第55話 冒険者登録の講義⑤「アルちゃんと精霊教会の教義」
隣でゆっくりと呪文の唱えるもう一人の若者をよそに、ティフォーネは無詠唱でいきなり風魔法『風撃』を放った。
ドンッ───バキッ!
大きな音を立てて、木製の案山子の右腕が折れて吹き飛ぶ。
その場にいた講師二人と黄色のクラスの全員が、呆然とした表情で目の前の美少女を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「すみません。案山子が壊れちゃいました」
「……き、君、凄いね」
ペコリと頭を下げるティフォーネに、講師はハンカチで額の冷や汗を拭いていた。そして、ティフォーネの横に並ぶと、若者たちのほうに向き直る。
「一般的に風の精霊魔法は、他の3つの属性の精霊魔法に比べて、攻撃力が弱くて扱いが難しいと言われています。何故か分かりますか?」
若者たちは隣同士で、小声でそれぞれ意見を言い合っている。
すると、クラスの中の一人の青年が、遠慮がちに手を挙げた。
「透明だからですか?」
「そうですね。風というのは透明で目に見えないし、形もありません。そのため、目に見える他の精霊魔法よりも、術者の高い集中力と想像力が要求されるのです」
そして講師は、ティフォーネの肩をポンッと軽く叩いた。
「しかし、風の精霊魔法もしっかり練習すれば、ティフォーネさんのように凄い威力を発揮します。皆さんも冒険者になった後は、しっかりと魔法の研鑽に励んでください」
「拍手」と言って講師が拍手をすると、クラスメイトの多くがティフォーネに大きな拍手を送った。
しかし、数名の女の子たちは拍手をせずに、彼女のことを睨んでいるのだった。
───ティフォーネちゃんって、やっぱり天才だよなあッ!
───可愛いし、魔法も凄いし、羨ましいー!
───誰から魔法を習ったの? 私も習ってみたーい!
しばらくの間、ティフォーネはクラスメイトから色々質問されたが、彼女はニコニコと笑みを絶やさず、答えられる質問にはきちんと答えていた。すると───
「ねえねえ、ティフォーネちゃんの契約精霊も見たいよねぇ」
「そうそう。なんたって天才少女なんだから、きっと契約精霊も立派なんじゃないのぉ」
先ほど拍手をしなかった女の子たちが、ニヤニヤと鼻につくような笑みを浮かべながら、ティフォーネたちのほうを見ていた。
すると、ティフォーネの周りにいた若者たちも、目をキラキラさせて女の子たちの意見に賛同する。
───見たい見たい!
───ティフォーネちゃん、ちょっとでいいから見せて見せてぇ!
黄色のクラス全員の『風撃』を確認し終えた講師二人も、意外なことにティフォーネの契約精霊に興味を示した。
「ティフォーネさん。もし良かったら、あなたの契約精霊を見せてもらえませんか? 私たち以上に風魔法を使いこなすあなたが、どんな精霊と契約しているのか、非常に興味があります」
「……分かりました」
ティフォーネは少しだけ困ったような表情をしたが、小さくため息をついて首を縦に振った。そして、一人クラスメイトたちから離れると、右手を前に突き出す。
「アルちゃん」
ティフォーネが名前を呼ぶと、どこからともなく白い小鳥が飛んできて、彼女の右手の上に止まった。
その鳥は、まるで王冠をかぶっているかのように頭の羽が逆立っており、尾羽も驚くほど長く伸びている。
「私の権風精アルちゃんです」
「ほほー、アルキュオネですか。ティフォーネさんはその若さで、すでに冒険者レベル3ほどの潜在能力を持っているんですね」
講師はティフォーネの契約精霊の正体を見抜くと、感心したようにうんうん頷いていた。しかし直後に、ちょっとだけ首を傾げて眉を顰める。
「しかし……あなたは何故、契約精霊を召喚したままにしているのですか? ティフォーネさんはとても優秀な冒険者になれる素質を持っているのですから、魔力回路の無駄な消耗は、あまり関心しませんねえ」
「すみません、ちょっと事情があって……」
悲し気に目を伏せるティフォーネを見て、周りにいたクラスメイトたちは彼女に同情した。そして、彼女を悲しませるようなことを言った講師に対して、皆がジーッと非難する視線を向けている。
「い、いや、いいんだよ。ちゃんと分かっていればね」
「ゴホンッ」と講師は大きな咳払いをすると、別の話題を持ち出して、若者たちの注意を逸らすことにした。
彼は若者たちの視線の中に、殺気のようなものまで混じっているような気がしたからだ。
「恐らく講義の中で精霊のことも学ぶと思うが……え、習った? ま、まあ復習ということで……精霊界における精霊の階級は、9つの位階に区分されています。上から第1位四大精霊、第2位知精霊、第3位座精霊、第4位主精霊、第5位力精霊、第6位能精霊、第7位権精霊、第8位大精霊、第9位小精霊です」
そして、講師はティフォーネの右手に止まっている白い小鳥を指差す。
「ティフォーネさんの契約精霊アルキュオネは、第7位の権風精に位置付けられています。そして、冒険者レベルの認定は、基本的に契約精霊の位階で決定しますので、ティフォーネさんは順当にクエストをこなしていけば、冒険者レベル3になれるということですね」
若者たちの講師を見る目が、無言で「そんなの知ってるよ」と言っていた。
講師は冷や汗をハンカチで拭きつつ、隣にいるティフォーネに耳打ちをする。
「……ティフォーネさん。その契約精霊で、あの案山子のどれかを攻撃してもらっていいですか?」
ティフォーネは唐突な講師の提案に目を丸くしたが、コクリと小さく頷いた。
彼はホッと肩をなで下ろすと、若者たちに向き直る。
「それでは、彼女の権風精アルキュオネの実力を、少しだけ見せてもらいましょう。ではお願いします」
「アルちゃん、お願いね」
ティフォーネがアルちゃんに言葉をかけた瞬間───
ドカンッ!
───キャー! キャー!
太い木材が壊れるようなもの凄い音がして、何人かの女の子から悲鳴が上がった。
慌てて講師が振り返ると、案山子の1体が粉々に砕けている。
そしてティフォーネのアルキュオネが、どこかに飛び去って行く姿があった。
全員の視線が、ティフォーネへと集中する。
この場にいる全員に見られて、ティフォーネは小さくため息をついた。
「すみません。ちょっと気難しい子なんです」
皆なんと言っていいのか分からず、しばらくの間、風の音だけが広場に聞こえていた。
すると、先ほどティフォーネの精霊を見たいと言った女の子が、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ちょっと、ティフォーネさん。目立ちたいからって、ちょっと乱暴なんじゃない?」
「ホントホント。契約精霊と人間はよく似るって言うけど、乱暴な所はそっくり」
多くのクラスメイトが眉を顰めているのを知らずに、二人はティフォーネのことを嘲笑っている。
そんな彼女たちに、ティフォーネは1歩だけ近づいた。
「あなたたちは、なぜ冒険者になろうと思ったの? 契約精霊がいない人を貶めたり、異性と仲良くなるため?」
「ち、違うッ!」と顔を真っ赤にして否定する女の子たち。そして、彼女たちはギョッと驚いた。
ティフォーネの表情が、まるで固く冷たい笑みを浮かべる美しい人形のように見えるからだ。
「他人のことを気にするよりも、まずは自分自身を成長させなさい。そして、契約精霊をより上位の存在に昇華させるのです。そうすれば、この人間界は精霊界の魔力で満ちあふれ、精霊の住まう国への道が拓かれるでしょう」
誰もがティフォーネから目が離せないでいる。
彼女の言葉は、始祖精霊様の御託宣を得る巫女の言葉のように、彼らの心にズンズンと響いていた。
そして、ティフォーネの表情が年相応の笑顔に戻る。
「なんてね! 精霊教会の教えを格好良く言ってみました。皆さん、顔が固まってますよ。おーい!」
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第56話 冒険者登録の実技訓練①「剣の稽古と弟子入り志願」
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