第64話 呪いの精霊①「幸先のいいスタート」
「やるよな」
ランドルが短く問いかける。
その言葉を聞いて、レオンは顔を上げるとコクンと大きく頷いた。
レオンに無言で頷き返したランドルは、自分の後ろ立つエドワードと顔を見合わせる。
レオンから、仲間の二人の表情が一瞬見えなくなった。
ランドルたちは口を大きく歪めて、ニヤリと笑っていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜、レオンは夕飯も食べずに宿のベッドの中にもぐりこんでいた。
宿に帰ってお風呂に入ってもザワザワする気持ちは落ち着かず、食欲も無くなっている。
「くそッ! くそッ! くそッ!」
レオンは枕に顔をうずめ、右手で力なくベッドを何度も叩いた。2日間の実技訓練で予定どおりに魔石が集まらず、彼の心の中は悔しい気持ちで一杯になっている。
こんな余裕のない状態では、ガリオに合わせる顔がなかった。
「明日、地下2階に……」
地下2階で魔石を集めることは、冒険者協会のルールに反しているし、契約精霊がいない3人だけでは危険なことも分かっている。
それでもレオンは、目の前の暗闇に飛び込まなければならなかった。
彼は冒険者になると決めてから、今回の冒険者登録に参加するまで、2年以上を要している。それだけレオンにとって、金貨1枚を貯めるのは大変なことだった。
「強く、強くなりたい……強く……強く……」
ベッドの中で「強くなりたい」とブツブツつぶやくレオンの上に、ぼんやりと光を放つ緑色の魔法陣が浮かんでいた。
だが、頭から布団を被っている彼は、そのことに気づいていない。
夜が更けていっても、レオンの部屋の中には、彼の独り言がずっとこだましていた。
───実技訓練最終日の早朝、レオンたち3人はダンジョンの中にいた。
彼らは、黙々と地下2階に下りる階段のある場所に向かっている。その表情は険しく、また、レオンの目元にはうっすらとクマができていた。
しばらく進むと、通路の角の所に冒険者らしき男が立っているのが見えてくる。
彼の頭上には、精霊魔法で作った光球がフワフワと浮いており、周囲を明るく照らしていた。
「じゃあ、後は頼みます」
「……」
ランドルがひと声かけると、その冒険者は無言で頷いた。
その光景を見て、レオンがホッと胸をなで下ろす。しかし、すぐに気を引き締めてると、頬を軽く両手で叩いた。
ここからは、死と隣り合わせの世界に足を踏み入れることになるからだ。
「ランドル、エドワード。僕はどうしても冒険者になりたいんだ。二人の力を貸してくれ」
レオンの真剣な表情を見て、二人は顔を見合わせた。そして、ランドルがニヤリと笑ってレオンに頷いてみせる。
「ああ、任せておけ。俺たちも金持ちになるっていう夢があるからな。ちゃんとやるさ」
「そうそう」
エドワードが右の拳を前に突き出す。それを見たランドルが、プッと軽く吹き出したが、何も言わずに同じく拳を合わせる。
目の前に並ぶ2つの拳と二人の仲間の顔を見比べて、レオンは少し感動していた。このパーティが初めてまとまった気がしたからだ。
張り詰めていた気持ちが軽くなるのを感じたレオンは、二つの拳にコツンと自分の拳を当てた。
「よろしく頼む」
「そう堅苦しくするなよ、レオン。俺たち仲間だろ?」
「そうそう」
「……分かった。行こう」
レオンは彼らとパーティを組んで、初めて二人に笑顔を向けた。そして、すぐに前を向いて歩き出す。
彼の表情を見て少し驚いたランドルたちは、すぐにニヤニヤとした笑みを浮かべて、レオンの後に続いた。
地下2階に下りると、そこには地下1階とさほど変わらない光景が広がっていた。通路の先には、ランタンの明かりが届かない暗闇が、ぽっかりと口を開けて3人を待っている。
しかしレオンは、これまで見たことが無いような魔物がウロウロ徘徊している姿を想像し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「この先、スライムに遭遇できれば楽なんだがな。ゴブリンが3匹以上固まってたら、俺たちじゃどうしようもない」
後ろからランドルの声が聞こえてくる。その声を聞いてレオンは、今ここで自分一人じゃないことに安心感を覚えていた。
「……ゴブリンの音に注意しながら、静かに行こう」
「そうだな」
3人はなるべく音を立てないように、慎重に歩みを進める。
しばらく通路を進んでいくと、天井や壁を注意深く見ていたレオンが、異変を察知した。
彼は左腕を横に突き出し二人を制止すると、右手で前方の天井を指差す。
「……シッ。スライムがいるみたいだ」
レオンの目に、天井の一部がうねうねと動いているように映った。しかもそれは、1カ所ではなく数カ所あるように見える。
レオンはバッグからナイフを取り出すと、荷物を通路の隅に置いた。ランドルとエドワードも、何も言わずにレオンの行動に倣う。
「上をよく見て、しっかり後ろに避けるんだぞ。いいな」
「分かった」
エドワードがランタンを壁に掛けるように細工したのを確認して、ランドルが二人に声をかけた。頷き返すレオンとエドワード。
彼らは横一列に並ぶと、じりじりとそのまま前に進んだ。そして、3人がスライムの真下を通りかかった瞬間───
「───今だッ!」
ランドルの声に全員が一斉に後ろに飛ぶと、その直後に3匹のスライムが天井から降って来た。
彼らの目の前に、落下した衝撃で薄く地面に広がるスライムたち。
「やああああああッ!」
レオンはスライムの魔石を掴むと、上に持ち上げた。すると、魔石と一緒にスライムの薄く広がった体も、ゴムのようにビヨーンと伸びてついてくる。
彼は伸びきったスライムの体から、魔石を切り取った。残ったスライムの体は、すぐに霧散する。
残りの二人も、同じようにスライムから魔石を切り取ることに成功していた。
一気に3個の魔石を集めることが出来て、レオンが嬉しそうな表情を浮かべる。
「この調子で30個集めよう」
「おいおい、レオン。油断は禁物だぞ。なあ?」
「そうそう」
ニヤニヤ笑うランドルに、エドワードも同意する。だが彼らの声は明るく、昨日までの暗い雰囲気はどこにも無かった。
レオンも少しリラックスした様子で、荷物を背負い直す。心なしか、荷物のほうも軽くなったように感じた。
「分かった。ランドルの言うとおりだ。油断せず行こう」
再び静かに通路を進む3人。すると、左側にも進める通路がある分岐が現れた。
それを見て、先頭に立つエドワードが足を止める。彼はしきりに靴を気にしているようだった。
「レオン。エドワードが靴を履き直している間に、少しだけランタンを持って、その左側の通路の先を確認してくれるか?」
「……分かった」
レオンはエドワードからランタンを受け取ると、体の左側を壁につけて、ゆっくりと通路の先に上半身を伸ばした。すると───
───ゴスッ!
「あっ!」
レオンは頭の上に強い衝撃を受けて、その場に倒れ込んだ。
ズキズキと激しく痛む頭を、右手で押さえるレオン。
彼は咄嗟にゴブリンに襲われたのかと思ったが、頭上からはランドルの笑い声が聞こえてきた。
「おいおい。油断するなって言ったろ? お姫様」
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