第70話 呪いの精霊⑦「ガリオの慢心」
ビュンビュンと凄まじい風切り音が響いた。
ガリオは、右手に持っている重量感のある『虹切』を、まるで細い小枝のように、軽々とグルグル振り回している。
そして、刀の先端をピタリと黒い獣に向けて動きを止める。
ガリオは───笑っていた。
「ひとつ、お相手願おう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
その言葉と同時に、ガリオの体から魔力が吹き出し、そのまま彼の体を覆い尽くした。
いつも使っている無詠唱の白魔法『身体強化』だったが、ガリオはまるで呪文を唱えた時と同じような効果が得られたことに、軽い驚きを覚える。
それほどまでに、彼は肩の力が抜けているにも関わらず、高い集中力を維持していた。
全身に張り巡らされた魔力回路の中を、熱い魔力の波が隅々まで行き渡るのを実感し、軽い全能感に包まれるガリオ。
(……今なら、アレが出来るかもしれない)
白魔法における『身体強化』や『暗視』などの出力・入力機能を強化する第1領域拡張。
そして、未だ成功したことのない、第2領域拡張───
ガリオは、この場に4人の犠牲者が出ていることを理解していながら、不謹慎にもワクワクしている自分に対して苦笑していた。
そして、黒い獣に負けないほど腰を低く落とすと、『虹切』の切っ先は左後方に向けて、威力よりもスピード重視の構えをとる。
「レオン。少し痛いかもしれないが、男なんだから我慢してくれよッ!」
そう言い残すと、ガリオは黒い獣の懐に突っ込んでいった。もの凄いスピードで迫ってくる獲物に、黒い獣は大きく目を見張る。
「カアアアアアアッ!」
地を這うような超低空から、黒い獣のすねを狙って刀を横に振るう。
獣の爪の間合いは『虹切』よりも短いため、足元への攻撃には弱い───はずだった。
ガウッ!
ガリオの刀が宙を切った。寸前のところで、黒い獣がガリオを飛び越えるように前方に飛んで、攻撃をヒラリと躱す。
「くうッ!」
次の瞬間、ガリオの背中からパッと血しぶきが舞った。黒い獣が空中からその爪でガリオを傷つけたのだった。
だが、その傷は浅い。ガリオは歯を食いしばり、背中に走る鋭い痛みに耐えた。
空中で一回転した黒い獣は、地面に音もなく着地する。そして、少し離れた所にいるティフォーネに狙いを定めた。
ガアアアッ!
「まずいッ! ティフォーネッ!」
黒い獣のターゲットが変わったことに、焦るガリオ。
彼はすぐに身を翻して獣を追おうとするが、ティフォーネに飛びかかろうとする黒い獣の背中を見て、全身の血の気が引くほど絶望した。
右腕を大きく振り上げて、その鋭い爪で目の前に立っている少女を引き裂かんとする獣。
しかし、当のティフォーネは、ニッコリと笑顔を浮かべて右手をスッと真っ直ぐ掲げた。
「あなたの相手は、私じゃありませんよ?」
パチンッ!
彼女が指を鳴らした瞬間、黒い獣の目の前が白い霧に包まれた。
だが黒い獣は、勢いそのままにティフォーネが立っていた場所をその爪で薙いだが、手ごたえは全く感じられない。
白い霧はすぐに晴れ、獣はグルッと周りを見回して獲物を探したが、近くにティフォーネの姿は見当たらなかった。
「すまない、ティフォーネ」
彼女は、ガリオのすぐ隣に立っていた。
黒い獣が白い霧に突っ込んだと同時に、入れ替わるようにティフォーネはその場を脱出したのだった。
ガリオの謝罪に、彼女はふるふると首を左右に振る。
「私のことは大丈夫です。ガリオ様は、レオンさんの動きを止めることに集中してください」
「分かった」
ガリオは慢心していた自分を戒める。
黒い獣の反射神経と俊敏性の前に、手加減した自分の『虹切』が届くはずもなかった。
(……ティフォーネには本当に感謝だな。俺のせいで、レオンだけじゃなく彼女まで失ってしまうところだった)
フーッと細く息を吐いたガリオは、心の中で覚悟を決めると、黒い獣に真っ直ぐ愛剣を向けた。
本気で───全力でやらなければ、助けられるものも助けられない。
グルルルッ!
ガリオの殺気を感じた黒い獣は、前傾姿勢になって警戒を強める。
しかし、ガリオはそれを好機と捉え、左足で思い切り地面を蹴った。黒い獣の注意を、すべて自分に引き付けるためだ。
「ぬんッ!」
天井にも届こうかという、遥か高みからの必殺の上段斬り。
ガリオは、レオンを本気で殺そうとしていた。
黒い獣の目には、その斬撃はスローモーションの如くゆっくりとしたものに見えた。
躱そうと思えば、いくらでも簡単に躱せそうな『虹切』。
だが黒い獣は、直感でこの斬撃を躱すことが出来ないと理解していた。
「……見事」
ガリオは刀を振り下ろそうとする瞬間、逃げようとしない黒い獣に称賛を送った。
獣の読みどおり、この斬撃は躱そうとした敵を追尾して、斬るのだ。
ギャキンッ!
そして、黒い獣の爪と『虹切』が激しくぶつかる。だが、先ほどよりも身体の力が高まっているガリオの刀は、獣の爪に押し負けることはなかった。
すかさず、獣は空いた右手の爪で、ガリオを引き裂こうとする。
だが、ガリオもぶつかった勢いを利用して刀を一瞬引くと、左からの攻撃を防いだ。
キンッキンッキンッキンッ───
ガリオの攻撃は最初の1撃のみで、そこからは黒い獣から嵐のような反撃が始まった。
黒い獣の上下左右から繰り出される爪の攻撃を、ガリオは『虹切』1本で捌いている。
(やっぱりレオンだな……)
獣の爪による連続攻撃を防ぎながら、ガリオは内心苦笑していた。
確かに、黒い獣の攻撃は重く、そしてもの凄いスピードで繰り出されるが、あまりに単調すぎるのだ。
フェイントなどの駆け引きは使わず、単純に力だけで押し切ろうとしている。
数合切り結んだのち、ガリオは黒い獣の左手の攻撃を受け流すことに成功する。
グラッと体勢を崩す黒い獣。
ガリオは左に寝かした『虹切』で、獣の胴体を下から斬り上げようとした。
ガアアアッ!
絶叫した黒い獣は、驚異的な下半身の力で、真横に飛び去る。ガリオの刀は、惜しくも獣の体に届かなかった。
ガリオの攻撃を回避した黒い獣は、地面、壁、天井と飛び跳ね、今度は彼の頭上から襲いかかる。
ガアアアアアアアアアッ!
今度こそ、獲物を捉えたことを確信する黒い獣。獣の目に、別の方向を向いているガリオの姿が映ったからだ。
全身のバネ、天井からの高さ、人間の体を紙のように引き裂く腕力。すべてが合わさったこの攻撃を、目の前の獲物は、あの細い武器だけで受け止められるはずがない。
そう獣は思っていた。だが───
ザクッ!
次の瞬間、黒い獣の右腕の手首から肩にかけて、長い裂傷が走った。
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