第67話 呪いの精霊④「黒い獣」
でも、君ってなんか……とっても温かいね。
レオンは最後の瞬間、全身が暖かい何かに包まれたのを感じ、そして───目の前が真っ暗になった。
───ォォォォォォォォォ
ダンジョン内の巡回任務に当たっていたガリオは、通路の奥からあまり聞き慣れない、獣の鳴き声のような音を聞いて、ふと足を止めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
彼は実技訓練の初日から、この巡回任務のために朝から夕方までダンジョンの中にいるのだが、あんな音は聞いたことが無かったのだ。
ダンジョンの奥のほうにジッと耳をそばだてるガリオだったが、先ほどの音はもう聞こえてこない。
「なんだったんだ……」
ガリオは少し嫌な予感がした。その原因の一つが、レオンのことである。
彼とは、訓練終了後に剣術と白魔法の稽古をする約束をしていたのだが、実技訓練が始まってから1度も顔を合わせていなかった。
噂では、レオンのパーティは魔石集めに苦労していると聞いている。
ガリオの中では、彼のパーティメンバーであるランドルとエドワードの印象があまり良くなかったので、レオンのことが少し心配だった。
しかし、今は冒険者になるための最後の試験ともいえる、実技訓練中なのだ。
自分たちの力で魔石を集めなくては、冒険者としての資質に問題あり、ということになる。
ガリオは正直なところ、レオンのパーティに異変がないかどうか探しに行きたいところだったが、心を鬼にして巡回任務に戻ることにする。
すると、ダンジョンの中では珍しく、涼しい風がサッと吹き抜けていった。
どこか懐かしい感じがするその風の香りに、思わずガリオはスーッと息を吸い込んだ。
そして、その風がどこから吹いてきたのか、キョロキョロと周りを見回す。
「───ガリオ様ッ!」
暗闇の奥から自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、ガリオは声が聞こえたほうにランタンを向ける。
しばらくして、精霊魔法で作りだした明るい光球とともに現れたのは、少し慌てた様子のティフォーネだった。
いつもは早朝でもニコニコ元気に笑っているティフォーネだったが、今朝は珍しく彼女に笑顔が見られない。
ガリオの心の中に、先ほど感じた嫌な予感が、再び影を落とした。
眉を顰めているガリオの前でティフォーネは足を止めると、ペコリと頭を下げる。
「おはようございます、ガリオ様」
「ああ、おはよう。ティフォーネ、そんなに急いで何があった?」
「はい。レオンさんのことです」
ドキッとガリオの心臓が一瞬高鳴る。ティフォーネの口からレオンの名前が飛び出すと、彼の中の不安は、増々高まるばかりだった。
「れ、レオンが、どうかしたのか?」
「レオンさんの姿が見当たらないんです」
「……本当は話しちゃいけないんだが、彼のパーティなら、早朝はもうこのダンジョンに潜ってるらしいぞ。まだ魔石が十分に集まってないらしいからな」
ティフォーネの発言に、ガリオは少し安堵を覚えた。
実技訓練では、ダンジョンの各所に講師や協会に雇われた冒険者が配置されている。当然、ダンジョンの入口にもいて、全てのパーティの出入りをチェックしていた。
そして、どのパーティがダンジョンに潜っているかの情報は、他のパーティに口外してはならないと、協会から指示されているのである。
しかし、ティフォーネが伝えたかった情報は、ガリオの知らないものだった。
「実は、さっき変な音が聞こえたので、気になって地下1階を精霊魔法で探ってみたんです。そうしたら、この地下1階にレオンさんのパーティの姿がありませんでした」
「なにッ! それは本当なのかッ!」
真剣な顔でコクリと頷くティフォーネ。
ガリオの顔が、ぐにゃりと歪む。魔石の数が足りない若者たちの向かう先は、たった一つしかなかった。
「レオンたちは今、地下2階に潜っているということか」
「私もそう思います」
ガリオの中で、緊急度が一気に跳ね上がった。先ほど聞こえた謎の音が、レオンたちが地下2階にいることと何か関係があるのではないかと、彼は考えたのである。
謎の音が聞こえなくなってから久しい。
ガリオは一旦気持ちを落ち着かせるために、腰に下げた名刀『虹切』の柄を左手で触れた。
「よしッ! 俺は地下2階の様子を見てくる。ティフォーネは、入口前の広場に戻って、協会スタッフにこのことを伝えて来てくれ」
「嫌ですッ!」
「───えッ?」
ティフォーネにきっぱりと反対され、ガリオの思考が一瞬停止した。
彼は、自分の提案は至極まっとうなものであると思っていたため、想定外の事態にあたふたと戸惑っている。
「あ、いや、でも───」
「ガリオ様。先日のウート村のダンジョンでの出来事、覚えてますよね?」
「あ、ああ。だけど、ダンジョンの中で何が起こったのかまでは覚えてないけど……」
ガリオとティフォーネの視線が、揃って彼の左手に向いた。彼らの視線の先には、漆黒の魔石が乗った指輪が、いつもと変わらない艶やかな美しい輝きを放っている。
その指輪は、ウート村のダンジョンで、ガリオの知らない間に小指にはめられていたものだ。
ティフォーネは冷ややかな目で、その漆黒の魔石をジッと見ている。
「ガリオ様が、なぜその魔石を持っているのか分かりません。あの時、私はガリオ様に付いていかなかったことを後悔したんです。だから、今度は私も連れていってください」
顔を上げたティフォーネの紅い瞳は、漆黒の魔石に負けないほど力強く輝いていた。
そんな彼女にまっすぐ見つめられ、ガリオは愛剣の柄をギュッと握り締める。
「……分かった。時間が惜しいから、一緒に行ってもいいだろう。でも、これだけは約束してくれ。俺の指示には、絶対に従うんだぞ」
「はいッ!」
パッと嬉しそうな笑顔を見せるティフォーネに、ガリオは大きく頷いてみせる。
そして、「行こう」と地下2階に下りる階段のある場所に向かって、全力で駆け出した。
ティフォーネに遠慮なく走っているガリオだったが、彼女がちゃんと付いてきていることに軽い驚きを覚える。
「ティフォーネ」
「はい」
「もう一人の子はどうしたんだ?」
「さっきまで一緒に魔石を集めてたんですけど、ちょっと無理言って外に避難してもらいました。魔石のほうは、あと2個集めるだけなので」
「そうか」
このダンジョンの構造を完璧に暗記しているガリオは、入り組んだ通路を迷いなく駆けていった。
途中でゴブリンと接敵するものの、すれ違いざまに『虹切』の一刀のもとに切り捨てる。
しばらくして、ガリオの足が止まった。
そこは、地下2階に下りる階段に続く通路との分岐になっている場所だ。
本来は、ここは監視のために誰かが立っているはずである。しかし───
「どうなってるんだ……」
誰もいない空間を見て、ガリオは顔をしかめる。一体このダンジョンで、何が起こっているというのか。
「……行くぞ」
「はい」
だがガリオは、あまり長居せずにすぐに出発した。ティフォーネもまた、何も言わずに彼に追随する。
二人が階段の前に到着した時、今度は奥のほうから男の悲鳴が響いてきた。
───ァァァァァァァァァ!
二人の顔に緊張が走る。しかし、ガリオは足を止めずに、そのまま階段の下のほうへ身を躍らせた。
ティフォーネが光球を先行させており、足元は十分に明るくなっている。
地下2階に着地したガリオは、周囲に血の匂いが漂っていることにすぐに気づいた。
「ティフォーネ、近いぞッ! 油断するなよッ!」
「はいッ!」
ガリオは後ろを見ずにティフォーネに注意を促すと、無詠唱の白魔法『身体強化』を自分にかけた。
一層スピードを上げて、ガリオたちは通路の奥へ奥へと進んでいく。
「うッ!」
目の前に広がる凄惨な光景に、ガリオの足が止まった。
壁や地面に飛び散った大量の血液。そんな中に、見覚えのある4人が倒れている。
しかし、一見しただけで全員が生存していないことが分かった。そして───
グルルルルルル
真っ赤に染まった地面の真ん中で、直立する真っ黒な獣がガリオたちを睨んでいた。
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