第49話 城塞都市オルソ⑩「カルマからのプレゼント」
その時、どこかからかグーッという、お腹の鳴る大きな音が店内に響いた。
ガリオが慌てて自分のお腹を見るが、そこにはカルマの小さな顔があって、ニコニコ微笑む彼女と目が合うばかりだった。
「さあさあ、立ち話はこれくらいにして、夕食の準備に取りかからなきゃ。あなたとガリオは、共同浴場で汗を流してきなさい。女の子二人は、あたしのお手伝いね。今日は腕によりをかけて、たくさんご馳走を作るわよ!」
「はいッ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
マリアの宣言したとおり、ガリオたちの目の前にはテーブル一杯のご馳走が並んでいた。ジョンのお店全体に、美味しそうな匂いが充満している。
その光景を見て、ティフォーネとカルマの目がキラキラ輝いていた。
「お母さん、はやく食べよう。もうお腹ペコペコだよ」
いつもは大人しいカルマが、珍しく着席を急かすため、マリアは「はいはい」と苦笑いしつつテーブルについた。
家主であるジョンを筆頭に、ガリオ、カルマ、ティフォーネ、マリアという順番でテーブルを囲んでいる。
「じゃあ、あなた。お願いね」
ジョンは軽く頷くと、顔の前で両手を組んで目を閉じた。他の4人もそれに倣う。
───偉大なる始まりの精霊、そして4つの精霊よ
あなた方のお恵みに心から感謝いたします
どうか私たちを正しき道にお導きください
この祈りをあなた方の眷属に捧げます
全員で祈りの言葉を唱和すると、少しだけ厳粛な空気が流れる。
ジョンは目を開けると4人を見渡し、「じゃあいただこうか」と笑いながらワインを手に取った。
ガリオたちは、マリアと助手二人による豪華な手料理を、ジョン秘蔵のワインとともに心行くまで味わった。
上機嫌に酔っぱらったジョンは、何度も何度もガリオにお礼を言い、マリアは次から次へと出来立ての料理をテーブルに運ぶ。
「……ガリオさん、これも食べてください」
「カルマちゃん、そんなに食べきれないよッ!」
カルマも慣れない手付きで、ガリオのお皿に料理を取り分けている。だが、すでにガリオの前には、山盛りになったお皿がいくつも並んでいるのだった。
一方のティフォーネは、時々マリアの配膳を手伝いつつ、ニコニコと明るい笑顔で皆の様子を眺めていた。
「ティフォーネちゃん。ちゃんと食べてる? お口に合うといいんだけど」
「はい、おば様。こんなに楽しい食事は、生まれて初めてです」
「まあまあ、大げさねえ。でも、そう言ってくれると嬉しいわ。ありがとうね!」
「……いいえ」
マリアはティフォーネの顔に自分の顔を寄せると、笑いながら頬ずりをする。
ティフォーネも彼女の熱いほどの体温を頬に感じつつ、目を細めて嬉しそうに笑っていた。
食事も落ち着いたころ、突然カルマが何かを思い出したように席を立った。そして、何も言わずにそのまま部屋を出て行ってしまう。
「カルマのやつ、どうしたんだ?」
「さあ。でも、すぐ戻るでしょ」
赤い顔をしたジョンがマリアに尋ねるが、彼女のほうも事情が分からず肩をすくめてみせる。
少し酔っぱらったガリオも、心配そうにカルマが出て行ったドアを見ていた。
しばらくしてカルマが戻ると、その手には1本のガラス瓶を持っていた。中には、赤色の液体が入っている。
「……ガリオさん、これ」
「ん? カルマちゃんが作った、回復ポーションかい?」
ガラス瓶を手渡されたガリオは、それをユラユラと揺らして、何が入っているのか予想する。しかし、カルマは首を横に振った。
「……それは、私が魔法大学で作った『精霊に好かれる薬』です」
「えッ! おっとッ!」
カルマの爆弾発言に、ガリオが危うくガラス瓶を落としそうになったが、なんとか再び掴むことに成功した。
部屋にいた全員の視線が、ガリオの持つガラス瓶に集まっている。
「精霊に好かれる薬?」
「……はい。私はガリオさんの精霊に嫌われる体質を治したくて、魔法大学に入学しました。これは今私がお世話になっている研究室で作った、成果の一つです」
「な、なんでそんなことを……」
ガリオにジッと見つめられて、カルマはふるふると頭を横に振る。そして、自分の白衣をギュッと握り締めると、大粒の涙をためた瞳でガリオを見つめ返す。
「……そ、そんなことなんかじゃありません。ゼム・ピトフーイ事件のときにお父さんたちを助けてもらってるし、私は子どもの頃からガリオさんに……一杯助けてもらいました。だから───」
彼女は一歩前に出て、ガリオのすぐ目の前に立つ。そして、彼の手を両手でそっと包み込んだ。
カルマの優しく温かい体温が、ガリオに伝わってくる。
「───だから、今度は私がガリオさんを助けたいんです」
カルマの力強い言葉に、ガリオは大きなショックを受けて何も言うことができなかった。
漆黒の魔石を乗せた指輪が少しキリキリ痛むが、彼は全く気にしていない様子だ。すると、ガリオの目の前からカルマの姿が消えた。
「カルマちゃあああんッ!」
「───キャッ!」
自分の娘の健気な姿に感動してマリアが、テーブルを回りこんで勢いよくギュッと抱きしめた。
彼女の豊満な体に包み込まれてしまったカルマは、まともに息もできずにジタバタと暴れている。
「なんていい子に育ったのかしら! お母さん感動しちゃったわッ!」
「……カルマ」
ジョンも目頭を真っ赤にして、ズズっと鼻をすすっている。
ガリオとティフォーネはお互いに顔を見合わせると、3人の仲睦まじい様子を、優しい笑顔で見守っていた。
「……お母さん、苦しいッ!」
「あ、ごめんなさいね」
胸の中にいるカルマからのクレームに、マリアが娘をパッと解放した。
カルマは顔を赤くして、「もう」と文句を言いながら髪型や自分の服装を整える。そしてフーッと大きな息を吐くと、ガリオに向き直った。
「……そのドリンクは、魔法大学で入手した精霊が好むとされる薬草を何種類もブレンドして、私なりに改良したものです」
「……ありがとう」
ガリオはガラス瓶を持ち上げ、ランプの灯りに照らしてみた。
そのガラス瓶は、ガリオの手の平にスッポリ収まる大きさで、一口で飲み干せるくらいの液体が入っている。
キラキラと光を反射するガラスの中で、ワインのように濃い赤色の液体が蠱惑的に揺れていた。
「じゃあ、飲んでみるね」
ガリオはドキドキ緊張しながら、ガラス瓶の蓋を開けた。開いた瓶の口からは、意外にも薬草のいい香りがした。
「ん?」
ガリオは変な雰囲気を背後から感じ、後ろをサッと振り返った。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第50話 城塞都市オルソ⑪「カルマの告白」
※「面白かった」「続きが気になる」と思って頂けましたら、評価するボタン(☆☆☆☆☆)を押してもらえると嬉しいです。レビュー、感想もお待ちしております。
※作者の連載を書き続けるモチベーションが上がります!
※毎日投稿していますので、ブックマークすると便利です
※活動報告もチェックしてもらえると嬉しいです




