第46話 城塞都市オルソ⑦「ルシア隊長の正体とご褒美」
構えを解いたルシア隊長から殺気のこもった視線を向けられ、テストを止めに入ったスタッフは震えあがった。
その足はガクガク震えて、まともに声も出ない。
「ローグライト卿! お怪我はありませんかッ!」
そこに青ざめた表情をしたハリー支部長が、ガリオたちのもとにバタバタと駆け寄ってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
彼はルシア隊長の目の前まで近寄ると、ハンカチで滝のように流れる汗を拭いている。
「やあやあ、ハリー男爵。そう言えば、あなたはここの協会の支部長でしたね。あいかわらず口ひげがチャーミングですね」
「あ、ありがとうございます。ローグライト卿にお怪我がないようで、安心しました」
ハリー支部長は、ルシア隊長の体を見回して無事を確認すると、ホーッと大きく胸をなで下ろした。
しかし、にこやかな笑顔を浮かべるルシア隊長は、細い目をうっすらと開いて、支部長を射貫いた。
「へえ……この私が怪我をするとでも? 面白い冗談を言いますね、ハリー支部長」
「い、いえッ! 滅相もございませんッ! 申し訳ありませんでしたッ!」
「いやいや。今の冗談は本当に面白かったですよ」
「は、ははは」
ルシア隊長にポンポンと肩を叩かれるハリー支部長だったが、冷や汗のほうは全く止まりそうに無かった。
何度も何度も汗を拭いている彼のハンカチは、大分湿ってきている。
そんなハリー支部長の後ろから、ボルド部長が恐々と声をかけた。
「あのー……ハリー支部長。ルシア隊長は、どちらかの高貴なお方なのですか?」
「───ッ! ば、馬鹿野郎ッ!」
慌ててボルド部長の口を塞ぐハリー支部長。
彼は血走ったその目で、ボルド部長を殺してやろうかというほど睨みつけている。
「このお方は、ローグライト侯爵閣下の御子息、ローグライト子爵ルシア殿だッ!」
「え、えええッ!」
口をあんぐりと大きく開けて、絶句するボルド部長。
ルシア隊長はポリポリと頬をかくと、つまらなさそうに軽くため息を吐いた。
「あーあ。意外と早くバレちゃいましたね。もう少し楽しみたかったんですが」
「……隊長、勘弁してくださいよ」
ジョシュアがバッグからタオルを取り出し、ルシア隊長に差し出す。
ガリオもティフォーネから渡されたタオルで汗を拭いていたが、ボルド部長と同じように、驚きの余りその手は止まっていた。
「それでローグライト卿、こちらの冒険者のお方は……?」
ハリー支部長が、恐る恐るガリオのほうに顔を向けた。
彼はルシア隊長とガリオとの関係が分からないため、慎重な態度で接するしかなかった。
一方のルシア隊長は、ガリオの肩に手を乗せて、気さくな態度でハリー支部長に紹介する。
「この人はね、明日から私の講義をサポートをしてくれる、冒険者のガリオ君ですよ。彼のテストは合格でいいですよね?」
「も、もちろんでございますともッ! この度の非礼の数々、誠に申し訳ございませんッ!」
ルシア隊長に視線を向けられたボルド部長は、真っ青な顔でコクコクと何度も頷くと、深々と頭を下げて謝罪した。
ルシア隊長は頭を下げるボルドのそばまで歩み寄ると、その肩をポンポンと軽く叩く。
「ある意味、ボルド部長のおかげでガリオ君と楽しい時間を過ごせたと言えますから、気にしていませんよ。しかし……」
ホッとして顔を上げたボルド部長の肩を、ルシア隊長がグッと掴む。
痛みに顔を歪めるボルド部長に、ルシア隊長は顔を少し近づけると、今までにない低い声で言った。
「……回復ポーションの件は、ちょっといただけませんね。後で、ゆっくりお話を聞かせてください」
「なッ!」
「回復ポーション?」
再び奈落の底に突き落とされたボルド部長。
事情が分からないハリー支部長が、顔を真っ赤にしてボルド部長に詰め寄った。
「どういうことだ、ボルドッ!」
「いや、これは、その……」
「はっはっは」
爆弾を落とした張本人のルシア隊長は、朗らかに笑いながらガリオと向き合った。
彼の後ろでは、右手で頭を抱えたジョシュアが、ハーッと深いため息を吐いている。
「ガリオ君。今日は随分楽しませてもらいましたよ」
「……いえ、俺のほうこそローグライト子爵の胸を貸してもらって、恐縮です」
「ルシア隊長でいいですよ。本当に君は、良い人みたいですねえ」
ルシア隊長は口に手を当てて、「くっくっく」と控えめに笑っていた。
頭を下げるガリオの後ろから、ティフォーネがひょっこりと顔を出す。
「ルシア隊長って、貴族の偉い人なんですよね。でもどうして、王国軍に入ってるんですか?」
ティフォーネの疑問は、ガリオも内心考えていたことだった。
ブングラスの町にも男爵が一人いるが、剣を片手に戦場の最前線で戦うような人ではないことは確かだ。
「私も父上から、小さいながらも領地を任されていますから、我が領民を守るために王国軍の隊長をやっているんですよ」
「わあッ! ルシア隊長、カッコいいですね」
「……ティフォーネさん、騙されちゃいけない。単純に、隊長は戦うのが好きなだけだから」
ティフォーネにコソコソ耳打ちをするジョシュア。
そんな彼を、ルシア隊長が細い目でジロリと睨む。
「ジョシュアー。何か言ったかあ」
「いえッ! なんでもありませんッ!」
ビシッと直立するジョシュアを見て、ティフォーネがコロコロと笑っていた。
ガリオがふとルシア隊長の後ろを見ると、ハリー支部長がボルド部長を連れて協会の中に入っていくところだった。
また、広場にいた見物人たちも、三々五々に散っていく。
「ティフォーネ。俺たちもそろそろ行こうか」
「分かりました」
「では、ルシア隊長。俺たちは今日はこれで失礼します」
「ああ、ガリオ君。ちょっと待ってください」
一礼して歩き出そうとしたガリオに、ルシア隊長が呼び止めた。
彼はガリオに顔を近づけて、内緒話でもするように小さな声で話しかける。
「冒険者協会が君の知り合いから、回復ポーションを不当に安く買い取ろうとしていたことは、今後無くなると思うよ。私が保証しよう」
「本当ですかッ! ありがとうございます、ルシア隊長」
テストに合格したものの、その事がずっと気になっていたガリオの顔が、パッと明るくなった。そして、深々とルシア隊長に頭を下げる。だが───
「そ・の・か・わ・り」
ルシアン隊長はガリオの肩を組むと、上機嫌にニコニコと笑った顔を近づけてきた。
その顔を見たガリオは、何か嫌な予感が頭をよぎる。
「明日から帰る前に、今日みたいな稽古をしようよ。それが条件ね」
「……」
ガリオがジョシュアに助けを求めて顔を向けるが、彼は目を閉じて首を横に振るのだった。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第47話 城塞都市オルソ⑧「明日からの予定と予想外の衝撃」
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