第47話 城塞都市オルソ⑧「明日からの予定と予想外の衝撃」
ルシアン隊長はガリオの肩を組むと、上機嫌にニコニコと笑った顔を近づけてきた。
その顔を見たガリオは、何か嫌な予感が頭をよぎる。
「明日から帰る前に、今日みたいな稽古をしようよ。それが条件ね」
「……」
ガリオがジョシュアに助けを求めて顔を向けるが、彼は目を閉じて首を横に振るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それを見たガリオは天を仰ぎ、ルシア隊長が目の前にいるにも関わらず、大きなため息を吐いた。
「……分かりました。お相手させていただきます」
「そうこなくっちゃ。これでしばらく退屈しないなあ」
ルシア隊長はガリオからパッと離れると、「じゃあまた明日」と言い残して協会の中に戻っていく。
ガリオは呆然とその場に立ち尽くしたまま、その背中を見送るのだった。
「ティフォーネさん、また明日お会いしましょう」
「はい。さようなら、ジョシュアさん」
一人取り残されてしまったジョシュアは、顔を少し赤くしてティフォーネに別れを告げると、バタバタと走ってルシア隊長の後を追っていった。
「ガリオ様、明日から大変ですね」
「……ジョンさんのためだ。しょうがないよ」
ガッカリと肩を落とすガリオを見て、ティフォーネがクスッと笑みをこぼす。
そんなティフォーネの笑顔を見ていると、ガリオは今までの疲れがスーッと引いていくのを感じていた。
ガリオは今すぐにでもジョンに朗報を伝えに行きたいところだったが、その前に彼は、協会で明日以降の詳細な予定を確認しておかなければならなかった。
「まずは、明日からの冒険者登録のスケジュールを確認しないとな」
「ガリオ様。スケジュール表なら私が持ってますよ」
ティフォーネはお気に入りのピンクのリュックから、1枚の紙きれを取り出した。
そこには、今回の冒険者登録にかかる大まかなスケジュールが書かれている。
だが、それを見たガリオは苦笑すると、申し訳なさそうにして彼女に返した。
「ありがとう。でも、俺もルシア隊長のサポートをしなきゃならないから、その辺の詳しい事情も聞いてくるよ」
「分かりました!」
二人は協会の建物の中に戻り、近くを歩いていた協会のスタッフを捕まえる。そして、冒険者登録の手続きを担当する部署の場所を確認した。
「ここか」
「そうみたいですね」
ガリオたちが聞いたその部屋は、ボルド部長がいた資材調達部と同様に、多くのスタッフがバタバタと忙しそうに動き回っている所だった。
ガリオは入口付近にいたスタッフに事情を話すと、部屋の隅にあるテーブルの所で待つように指示され、ティフォーネと大人しく待つことにした。
「お待たせしました、ガリオさん。それと……」
しばらくして、眼鏡をかけた若い男性スタッフが現れると、ガリオの隣にいるティフォーネを見て、驚いた表情をしていた。
ガリオは慌てて立ち上がると、固まっている彼に事情を説明する。
「すみません。彼女は俺が護衛を依頼されている関係で、一緒に連れて来てしまいました。一応、彼女も今回冒険者登録をする予定になってます」
「そ、そうですか。いや、大丈夫ですよ」
男性スタッフは少し照れたように「ゴホンッ」と咳ばらいをすると、ガリオの対面の椅子に座った。
それを見て、ガリオも再び腰を下ろす。
「冒険者登録は、毎回100人ほどの希望者が集まります。今回も恐らく同じくらいでしょう」
「100人。結構集まるんですね」
その数に驚いたガリオだったが、男性スタッフのほうは何故か苦笑していた。
「でも忙しい時期は、200人以上集まることもあるんですよ。そうなったら、私たちは期間中ずっと徹夜ですね。ハ、ハハハ……」
「それは……ご苦労様です」
一瞬目が虚ろになる男性スタッフ。だが彼はすぐに意識を取り戻したようで、何事も無かったかのように説明を続ける。
「……えっと、それで新人たちを契約精霊の属性ごとにクラス分けします。ちなみに、貴女の契約精霊の属性は?」
「はい。私のアルちゃんは風属性です」
「風属性だと、黄色のクラスになりますね。他に火は赤色、土は緑色、水は青色といった具合です」
「……契約精霊がいない場合は、どうなるんですか?」
ガリオの真剣な表情を見て、男性スタッフはハッと一瞬驚いた顔をした。そして机の上で両手を組むと、声のトーンを一段落とす。
「契約精霊がいない新人も、毎年何人か来ています。まだ精霊と契約をしていない人、魔力回路が消耗して精霊を召喚できなくなってしまった人、そして……呪いの精霊に憑りつかれてしまった人。呪いの精霊に憑りつかれたら、自分の意思で精霊を召喚できませんからね」
そして、男性スタッフは少し顔をしかめると、難しい表情をした。
「こういったケースの新人は、白色のクラスに集められます。そして、このクラスには、剣術や薬草採取などの、他のクラスより実践的な講義が多めに組んでありますので、どうかよろしくお願いします」
「はい。お任せください」
男性スタッフに真っ直ぐな視線を向けられたガリオは、力強く頷いてみせる。
剣術を担当することになっている彼は、短い時間の中でも自分に伝えられることは全て伝えようと、決心したのだった。
「それで冒険者登録にかかる大まかな日程ですが、今回は通常どおりのスケジュールで、講義に3日、ダンジョンでの実技訓練で3日、合計6日間で行われます」
「はいッ! ダンジョンでの実技訓練ってどんなことするんですか?」
隣で話を聞いていたティフォーネが、サッと挙手して質問した。
スタッフは手元の資料をめくり、何かを探しているようだった。
「えーっと、今回はオルソ第2ダンジョンでの魔石集め、となっていますね。あそこは地下5階層ある初級・中級者向けのダンジョンで、実技訓練期間中は、地下1階部分だけ解放されます」
「地下1階だけ解放とは?」
耳慣れない言葉だったので、思わずガリオが聞き直した。スタッフは顔を上げ、ガリオに向かって頷いてみせる。
「ええ。新人たちが誤って地下2階に下りてしまうと、命を落とす危険がありますからね。ガリオさんにも要請があるかと思いますが、講師の人間やこちらで依頼した冒険者の人たちで、階段部分を立入禁止にしたり、ダンジョン内を巡回したりするんです」
そして男性スタッフは、ハーッと大きなため息を吐いた。
「過去に何度かあったんですよ。ノルマの数の魔石を集められなかった新人が、たくさんの魔物を一気に倒そうと立入禁止のエリアに入って、大怪我したり、亡くなったりしたことがね……」
その後、いくつか必要なことを聞いたガリオたちは、冒険者協会を立ち去った。
ガリオが特に印象に残ったのは、魔石を無理に集めようとして立入禁止エリアに入った新人の話だった。
「ティフォーネは、くれぐれも気を付けてくれよ。ダンジョンで、無理は禁物だからな」
「はいッ! ガリオ様に心配をかけないようにしますね」
明るく返事をするティフォーネを見て、ガリオはホッと一安心した。
聡明な彼女のことだ。決して、冒険者登録では無茶なことはしないだろう。
ガリオはジョンに朗報を早く伝えるべく、早足で彼のお店に向かった。
ジョンやマリアの喜ぶ顔を想像するだけで、ガリオは足取りが軽くなるのを感じる。
そして、お店の前に到着した時のことだった。
「ジョンさん、ただいま戻りま───」
───ドンッ!
扉を開けた瞬間、ガリオは腹部に予想外の衝撃を受けた。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第48話 城塞都市オルソ⑨「ゼム・ピトフーイ事件」
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