第69話 呪いの精霊⑥「同じ境遇の先達者」
「ぐあああああああああッ!」
「ガリオ様ッ!」
黒い獣の強烈な前蹴りが、ガリオに決まる。そのまま彼は、ティフォーネの足下にまで吹っ飛ばされてしまった。
「大丈夫ですかッ!」
青ざめるティフォーネの前で、ガリオは何とか立ち上がったものの、彼の左腕は、だらんと力なく垂れ下がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
黒い獣の攻撃を両腕を重ねて、何とか防御したガリオだったが、まったくの無傷という訳にはいかなかった。
左腕から伝わってくる激痛に耐えているガリオは、『虹切』を口にくわえて腰のポーチから回復ポーションを取り出そうとする。
その右腕にも、先ほど受けた衝撃が残っており、まだブルブルと震えていた。
「ちょっと待ってくださいッ!」
隣にいたティフォーネが、彼の左腕に両手を向けると、嘘みたいに痛みがスーッと引いていった。
恐らくは骨折をしていたであろう左腕の余りの回復ぶりに、ガリオは両目を大きく見開いて驚いている。
これほど高度な回復魔法が使える人間は、西の王国の中に、両手の指で数えるほどにいるかどうか。
そう彼が思ってしまうレベルの、驚異的な治癒効果の高さだった。
「どうですか?」
「あ、ああ。もう大丈夫だ」
ガリオは左手で拳を作ったり開いたりするが、全く痛みは無かった。
ティフォーネが一緒に来てくれたことに心から感謝しつつ、ガリオは悔しそうに顔を歪める。その目は、威嚇の声を上げる黒い獣のほうに向いていた。
一方の黒い獣は、深手を負わせたはずのガリオがすぐ立ち上がって、再び刀を構えているのを見て、警戒の色を深めていた。
(どうしてレオンが獣のような姿になってしまったのか分からないが、あんな凶暴な状態だったら、可哀想だがここで倒すしかない……)
地面に放置されている無残な4つの死体。そして、人を見境なく襲ってくる凶暴性。
いくら元はレオンだったとしても、今の状態では冒険者協会から討伐対象の害獣として、クエストに上がってもおかしくない。
そしてこのダンジョンには、最強の剣士が存在していた───ルシア隊長である。
彼と散々手合わせをしたガリオには、ルシア隊長が目の前の黒い獣に負けるイメージが全然沸かなかった。
「ティフォーネ、一旦ここは引こう。ルシア隊長がこのダンジョンのどこかにいるはずだ」
「えッ! でもレオンさんは───」
「……残念だが、このままレオンを野放しにしたら、どれだけ犠牲者が出るか分からない。すぐ上には、新人たちが一杯いるんだ。これ以上犠牲者が出る前に、ルシア隊長と合流して討伐するしかない」
グッと唇を噛みしめるガリオ。
救えるものならどうにかしてレオンを救いたいガリオだったが、黒い獣となってしまった彼を元に戻す方法など、そうそうあるとは思えなかった。しかし───
ティフォーネという少女は、ガリオの想像を遥かに超えていた。
「私なら、レオンさんを元に戻せるかもしれません」
「はあああッ?」
黒い獣が自分たちのことを睨んでいるにも関わらず、思わずガリオはティフォーネのほうを見てしまった。
そして、慌てて視線を前に戻す。
「ほ、本当なのか?」
「はい。絶対とは言えませんが、レオンさんが精霊と化して間もない今だったら、まだ可能性はあります。ただ、時間が経てばたつほど、その可能性はどんどん低くなりますけど」
ガリオは、目の前の黒い獣をもう一度よく観察した。
あの金髪のイケメンだった青年の面影は、その獣からは全く無くなっている。
だが、ガリオはレオンにもう一度会いたいと思った。
「レオンさんを動けないようにしてください。出来ますか?」
「……ここには俺たちしかいないからな。だったら、俺がやるしかないじゃないか」
レオンには、自分と同じで、契約精霊がいない。
その事実に、ガリオはどうしても彼に共感を覚えてしまうのだった。
ガリオ自身、体が精霊アレルギーになるほどの過酷な人生を送ってきた。
そして、レオンもそれに匹敵するほど、苦しい人生を送っていることは、想像に難くない。
それなら───
契約精霊がいないというだけで───
何故自分だけこんな酷い目に遭うのか、と───
生まれてきたことを後悔するほどの絶望を知っている自分ならば───
彼がこれから歩む道を、少しでも明るくしてやれるかもしれない。
『おい、ガリオ』
『ガリオ君』
『ガリオちゃんッ!』
『ガリオ』
ふと、ヤギュウ師匠たちの懐かしい声が聞こえてくる。
ガリオは、心の奥から燃え盛る炎の如く闘志が湧き上がってくるのを感じていた。
自分でも不思議なほどに、肉体的にも精神的にも、軽くなっている。
ビュンビュンと凄まじい風切り音が、ダンジョンの中に響き渡る。
ガリオは、右手に持っている重量感のある『虹切』を、まるで細い小枝のように、軽々とグルグル振り回していた。
そして、刀の先端をピタリと黒い獣に向けて動きを止める。
ガリオは───笑っていた。
「ひとつ、お相手願おう」
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