第50話 城塞都市オルソ⑪「カルマの告白」
「じゃあ、飲んでみるね」
ガリオはドキドキ緊張しながら、ガラス瓶の蓋を開けた。開いた瓶の口からは、意外にも薬草のいい香りがした。
「ん?」
ガリオは変な雰囲気を背後から感じ、後ろをサッと振り返った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そこには、笑顔のティフォーネが立っているだけだ。一見、特におかしなところは無いように見える。
しかし、彼は空いている左手で、自分の目を何度もゴシゴシこすった。
先ほど振り返った間際の一瞬だけ、そこにあり得ない光景が見えたような気がしたからだ。
「どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」
首を傾げながらガリオは他の3人にも目線を移すが、彼らは特に何の反応もしていなかった。
(……おかしいな。なんか一瞬、ティフォーネの頭にケモ耳と、あとしっぽがあったように見えたぞ。そんな訳ないか……)
ガリオは気を取り直して、ガラス瓶に口を近づけていく。
背後から「あ……ああ……」と悲しそうな声が聞こえるような気がしたが、ガリオは振り向きたい気持ちをグッと我慢した。
そしてガラス瓶を口につけると、一気に中の液体を喉の奥に流し込んだ。かなりの苦みが舌の上を通り過ぎていく。
「……どうですか?」
心配そうな表情をしたカルマが、恐る恐るガリオの顔を下から覗き込む。
ガリオは、そんなカルマに左手を真っ直ぐ伸ばして待ったをかけると、渋面を作って口の中に残った液体を全て飲み干した。
「はッ! はあー……」
なんとか口の中の苦みが取れたガリオは、大きな息を吐いてホッと肩をなで下ろした。そして、自分の手足を見回してみる。だが───
「……特に自分では、何か変わったような感覚はないな」
ガリオは肩をグルグル回したり、両手を何度も握ったり開いたりしてみるが、違和感は全くなかった。
また、自分の体に白魔法『身体強化』を使ってみたが、こちらも問題はない。
そんな彼の様子を見て、カルマが「んー」と右手の人差し指を自分の頬に当てて、何か考え事をしていた。
「……ちょっと待ってください。メェーちゃん、来て」
カルマの呼びかけに応じて、彼女の契約精霊である能水精カプリコーンが現れた。
カプリコーンの見た目は、体長1メートルもない子ヤギの姿をしており、体毛は薄い水色をしている。それはまるで、ユラユラと揺れる水面のようだった。
「……私の契約精霊、カプリコーンのメェーちゃんです。本当はもっと大きいんですが、お店の中に入りきれないので小さくなってもらってます」
「キャーッ! かわいいッ!」
プルプルと足を震わせている小さな子ヤギに、ティフォーネが思わず嬌声を上げる。
思わず手を差し伸べたくなるようなメェーちゃんの可愛らしい姿に、皆の心は癒されていたが、その中に一人だけ恐怖におののく者がいた。
「か、カルマちゃん。すまないが、そのめ、メェーちゃんを俺に近づけないでくれよ」
ガリオは冷や汗をかきながら、半分逃げ腰になっている。もしメェーちゃんがダッシュして来ようものなら、彼は悲鳴を上げて逃げ回る自信があった。
カルマはメェーちゃんの横に身を屈めると、フワフワの感触がするその背中をポンポンと叩く。
「……メェーちゃん、どうですか? ガリオさんが怖いですか?」
彼女に話しかけられたメェーちゃんは、ガリオのほうに顔を向ける。すると、ビクーッと体をより一層大きく震わせて、カルマの背後に隠れてしまった。
「……メェーちゃん」
カルマは自分の契約精霊に、寂しそうな視線を送った。
すると、ティフォーネがメェーちゃんの横に腰を下ろすと、「怖かったねえ」と苦笑しながらその頭を優しく撫でている。
自分の契約精霊の頭を気安く撫でられて、カルマは少しだけムッとしたが、自分のほうが3つも年上なので何も言わなかった。
「……すみません、ガリオさん。失敗みたいです」
「いやいや。頭を上げて、カルマちゃん。その気持ちはすごく嬉しいから」
シュンとうなだれるカルマに、ガリオが手を横に振る。本当は彼女の頭を撫でてあげたかったが、精霊のメェーちゃんがそばにいるので、彼はこれ以上近づくことが出来なかった。
こうして楽しい夜は更けていき、ジョンが酔いつぶれて寝てしまったところで、夕食会はお開きとなった。
マリアは酔いつぶれたジョンを部屋に連れていき、カルマが一人で宿に戻るガリオたちを見送っている。
「今日はごちそうさま。ジョンさんたちによろしくね。カルマちゃんは、明日王都に戻るんでしょ。あっちでも勉強がんばってね」
「あッ……」
宿に引き返そうとするガリオの腕を、カルマが思わず掴む。またガリオと離ればなれになってしまうことに、彼女は急に寂しくなったのだ。
「……カルマちゃん?」
「……あの、また頭を撫でてもらっていいですか?」
「ああ、いいよ。お安い御用だ」
ガリオはニコリと笑って、下を向いたカルマの頭を優しく撫でる。ティフォーネはガリオの後ろで、温かい目で二人を見守っていた。
「……ガリオさんには、いつも助けてもらってばかりで……。子どものときも、今日のことも」
「いいんだよ。子どもを助けるのは当然のことだから」
「───ッ! 私はもう子どもじゃないです」
ガリオの言葉を聞いたカルマは、急に悲しくなり、一歩前に出てガリオの胸に飛び込んだ。そして、腕を後ろに回し、ギューッと彼の体を抱きしめる。
急にカルマに抱き着かれたガリオは、最初は戸惑ったものの、フーッと少しだけ息を整えると、また彼女の髪を撫で始めた。
すると、彼女の腕の力が抜けて、ガリオに体を預けている状態になる。
苦笑したガリオは、カルマの気が済むまでその手を動かし続けた。
「……すみません、急に……」
「……いや、こっちこそ、カルマちゃんを子ども扱いしてごめんね」
ガリオの胸からゆっくりと体を離し、俯いたまま謝罪するカルマ。
顔を上げない彼女に、ガリオは少しモヤモヤした気持ちを抱えていた。
カルマは、自分の服をギュッと掴む。
「……あの、ガリオさん。少し耳を貸してもらっていいですか?」
「ああ。なんだい?」
右手を口に当てて、自分に何か告げようとするカルマを見て、ガリオは腰を曲げて顔を近づけた。
ただ、相変わらず彼女の顔は、前髪に隠れていて、はっきりと見えない。
ガリオの鼻に、再会してからずっと感じていたカルマの少し甘い香りが届いて、彼は年甲斐もなくドキドキしていた。
「……私はガリオさんのためなら、何でもしますからね」
そう言ってカルマは、ガリオの頬にチュッとキスをした。
「お、おやすみなさいッ!」
顔を真っ赤にしたカルマは、二人に頭を下げてお店の中に戻っていく。
あとには、左頬に手を当てて呆然と立ち尽くすガリオと、目を大きく開けて口元を両手で隠すティフォーネが残されていたのだった。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第51話 冒険者登録の講義①「孤立したティフォーネ」
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