第48話 城塞都市オルソ⑨「ゼム・ピトフーイ事件」
そして、お店の前に到着した時のことだった。
「ジョンさん、ただいま戻りま───」
───ドンッ!
扉を開けた瞬間、ガリオは腹部に予想外の衝撃を受けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ガリオの鼻に、薬品の匂いとほのかに甘い香りが飛び込んでくる。
顔を少し下げると、桃色がかったブロンドのふわふわした髪が目の前に広がっていた。
その髪の何本かがピョンピョン跳ねていて、彼の顔をくすぐる。
「えっと……」
突然の出来事にガリオが戸惑っていると、その桃色の髪がもぞもぞと動きだし、黒ぶち眼鏡の奥から、深い青色をした瞳がガリオを見上げていた。
「……ガリオさん。お久しぶりです」
「カルマちゃんか。そう言えば、王都から帰ってるんだったね」
「……はい」
カルマの元気そうな顔を見て、ガリオの顔がほころぶ。カルマはジョンとマリアの一人娘で、ガリオは彼女を子どもの頃から知っているので、年の離れた妹のように愛着を持っていた。
「カルマちゃんと会うのは、2年振りくらいかな。王都の王立魔法大学に入ったんだって? 凄いじゃないか。おめでとう」
「……ありがとうございます」
ガリオに頭を撫でられて、カルマは嬉しそうに微笑むと、そのままガリオの胸に顔をうずめた。
そして彼女は、クンカクンカと彼の匂いを堪能している。
すると、店のカウンターを掃除していたマリアが、ガリオのところに歩み寄ってきた。
「久しぶりだね、ガリオ。うちの旦那から聞いてるよ。悪いねえ、あたしたちの面倒事を押し付けちゃって」
「いいえ。俺もジョンさんのお役に立てて、嬉しいですよ」
「そうかいそうかい。そう言ってもらえると、ちょっとは肩の荷が下りるよ」
フーッと大きな息を吐いて少し苦笑したマリアは、ガリオの隣にいるティフォーネに気付いた。
そして、彼女のその美しさに目を丸くする。
「あら驚いた。旦那から聞いていたより、ずっと綺麗じゃないか」
「初めまして、おば様。私はティフォーネと言います」
ペコっと頭を下げるティフォーネを見て、マリアは嬉しそうに笑うと、何故かガリオの背中をバシッと叩いた。
「あいたッ!」
「まあまあ、礼儀正しい子だねえ。あたしはマリアって言うの。ここは、あたしの旦那のジョンがやっているお店なのよ。そして───」
マリアはずっとガリオにしがみついているカルマの首根っこを掴むと、グイッと後ろに引っ張った。
ガリオから離れたカルマは、「あうあう」言いながら両手を前に伸ばして、ガリオの胸を名残惜しそうにしている。
「この子は、一人娘のカルマ。私に似て美人に育ったのはいいんだけど、ちょっと大人し過ぎるのよねえ」
首の後ろを掴まれた猫のように、でろーんと頭と両手が垂れ下がっているカルマ。
そんな彼女の前に、ティフォーネがスッと近づく。
「初めまして、カルマさん。私はティフォーネです。王立魔法大学に通うなんて、カルマさんは凄く頭がいいんですね」
「……ハッ! ワワッ!」
ティフォーネに話しかけられたカルマは、無言でジタバタと暴れるが、マリアに捕まっているため逃げ出すことが出来なかった。
そして、逃亡を諦めた彼女は、赤くなった顔でティフォーネを見上げる。3つも年上であるにも関わらず、カルマはティフォーネよりも身長が低かった。
「……えっと、か、カルマです」
モジモジと自己紹介するカルマを、皆は可愛い小動物でも見るように、ニコニコ笑って温かい目で見守っている。
すると店の奥から、この店の主である錬金術師のジョンが現れた。
「ガリオ、帰ってたのか。講師の件はいきなりで済まなかったな。それで、ボルド部長はどうだった?」
「どうも、ジョンさん。実はですね───」
ガリオは、冒険者協会で起こった一連の出来事を、ざっと簡単に説明した。
最後まで説明を聞き終えたジョンは、ガリオの前に来て立ち止まると、深々と頭を下げた。
「ガリオ……お前にまた余計な苦労をかけさせてしまって、本当に済まなかった……ありがとう」
「ジョンさん! 頭を上げてくださいよ! 今回は運が良かっただけなんですから!」
慌てふためくガリオに、今度はマリアがそれを否定した。彼女の目は赤くなっており、ハンカチで目元を押さえている。
「ガリオ、それは違うわよ。こうなったのは、あんたがここに来てくれたからなのよ。真面目なあんたは、協会でも一生懸命やってくれたんでしょ。それは運なんかじゃないわ。全部あんたがいてくれたおかげなのよ」
「そうです。ガリオ様はルシア隊長相手に、必死に戦ってました」
そして再び、ガリオの体にトンッと軽い何かがぶつかってきた。カルマだった。
彼の胸元から、彼女のグズグズと鼻をすする音が聞こえてくる。
皆に感謝されるガリオは、少し照れて顔を赤くすると、カルマの頭をポンポン軽く撫でた。
彼女の髪は少しボサボサしているが、髪の毛の一本一本が細く、撫でるととても心地良かった。
「……ありがとう。皆からそこまで感謝されるとは思ってなかったから、嬉しいよ。皆の役に立てて、本当に良かった」
温かい空気が流れる中、頭を上げたジョンが懐かしそうにつぶやいた。
「ガリオ。お前には、本当にこれまで何度助けられたことか」
「……そうよね。特に、あのゼム・ピトフーイ事件は、あたしたちだけじゃなくて、ブングラスの町の皆があんたに助けられたくらいだし」
「ゼム・ピトフーイ事件?」
聞き覚えのない単語に、ティフォーネが隣にいるガリオを見上げると、彼は嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしていた。
マリアがガリオにしがみつくカルマを見て、苦笑する。
「ティフォーネちゃんも知らないか。うちのカルマが生まれる前の話だもんね。20年前にブングラスの町に、突然ゼム・プトフーイという大きな鳥の魔物が現れたのよ」
「……あの時の被害は、もの凄くてな。町の1割近くの住民がその魔物の毒にやられたよ……ガリオの両親もな」
カルマの肩がビクっと震える。そして彼女は、恐る恐る顔を上げてガリオの様子を見た。
その視線に気づいたガリオが、悲しみを帯びた渇いた笑みを浮かべる。
「そうでしたね。でも思い返すと、あれこそ運が良かったです。あの時の俺は、無我夢中で山の中を走り回って、ゼム・プトフーイの卵を持ち帰れたわけですから。師匠たちのパーティが来てくれなかったら、町まで戻れたかどうか……」
「ガリオ、言ったでしょ。あんたが動いてくれたから、あたしたちは助かったの。それは運なんかじゃないわ」
「そうだぞ、ガリオ。私たちは運なんて曖昧なものに助けられたんじゃない。目の前にいるお前に助けられたんだ」
「……ガリオさん。お父さんとお母さんを助けてくれて、ありがとう」
今度こそガリオは、顔を真っ赤にして何も言えなくなってしまった。
その時、どこかからかグーッという、お腹の鳴る大きな音が店内に響いた。
ガリオが慌てて自分のお腹を見るが、そこにはカルマの小さな顔があって、ニコニコ微笑む彼女と目が合うばかりだった。
「さあさあ、立ち話はこれくらいにして、夕食の準備に取りかからなきゃ。あなたとガリオは、共同浴場で汗を流してきなさい。女の子二人は、あたしのお手伝いね。今日は腕によりをかけて、たくさんご馳走を作るわよ!」
「はいッ!」
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第49話 城塞都市オルソ⑩「カルマからのプレゼント」
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