第53話 冒険者登録の講義③「呪いの精霊と連続自死事件」
若者たちは、自分の見えない魔力回路も消されたような感覚になり、ヒヤッと一瞬寒くなるのだった。
「その他に、何か質問はありますか?」
講師からの新たな問いかけに、今度は一人の女の子が手を上げた。
「───呪いの精霊に憑りつかれると、自分で精霊を召喚できないって本当ですか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
女の子の質問に、教室内が一気に騒がしくなる。彼女が、白色のクラスにいる金髪の青年のことを指しているのを、皆分かっていた。
───白色のクラスは、みんな呪われてるって本当?
───マジかよ。あいつら、残念すぎるだろ
講師はハーッと大きなため息を吐くと、「静かに」と若者たちを注意した。
彼らはピタリと口を閉じて姿勢を正すと、講師が何を話すのかワクワクしながら待っている。
「今から呪いの精霊について説明します」
講師は「オホンッ」と咳払いをして、少し間を置いて考えを整理する。すると、黒板に人間と動物の簡単な絵を描いた。
「まず、白色のクラスですが、全員が呪いの精霊に憑りつかれているわけではありません。なんらかの事情があり、契約精霊を召喚できないだけです」
「───あの金髪の男の人は、どうなんですか?」
先ほどの質問をした女の子が、再び手を挙げた。
講師は難しい顔をしたが、低い声で事実を淡々と告げる。
「残念ながら、彼が呪いの精霊に憑りつかれているのは事実のようです。そもそも呪いの精霊の正体は……野生の動物と契約した精霊のことです」
「───えッ! 動物って精霊と契約できるんですかッ!」
教室の中がまた騒がしくなるが、講師はコクッと頷いて、「これはまだ研究段階らしいのですが」と前置きをして話を続ける。
「すべての動物が、精霊と契約できるわけではありません。おそらく、動物の中でも特殊な個体が稀に生まれて、どういう理屈か精霊と契約できるのでしょう。そして、それらの個体が成長していくと、幻獣や霊獣と呼ばれるような存在になると考えられています」
幻獣、霊獣とは、世界各地で発見されている、まるで精霊が人間界に舞い降りたかのような姿と強さを持つ珍しい動物のことである。
それらの多くが精霊魔法を操り、高い知能を持っていると言われている。
ただ、魔物と違って体内に魔石を持っていないのが特徴で、積極的に人間を襲ってくることは無い。逆に、魔物から人間を助けてくれる存在として、幻獣や霊獣を崇拝する地域もあるほどだ。
「精霊と契約している動物が死んでしまうと、普通はその契約精霊もすぐに消えてしまうのですが、これまた極めて稀なケースで、たまたま近くに人間のまだ幼い子どもがいたりすると、死んだ動物の契約精霊が、勝手にその子どもと契約してしまうのではないか、と推測されています。これが呪いの精霊の正体です」
講師の話を聞いた若者たちは、隣同士で顔を見合わせてザワザワと騒いでいる。
黒板の絵には、動物から人間のほうに向かう1本の矢印が引かれていた。
「これが、呪いの精霊に憑りつかれている状態を指します。詳細な原理については説明を省きますが、魔力回路の支配権を呪いの精霊側が持っているので、人間側がいくら精霊を召喚しようとしても、精霊側が応じてくれない、らしいです。何分、前例が少ないものですから」
若者たちの多くは、呪いの精霊の正体にひとまず納得したようで、うんうん頷いていた。
しかし、少し青ざめた顔をした別の女の子が、恐る恐る右手を挙げる。
「───も、もし呪いの精霊の話が本当なら、人間の契約精霊でもあり得るんじゃないですか?」
彼女の発言に、教室の中がシーンと静まり返った。雑談していた若者たちの声がピタリと止まる。
「───だって、そうじゃない? 動物の契約精霊で出来ることなら、人間の契約精霊が出来ても別におかしくないわよね」
「ねえ」と周りを見回す女の子。
戸惑うような空気が、教室の中に広がる。彼らはそんな話を聞いたことが無かった。
そして、大きなため息を吐く講師に注目が集まる。
「……過去に、たった1つだけ前例があります」
講師は何故か、沈痛な面持ちをしている。皆はなぜ講師がそんな表情をするのか、分からなかった。
「パイク・モリソン」
若者たちの顔に、「えッ」と驚きの表情が浮かぶ。その名前を、皆子どもの頃から知っているからだ。
しかし、今この状況でその名前を聞くことになるとは、誰も想像していなかった。
「皆さんも聞き覚えがある名前でしょう。子どもの頃に親からよく言われませんでしたか? 『言うことを聞かないとパイク・モリソンが出るぞ』とね」
そのとおりだった。西の王国でパイク・モリソンの名前は、親が子どもに言うことを聞かせる時に、どの家庭でも頻繁に使われている。
すると若者たちの中に、講師が何を言わんとしているのか、段々と予想できた者も現れていた。
「今からおよそ500年前。この西の王国の王都ナイステイトで、一人の男が突然ナイフを取り出して、民衆の前で自殺しました。その男の名前はパイク・モリソン。彼は笑いながら自分の体のいたるところを傷付けて、最後は首をナイフで掻き切って動かなくなりました。それからしばらくの間、次々に同じような自殺者が現れたそうです。彼らに共通していたのが───」
若者たちは「まさか」という顔をしている。講師は少し間を置いて、小さく頷いた。
「───そう。精霊と契約していない人たちだったのです。後々の捜査で、パイク・モリソンは呪いの精霊に憑りつかれたことが分かりました。その呪いの精霊は、ある日宿主であるパイク・モリソンを自らナイフで切り刻んで自殺させると、契約精霊がいない人間に再び憑りついては、皆を次々に自殺に追い込んでいきました」
何人かの若者たちが、顔を蒼白にして講師を見ていた。そして、講師は大きなため息を吐く。
「結局、8人の犠牲者が出たこの連続自死事件は、呪いの精霊の恐怖と契約精霊がいないことの危うさを、世間に知らしめました。そのせいもあって、今では王家と精霊教会の2つは、国民に精霊と契約することを推奨しているんですけどね」
「───結局、呪いの精霊はどうなったんですか?」
一番前の席に座る青年が、手も挙げずにつぶやいた。しかし、講師は残念そうな顔をして、首を横に振る。
「分かりません。9人目の死体が発見されることは、もう無かったそうです。呪いの精霊の正体も分かっていません。一説には、『闇の精霊』だったのではないかと言われていますが、定かではありません」
その時、1限目の講義の終わりを告げる鐘が鳴った。
講師は教科書をさっとと片づけると、教室を出ていく。
「……あれ。ティフォーネさん、大丈夫? ちょっと顔色が悪いよ」
「そ、そうですか。私は何ともないですよ」
ティフォーネはぎこちない笑顔で、心配してくれた隣の女の子にそう返答するのだった。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第54話 冒険者登録の講義④「次元の違う魔法使い」
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