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第68話 呪いの精霊⑤「初めての連携プレー」

 目の前に広がる凄惨(せいさん)な光景に、ガリオの足が止まった。

 壁や地面に飛び散った大量の血液(けつえき)。そんな中に、見覚えのある4人が倒れている。

 しかし、一見(いっけん)しただけで全員が生存(せいぞん)していないことが分かった。そして───


 グルルルルルル


 真っ赤に染まった地面の真ん中で、直立(ちょくりつ)する真っ黒な(けもの)がガリオたちを(にら)んでいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 その黒い(けもの)を見た瞬間、ガリオの全身にゾゾゾッと寒気(さむけ)が走った。彼は反射的(はんしゃてき)に『虹切(にじきり)』をスラリと抜き放つ。

 キラリと鋭い光を放つその(かたな)を見て、獣は警戒(けいかい)するように身をかがめ、すぐにでも飛びかかれるような姿勢(しせい)をとった。


(こいつ、精霊(せいれい)かッ! 一体(いったい)誰のッ!) 


 ガリオは油断(ゆだん)なく『虹切(にじきり)』を構えたまま、周囲をサッと確認したが、契約主(けいやくぬし)である人間の姿は見当(みあた)たらない。

 そのため、彼はティフォーネの精霊魔法で(さぐ)ってもらおうと考えた。


「ティフォーネッ! この獣は精霊だッ! 近くに契約主の人間がいないか、調べてくれッ!」

「……ガリオ様。その黒い獣は、レオンさんです」

「はあああッ?」


 ティフォーネの予想外(よそうがい)の返答に、絶句(ぜっく)するガリオ。そして、(あらた)めて目の前の黒い獣を観察(かんさつ)する。

 確かに彼女の言うとおり、その獣はレオンが着ていたものと似たような衣装(いしょう)を身に(まと)っていた。

 ただ、その衣装のサイズは獣の体格(たいかく)と合っておらず、また、4人と(あらそ)っていたのか、かなりボロボロに破れている。


 黒い獣の正体がレオンだと分かったことで、その獣に向けられていたガリオの殺気(さっき)が、急激(きゅうげき)(おとろ)えていった。

 そして───彼の心境(しんきょう)の変化を見逃(みのが)す獣ではなかった。


 ガアアアアアアアアア!


「───ッ!」


 黒い獣は一瞬でガリオとの間合いを()めると、右腕を振り下ろした。その腕の先には、5本の太くて鋭い爪がむき出しになっている。


 ギャキンッ!


 金属がこすれるような(いや)な音がして、黒い獣の鋭い爪をガリオの(かたな)が防いだ。

 だが、刀を持つ彼の両手に、とんでもない衝撃(しょうげき)(おそ)いかかる。

 歯を食いしばり、全力で(あらが)うガリオ。『虹切(にじきり)』は小刻(こきざ)みに(ふる)えつつも、なんとか爪の侵攻(しんこう)を押し(とど)めている。


「ぬおおおおおおッ!」


 その長い爪は鉄のように(かた)く、毎日手入れをかかさないガリオの刀で受け止めても、少しも()けるようなことはなかった。

 そして黒い獣は、そのまま爪を前に前にグイグイと押し込もうとする。


「レオンッ! レオンなのかッ! しっかりしろッ!」


 少しでも気を抜いたら押し負けてしまいそうになる爪を前にして、ガリオは黒い獣に向かって、必死にレオンの名前を呼び続けた。

 だが、爪の圧力(あつりょく)は全く弱まる気配が無く、それどころか、獣は()いている左腕を振り上げて、無防備(むぼうび)なガリオの半身(はんしん)を切り()こうとしている。

 ガリオはその動きを察知(さっち)するのが遅れてしまい、ハッと気づいたときには、鋭い爪が彼のわき腹に(せま)っていた。


「しま───ッ!」


 ガリオが咄嗟(とっさ)に体を左側に(ねじ)じろうとした瞬間───


 ドンッ!


 黒い獣の顔が見えない(こぶし)(なぐ)られたように、突然(とつぜん)横に吹き飛んだ。

 たたらを()む黒い獣。

 その(すき)に、ガリオはぐるりと体を左側に一回転させた。そして、回転の(いきお)いを利用して、獣の太ももを(ねら)って『虹切(にじきり)』を横に()ぐ。


 チッ───


 数本の黒い毛が(ちゅう)に舞った。

 しかし、黒い獣はガリオの剣が太ももの筋肉に届く寸前に、後方に軽やかに()んで(かわ)す。


「ティフォーネ、助かった……」

「私が精霊魔法で援護(えんご)しますッ! ガリオ様!」


 ガリオの後方で、ティフォーネが右手を前に(かか)げたまま、明るく返事をする。

 先ほど黒い獣の顔を吹き飛ばしたのは、彼女の風魔法『風撃(ウィンドショック)』だった。


 (ひたい)に流れる冷や汗を、左腕の(そで)()くガリオ。

 もしも、ティフォーネの援護が無ければ、完全に胴体(どうたい)(えぐ)り取られていたところである。


(それにしても……)


 ティフォーネの風の精霊魔法を初めて見たガリオは、内心(ないしん)舌を()いていた。

 彼女の風魔法『風撃(ウィンドショック)』の威力(いりょく)といい、精度(せいど)といい、とても冒険者登録に来た15歳の新人とは思えなかったからだ。


 ティフォーネは、精霊魔法を無詠唱(むえいしょう)で使っていた。彼女のような魔法使いは、接近戦(せっきんせん)を得意とするガリオのような剣士にとって、これ以上ない味方である。

 普通の魔法使いであれば、呪文(じゅもん)(とな)えるという工程(こうてい)が必要になるため、臨機応変(りんきおうへん)前衛(ぜんえい)を援護することは難しいことが多い。

 それが組んで間もないパーティであれば、尚更(なおさら)である。


(頼もしい仲間はできた。あとは……)


 最大の問題は、レオンを元の姿に戻せるかどうかである。

 しかし、黒い獣はガリオに考えさせる余裕(よゆう)を与えてくれそうになかった。


 ガアアアアアアアアアッ!


 再び黒い獣の姿が見えなくなると、壁、天井、地面の(いた)る所から獣の(うな)り声が聞こえてきた。


「何ッ!」


 ガリオの視線が上下左右に彷徨(さまよ)う。彼の後ろにいるティフォーネも、魔法の(ねら)いをつけられずにいるようだった。

 黒い獣は、その強靭(きょうじん)脚力(きゃくりょく)()かして、(せま)い通路を縦横無尽(じゅうおうむじん)に飛び()ねている。


 ガアアアッ!


 ガリオはすぐ間近(まぢか)で聞こえた声に反応し、咄嗟(とっさ)に右側に『虹切(にじきり)』に向ける。しかし───


 ギンッ!


 あまりの衝撃(しょうげき)に、一瞬でガリオの両腕が(かたな)ごと左側に(はじ)かれてしまった。


「ぐッ!」


 横に倒れないように、左足に力を入れて()み止まるガリオだったが、その瞬間はどうしても無防備(むぼうび)になってしまう。

 ティフォーネが『風撃(ウィンドショック)』で援護射撃(えんごしゃげき)するものの、それだけでは黒い獣の勢いは止まらなかった。そして───


 ドンッ!


「ぐあああああああああッ!」

「ガリオ様ッ!」


 黒い獣の強烈な前蹴(まえげ)りが、ガリオに決まる。そのまま彼は、ティフォーネの足下にまで吹っ飛ばされてしまった。


「大丈夫ですかッ!」


 青ざめるティフォーネの前で、ガリオは(なん)とか立ち上がったものの、彼の左腕は、だらんと力なく()れ下がっていた。

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