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第63話 冒険者登録の実技訓練⑧「ランドルの危険な誘惑」

「大丈夫だって、レオン。まだまだ時間はあるんだし、(あせ)んなって。な?」

「そうそう」


 彼らは持ち上げた右手をヒラヒラと振ったままに、食堂の中へ入っていた。

 後に残されたレオンは、無言(むごん)で地面の石を()る。そして大きなため息を吐き、荷物の点検(てんけん)を始めた。


 冒険者登録の実技訓練初日(しょにち)、ほとんどのパーティが10個以上魔石を集めている中、レオンたちのパーティが手に入れた魔石の数は、たったの5個だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ───ギ───ギギ


 ダンジョンの奥から甲高(かんだか)()き声のような音が聞こえると、これまで苛立(いらだ)っていたレオンの顔が、パッと(うれ)しそうな表情に変わった。

 彼はすぐに腰に下げた片手剣(かたてけん)に手を伸ばす。


「ゴブリンだッ! 僕がやるよッ! エドワードはランタンを(たの)むッ!」

「はいはい」


 エドワードは肩をすくめて、レオンの後ろに下がる。

 彼はもう一人のパーティメンバーであるランドルとコソコソ何か話しているようだったが、魔石(ませき)を集めることで頭が一杯(いっぱい)になっているレオンには、それを気にかける余裕(よゆう)は無かった。


 ───ギギ───ギギギ


 次第(しだい)に、ゴブリンの鳴き声がはっきりと聞こえてくる。それとともに、タタタッと子どもが裸足(はだし)()けるような足音も近づいてきた。

 レオンは剣を(さや)から抜き放つと、前方に剣を向けて低い姿勢で(かま)える。


「きたッ!」


 レオンたちの前に現れたのは、小柄(こがら)体格(たいかく)をしたゴブリン1匹だった。その身長は、レオンの腰くらいの高さまでしかない。

 体の線は細く見えるものの、それは筋肉(きんにく)が引き()まっているからだった。

 ゴブリンはランタンの明かりの中に入ってくると、右腕を振り上げて躊躇(ちゅうちょ)なくレオンに(おそ)いかかってきた。


 ギャギャギャッ!


 ゴブリンの(とが)った(つめ)を、レオンは冷静(れいせい)に剣で受け止める。見た目に反して、ゴブリンの攻撃(こうげき)は予想以上に重かった。

 両手でしっかり剣を(にぎ)り締め、両足を()()るレオン。


「やああああああ!」


 ゴブリンが体勢(たいせい)(ととの)える前に、レオンは剣を中心にして回りこむよう左側に体をスライドさせた。

 そして、剣は前に押し出すとみせかけて、咄嗟(とっさ)右後方(みぎこうほう)へ倒す。 


 ギャッ───!


 目の前にいた獲物(えもの)が消えて、ゴブリンはつんのめるように左前方(ひだりぜんぽう)に体勢を(くず)す。

 その背中に向けて、レオンが剣を思い切り()り下ろした。


 ギャアアアアアア!


 背中に大きな切り(きず)を付けられたゴブリンだったが、まだ倒れるほどではなかった。

 首だけ後ろを振り返り、自分に傷を付けた獲物に対して、(いか)りに満ちた目でギロッと(にら)みつける。


「ランドルッ!」

「あいよ」


 レオンの緊張感(きんちょうかん)にあふれる声に対して、少し離れていた所にいたランドルが、気の抜けるような軽い返答(へんとう)をする。

 そして彼は、レオンのほうに注意が向いている無防備(むぼうび)なゴブリンを、剣でバッサリと()った。


 肩から大きく(なな)めに斬られたゴブリンは、トサッと小さな音を立てて地面に倒れる。

 そして、小さな魔石を残して死体は(きり)のように消えた。


「ふー」


 レオンは大きく息を吐いて肩を落とすと、剣を(さや)仕舞(しま)った。

 ホッとしたのも(つか)の間、彼の顔は再び(きび)しい表情に戻る。


「これで5個目か……」


 地面に落ちている魔石を(ひろ)い上げて、レオンはぽつりとつぶやいた。そして、ギュッと魔石を(にぎ)り締めると、ランドルにキッと(するど)い視線を向けた。


「もうすぐ実技訓練の1日目が終わるのに、まだ5個しか集められないなんて、どうするんだよッ!」

「どうするっても言われても……なあ」

「そうそう」


 ランドルとエドワードは顔を見合わせて、何とも言えない表情をする。そんな彼らの緊迫感(きんぱくかん)のない態度(たいど)に、レオンはイライラした様子を(かく)さなかった。


「本当だったら、1日10個は集めなきゃならないのに、まだ5個しかないじゃないか。それに……エドワードは何度もゴブリンを取り逃がすし……しっかりしてくれよッ!」

「まあまあ、レオン。それは()んだ話だろ? エドワードも反省してるんだから」


 顔を真っ赤にして苛立(いらだ)ちをぶつけるレオンを、ランドルが苦笑(くしょう)してなだめようとする。エドワードは肩をすくめて、(あき)れた表情でレオンのほうを見ていた。


「エドワードはランタン係。俺とレオンで魔物を倒すっていう役割(やくわり)に変えてから、魔物(まもの)を取り逃がすことは無くなったじゃないか」

「だけど……それでもまだ5個なんて……」


 レオンは下を向いて、(くや)しそうに唇を()みしめている。ランドルはフーッとため息を吐くと、レオンに歩み寄った。


「今日は5個だったけど、明日からはもっと集められるのは間違いないんだぞ。魔石を30個集め終えたパーティがダンジョンからいなくなれば、俺たちの獲物(えもの)はもっと増えるはずなんだからな」

「そうそう」


 ランドルの意見に同意するエドワード。

 落ち込んで(うつむ)くレオンの頭に、ランドルが右手を伸ばそうとする。その気配(けはい)(さっ)したレオンは、彼の手をパッと振り払った。


「───おっと」

「僕に(さわ)らないでくれ。ランドルの言いたいことは分かったから、今日はギリギリまでダンジョンを回ろう」


 キッとレオンに(にら)みつけられて、ランドルは「やれやれ」と肩をすくめた。そしてエドワードに、クイッと(あご)を動かして見せ、先導(せんどう)するように合図(あいず)する。

 結局レオンたちは、この日はこれ以上魔物に出会えなかった。


 夕暮(ゆうぐ)れのダンジョン前の広場は、初日の実技訓練から引き()げてきた若者たちで(にぎ)わっていた。そのほとんどが魔石を10個以上集めており、ホッとしたような明るい表情をしている。

 そんな中、暗い表情をしたレオンたち3人がダンジョンから出てきた。


 ───ねえ、見てみて

 ───あの顔は全然ダメだったみたいだな

 ───精霊がいない人だけのパーティって無謀(むぼう)よね


 大勢(おおぜい)の若者たちは、(さげす)んだ視線をレオンたちに向ける。

 ランドルとエドワードは、つまらなさそうにフンッと鼻を鳴らすと、ダンジョンから出てすぐにレオンと別れて、宿屋があるほうに去って行った。

 一方のレオンは、悔しそうに目を()せたまま、オルソの街のほうに向かって早足で広場を後にしようとする。


「レオンさん」


 自分の名前を呼ぶ聞き覚えのある声に、レオンは立ち止まって顔を上げる。そこには、いつもの笑顔を浮かべるティフォーネが立っていた。


「その様子じゃ、魔石をあんまり集められなかったみたいだね」

「───ッ!」


 レオンはクッと顔を(ゆが)めると、再び下を向いて無言(むごん)で彼女の横を通り過ぎようとした。しかし、その足はすぐに止まる。


「ガリオ様との稽古(けいこ)はどうするの?」

「……そんな気分じゃない」


 そう言い残して、オルソの街に向かって歩き始めるレオン。

 彼の背中を見送るティフォーネのその表情からは、先ほどまでの笑みは消え去り、人形のように冷たい視線が向けられていたのだった。


 ───実技訓練2日目の午後になっても、レオンに明るい表情が戻ることは無かった。


 この日は訓練前に全体で集合する必要がなかったため、レオンたちは早朝からダンジョンに(もぐ)っていた。

 他のパーティが来る前にダンジョンに入ることで、少しでも魔物との接触(せっしょく)を増やそうと考えたからだ。しかし───


「まだ13個か……」


 レオンが一層(いっそう)落ち込んだ声を出して手元(てもと)を見つめる。そこには、今日まで集めた魔石が入った小さな袋があった。

 30個以上の魔石が入るであろうその緑色の袋は、中身が半分も入っていないため、力なく袋の口が()れ下がっている。


「くそッ! くそッ! くそッ!」


 急に(いか)りが()み上げてきたレオンは、ランドルたちの前にも関わらず、横の(かべ)をガンガンと()り始めた。

 もう2日目の残り時間も少なくなっており、心の中にヒタヒタと(しの)び寄る残酷(ざんこく)な現実を感じて、彼は何かにその不満(ふまん)をぶつけるしかなかった。


 そんなレオンを(だま)って見守っていたランドルが、何かを決心(けっしん)したように彼のほうに1歩近づいた。

 

「レオン」

「くそッ!───何だよッ!」


 ギロッとランドルを(にら)むレオン。彼の目には、ランドルもその不満の対象になっていた。もし剣を抜いていたら、そのまま()りつけていたかもしれない。


「何とかなるかもしれないぞ」

「何とかって何だよッ!」

「このダンジョンの警備(けいび)をしている冒険者(ぼうけんしゃ)の一人が、俺の知り合いなんだ」

「それが何だよッ!」

「彼に頼めば、俺たちが地下2階に入るのに協力(きょうりょく)してくれるかもしれない」


 これまでランドルを(にら)みつけていたレオンの表情が、ポカンと(ほう)けた顔になる。

 そして、ランドルの言ったことを理解(りかい)し始めてくると、次第に彼の青い瞳に(かがや)きが戻ってきた。

 フーッと長く息を吐いたレオンは、一度下を向いてしばらく目を閉じて考え込む。


「やるよな」


 ランドルが短く問いかける。

 その言葉を聞いて、レオンは顔を上げるとコクンと大きく(うなず)いた。

 レオンに無言で(うなず)き返したランドルは、自分の後ろ立つエドワードと顔を見合わせる。

 レオンから、仲間の二人の表情が一瞬見えなくなった。


 ランドルたちは口を大きく(ゆが)めて、ニヤリと笑っていたのだった。

次話は、明日の夕方5時に投稿します。


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