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第65話 呪いの精霊②「裏切者たち」

 ───ゴスッ!


「あっ!」


 レオンは頭の上に強い衝撃(しょうげき)を受けて、その場に倒れ込んだ。

 ズキズキと(はげ)しく(いた)む頭を、右手で押さえるレオン。

 彼は咄嗟(とっさ)にゴブリンに(おそ)われたのかと思ったが、頭上(ずじょう)からはランドルの笑い声が聞こえてきた。


「おいおい。油断するなって言ったろ? お姫様(ひめさま)


◇◆◇◆◇◆◇◆


「な、何を言って───がッ!」

「おっと」


 レオンは急いで立ち上がろうとするが、何者かによって自分の両手を背中に回され、強い力で地面に押し付けられてしまう。

 (あご)をしたたか地面にぶつけるレオン。口の中に(するど)い痛みが走ると、次第(しだい)にかすかな鉄の(にお)いと血の味が広がっていった。


「おいおい、気絶(きぜつ)してないじゃないか。エドワード、手加減(てかげん)しすぎだろ」


 すぐ真上(まうえ)から聞こえてきたのは、ランドルの声だった。

 両腕を拘束(こうそく)され、しかも背中にはランドルがドッカリと居座(いすわ)っているので、レオンは起き上がることも出来ず、首を左右に振ることくらいしか出来ない。

 自分が置かれている状況を理解(りかい)できず、混乱(こんらん)するレオン。彼の顔は(いか)りで赤く染まっていた。


「な、何やってるんだ、ランドルッ! どけよッ! エドワードも見てないで、ランドルをどかしてくれッ!」

「まあまあ」


 地面に()いつくばるレオンの顔の前に、ニヤニヤ笑っているエドワードがしゃがみこむ。

 そして、レオンの前髪(まえがみ)乱暴(らんぼう)(つか)むと、強引(ごういん)に上を向かせた。


「あうッ!」

(おこ)るな怒るな」

「そうだぞ、レオンちゃん。可愛い顔が台無(だいな)しだ」


 「俺からは見えないけどな」と背中の上にいるランドルが、ギャハハと下品(げひん)に笑っている。

 仲間だと思っていた二人から突然の裏切(うらぎ)りに()ったレオンは、段々(だんだん)と心の中に危機感(ききかん)(つの)ってきた。


「ら、ランドル、エドワード。いい加減(かげん)、悪ふざけは()めてよ。は、早く僕の体から離れてくれ」

「ギャハハ。お(ことわ)りだ」


 ランドルはひとしきり笑った後、ブツブツと呪文(じゅもん)らしきものを(とな)え始めた。そして───


火魔法(ひまほう)照明(ライト)』」


 彼の頭上に(まぶ)しいほど明るい光球(こうきゅう)出現(しゅつげん)すると、周囲は先ほどまでと比べものにならないくらいの明るさに(つつ)まれた。

 そんな中、レオンが口をパクパクさせて両目を大きく見開いている。


「はぁー、辛気臭(しんきくさ)かったぜ。やっぱこのくらい明るくないとな」

「そうそう」

「……どうして」

「ん?」

「どうして魔法が使えるんだ……」


 レオンの問いかけに、再び周囲に笑い声が(ひび)き渡る。すると、エドワードが数歩後ろに下がると、横を向いて一言(つぶや)いた。


権土精(アルケー)ソルジャー・エイプ」


 エドワードの視線(しせん)の先に緑色の魔法陣(まほうじん)が出現すると、その中からゆっくりと大きな(さる)が出てきた。

 精霊界(せいれいかい)で第7位の位階(いかい)(ぞく)するその猿の精霊は、全身が茶色の剛毛(ごうもう)(おお)われており、レオンを鋭い眼つきで(にら)んでいる。

 両手を地面につけて()つん()いになっているが、立てばエドワードと同じくらいの身長はありそうだった。

 召喚(しょうかん)した自分の精霊の肩に手を置いて、エドワードは面白そうにレオンを見ている。


 悪夢(あくむ)のような光景を見て絶句(ぜっく)していたレオンの表情が、徐々(じょじょ)に険しくなっていった。


「ふ、二人とも契約精霊がいるんだな。冒険者協会に(うそ)をついていたのかッ!」

「普通、契約精霊がいないほうがおかしいだろ。なあ?」

「そうそう」


 ランドルはエドワードからロープを受け取り、レオンの手首と足首をスルスルと(しば)っていった。

 作業が()んだランドルはゆっくりと立ち上がったが、倒れたままのレオンは体を横にして、ランドルたちを(にら)みつける。


「俺たちは最初からレオンちゃんに近づくために、冒険者登録に参加したんだよ。契約精霊がいないと嘘をついてな。まさか、レオンちゃんが男の格好(かっこう)をしてくるとは予想外(よそうがい)だったぜ」

「ホントホント」


 レオンは、ランドルたちが精霊と契約していると知ったときよりも、驚いていた。

 彼らのこの犯行(はんこう)が、少なくともレオンがオルソの街に来るよりも前に、すでに計画されていたことが分かったからだ。

 それと同時に、ある疑問(ぎもん)がレオンの中に浮かんでくる。


「お前たちは、一体誰の指図(さしず)でこんなことをしているんだ」


 レオンは冒険者になる夢を、自分の母親の他には、村のごく少数の人にしか話していない。そのすべてが、彼が(した)しくしている人たちである。

 その内の誰かが、このランドルたちの背後(はいご)にいるとは、とても信じられなかった。


「レオンちゃんも見たろ? 俺たちはさっきの冒険者に(やと)われているだけなのさ。そもそも俺は、あいつの名前すら知らねえし」

「おいおい」


 ペラペラと饒舌(じょうぜつ)になっているランドルの肩を、突然(とつぜん)エドワードが横から(つか)んだ。彼は(まゆ)(ひそ)めて、不快(ふかい)そうな表情をしている。

 だがランドルは、ヘラヘラと笑っていた。


「いいじゃないか。ここには俺たちしかいないんだし。それに───」


 レオンはランドルの顔を見て、ゾッと血の気が引いた。彼の視線が下劣(げれつ)なものに変わり、自分の全身を()めるように見回しているからだ。

 (いや)らしい()みを浮かべたランドルは、ナイフを片手にゆっくりとレオンに近寄っていく。


「あいつは、レオンを殺すって言ってたろ? だったら、その前にちょっとくらい楽しませてもらってもいいじゃないか」

「なッ!」


 レオンは(あわ)てて逃げ出そうとするが、両手両足をロープで(しば)られているため、ゴロゴロと転がることしかできない。

 彼はすぐにランドルに追いつかれ、仰向(あおむ)けにされる。そして、喉元(のどもと)にナイフを突きつけられた。

 (のど)に当たっている冷たい金属の感触(かんしょく)に、動きを止めるレオン。


「ティフォーネとかいう女も相当(そうとう)美人だったが、レオンも近くでよく見ると、負けず(おと)らず綺麗(きれい)な顔をしてるじゃないか」


 ランドルはレオンの(たば)ねた金髪(きんぱつ)を持ち上げ、自分の鼻に当ててスーッとその匂いを堪能(たんのう)すると、その髪を束ねているゴム(ひも)を取り去った。

 するとすぐに、サラサラとした金髪がレオンの顔や肩に流れ落ちる。


 そんなレオンの顔を(のぞ)き込むランドルが、ピューッと口笛(くちぶえ)を鳴らした。


「こんな美人なレオンちゃんを殺すなんて、もったいねえなあ。このまま(さら)っていっちまおうか」

「よせよせ」


 後ろで肩をすくめるエドワードに、「冗談(じょうだん)だよ」とランドルは笑って見せた。

 そして、だらしなく鼻の下を()ばす彼の目線は、ゆっくりとレオンの胸元(むなもと)に下がっていく。


「さあて、お次は……」


 ランドルはナイフを左手に持ち替え、右手でレオンの襟首(えりくび)を掴んだ。そして───


「やめろおおおおおおおおお!」


 ダンジョンの中にレオンの絶叫(ぜっきょう)(ひび)き渡った。

 絶望感(ぜつぼうかん)で頭が一杯(いっぱい)になっていたレオンだったが、しばらくして、ランドルの腕が全く動いていないことに気付く。


「───ゴフッ」

「え?」


 (おそ)る恐る目を開けたレオンの目に、真っ赤な血を()きだすランドルの顔が(うつ)った。

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