のうしんとう)を起こして倒れている黒い獣の両手を背後に回し、自分もそのまま獣に()()いた。

 全身が精霊に()れている彼の体に、精霊アレルギーの症状(しょうじょう)が出始める。


「て、ティフォーネッ! レオンを取り押さえたぞッ! 次はどうすればいいんだッ!」


 当初のティフォーネの提案(ていあん)では、ガリオが黒い獣の(すき)をついて直接(さわ)れば───もとい、全力で抱き着けば、彼の『精霊殺し(エレメンタルキラー)』の効果(こうか)で、獣が混乱して戦意(せんい)喪失(そうしつ)するのではないか、と予測(よそく)していた。

 そして、黒い獣が動けない間に、彼女の精霊魔法で気絶(きぜつ)させるという作戦だったのである。


「ガリオ様、ナイスですッ! そのままレオンさんを(おさ)えててくださいッ!」

「ですよねえええええええええッ!」


 ()け寄ってくるティフォーネの指示は、精霊アレルギーであるガリオにとって残酷(ざんこく)なものだった。

 遠くなりそうな意識を(つな)ぎ止めながら、いつ目覚めて(あば)れてもおかしくない黒い獣の体を、精一杯(せいいっぱい)抱きしめる。


 ガリオたちのそばに到着(とうちゃく)したティフォーネは、すぐに目を閉じて意識(いしき)を集中する。


風魔法(かぜまほう)風の支配域(ウィンドフィールド)』」


 彼女の周囲から(すず)やかな風が吹き付け、ダンジョン内の(よど)んだ空気を押し流した。

 ガリオは、まるで高原(こうげん)の少し冷たく()んだ空気の中にいるような、そんな唐突(とうとつ)な空間の変化に驚いた。

 そして、彼はティフォーネの使った『風の支配域(ウィンドフィールド)』という魔法を聞いたことがなく、どんな効果が出ているのかさっぱり見当(けんとう)が付かなかった。


「そ、その魔法は……」

「え? なんですか?」


 息も()えだえなガリオの声はあまりにも小さく、ティフォーネの耳には届かなかった。

 彼女はガリオたちの隣に(ひざ)をつくと、獣の顔を両手でそっと(はさ)んだ。


「レオンさん。ゆっくり眠っててください」


 彼女の両手が白く(かがや)くと、黒い獣の(あら)かった呼吸が、だんだん静かになっていく。

 獣の意識が深く(しず)んだことを確認したティフォーネは、ホッと安心したように微笑(ほほえ)んで肩を落とした。


「ガリオ様、もう離れて大丈夫ですよ。ガリオ様?」


 ティフォーネがガリオの顔を(のぞ)き込むと、ガリオは白目を()いて黒い獣の胸の上で気絶(きぜつ)していた。

 意識を失ってなお、彼はしっかりと獣の体に抱き着いて離れないようだ。


「あらら……、まあいっか。あとはレオンさんを助けるだけね」


 顔を上げたティフォーネは、何かを(さが)すようにキョロキョロと辺りを見回す。


「アルちゃん、来てぇー」


 彼女のよく(ひび)く高い声が、ダンジョンの奥まで届いた。

 しばらくすると、パタパタと尾羽(おばね)の長い白い小鳥が飛来(ひらい)する。


「アルちゃん。ちょっとの間、私たちのことをよろしくね」


 そう言い残したティフォーネは、黒い獣と自分の(ひたい)同士を合わせると、すぐにパタリと倒れて動かなくなった。

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