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第44話 城塞都市オルソ⑤「ルシア隊長の猛攻とガリオの反撃」

「ガリオ君も大変だねえ。だけど今の話を聞いて、私が手を抜くと思わないでね。だって、私は───」


 ルシア隊長は、ガリオにグッと顔を近づけて言った。

 その口元は、楽しくて楽しくて笑いだすのを(こら)えるように、(なな)めに大きく()り上がっていた。


「───負けた相手を上から見下ろすのが、すっごく好きなんだからッ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガリオたち一行が協会を出て中庭の広場に到着(とうちゃく)すると、そこでは何人かの冒険者がランニングしていたり、トレーニングをしていた。

 しかし、ガリオたちのただ事ではない雰囲気(ふんいき)を感じ取ると、その手を止めて遠目(とおめ)から眺めている。


 ガリオは愛剣(あいけん)や荷物をティフォーネに(あず)けて、軽くウォーミングアップを始めた。

 しばらくすると、木剣(ぼっけん)を持ったスタッフが()け寄ってきて、ガリオとルシア隊長にそれぞれ渡していく。


「おっほんッ! 早速(さっそく)その冒険者のテストを始めるわけだが……」


 ボルド部長は一旦(いったん)言葉を()めると、二人をジロジロと見回す。

 そして、彼は口元をニヤリと(ゆが)めると、ガリオに信じられない条件を突き付けた。


「テストのクリアの条件は、ルシア隊長に勝つということでいいね」

「───ッ!」

「ええッ!」


 ガリオの顔が一層苦々(にがにが)しい表情に変わり、ジョシュアが驚きの声を上げる。

 一方のルシア隊長はニコニコ笑っていて、その笑顔の奥で何を考えているのか、傍目(はため)からは分からなかった。


「ボルド部長、いい加減してくださいッ! 何様(なにさま)のつもりなんですかッ! あなたは知らないかもしれませんが、ルシア隊長は───モガモガッ!」

「はあい、そこまで」


 ボルド部長に食ってかかるジョシュアの口を、後ろからルシア隊長が(ふさ)いだ。そして、少し(あき)れたように首を左右に振る。


「ジョシュア。せっかくの楽しい時間を邪魔(じゃま)しないでもらえますか?」

「……モガ」


 大人しくなったジョシュアを解放し、ルシア隊長はガリオに向き直った。

 彼の顔には上機嫌な笑みが戻っており、右手に持った木剣をクルクルと振り回して(もてあそ)んでいる。


「くっくっく。ガリオ君、相当ハードルが上がってしまいましたね」

(まい)ったな……。ルシア隊長相手にどのくらいもつか分かりませんが、全力でぶつからせてもらいます」


 ガリオは頭をポリポリかくと自分の足元を見て、フーッと大きな息を吐いた。

 そして、覚悟(かくご)を決めたように木剣をグッと握りしめると、ゆっくりと切っ先をルシア隊長に向けた。


「ひとつ、お相手願おう」

「へー」


 ガリオの目には、これから『剣の天才』と言われるルシア隊長と戦うことへの、不安のような影が全く見られなかった。

 彼の気迫(きはく)を感じ取ったルシア隊長の(まゆ)が、ピクリと震える。そして、細い目がうっすら開いて、鋭い視線がガリオを射貫(いぬ)いた。


退屈(たいくつ)任務(にんむ)だと思っていたけど、これは楽しめるかもしれませんね」


 ルシア隊長はペロリと唇をなめると、右手に持った木剣を引き(しぼ)るように(かま)えた。

 逆に空いている左手は前に出し、ガリオを真っ直ぐ(ねら)っている。


 それはまるで、見えない弓矢(ゆみや)を構えているかのようだった。


「ガリオ様ッ! 負けないでッ!」


 ティフォーネが大声を出して、懸命(けんめい)に応援する。ガリオは彼女のほうを見ずに、コクリと(うなず)いてみせた。

 すると、ガリオの体から魔力が()き出し、一瞬で全身を(おお)った。彼は、無詠唱(むえいしょう)で白魔法『身体強化(フィジカルブースト)』を使ったのだ。


 だが、ルシア隊長はそれを見ても驚かなかった。それどころか、「ピューッ」と口笛(くちぶえ)を吹いて感心している。


白魔法(しろまほう)の『身体強化(フィジカルブースト)』くらい、ハンデとして認めてあげますよ。じゃあまずは小手調(こてしら)べといきましょうか。シッ!」


 ルシア隊長が体勢を一層低くしたと思った瞬間、見物する冒険者たちの目には、彼の姿が消えたように見えた。そして───


 ───ガギッ!


 鉄の棒で(かた)い岩を叩いたような、耳障(みみざわ)りな音が広場に(ひび)く。

 見物人たちが次にルシア隊長を確認できたのは、ガリオと鍔迫(つばぜり)り合いをしているところだった。


「くッ!」

「ふーん。よく(かわ)しましたね」


 ルシア隊長の神速(しんそく)の突きは、ガリオの心臓(しんぞう)を狙っていた。

 だが、ガリオはかろうじて剣で受けて、その軌道(きどう)()らすことに成功した。


 すると、久しぶりに手ごたえのありそうな相手に(めぐ)り合ったことで、ルシア隊長の笑みが深くなった。


「だけど、まだまだこれからですよ」

「───わッ!」


 一瞬の鍔迫り合いの押し引きで、ルシア隊長が体を左に(かたむ)けると、ガリオの体勢(たいせい)は少し前に(くず)れてしまった。

 ガリオの足下では、剣を思い切り引いた体勢で、ルシア隊長が笑っている。


「シッ!」


 至近距離(しきんきょり)からの2連突(れんづ)き。

 ガリオは体を回転させながらも初撃(しょげき)は木剣で防いだが、2撃目をわずかに右肩に食らってしまった。


「ぐわッ」

「ピュー、これでも仕留(しと)められませんか」


 口笛を吹いてガリオを(たた)えるルシア隊長。彼は、ガリオが自分の攻撃からちゃんと致命傷(ちめいしょう)()けていることが、楽しくて仕方なかった。


「シッ!」


 ガリオの急所目掛(めが)けて、ルシア隊長の木剣が連続して(おそ)いかかって来る。

 それをガリオは、徐々に後ろに下がりながら受け流して()えるしかなかった。


「す、すごい……」


 ガリオがルシア隊長の猛攻(もうこう)(しの)いでいるのを見て、ジョシュアは絶句していた。

 大抵(たいてい)の者は、ルシア隊長の最初の一撃で(ひざ)(くっ)するか、運良くそれを(かわ)したとしても、次の連続攻撃でほぼ倒されてしまうからだ。


 かくいうジョシュアも、ルシア隊長とあんなに長く剣を打ち合うことができない一人だ。


「ね、ねえ、ガリオさんって何者なの?」


 ジョシュアはガリオたちから目を離さずに、横に立つティフォーネに聞いてみた。

 同じく、ハラハラしながらガリオから目を離せないでいるティフォーネは、ジョシュアの言葉に軽く首を左右に振った。


「私もまだガリオ様と知り合って、まだそう長くありません。でも───」


 そう言ってティフォーネは、胸の前で組んでいる両手を、ギューッと一層(いっそう)強く握り締めた。


「ガリオ様が何者であろうと、私はパートナーとして彼を支えていこうと思っています」

「ティフォーネさん……」


 ガリオは『身体強化(フィジカルブースト)』で身体機能(しんたいきのう)を高めているにも関わらず、何の魔法も使っていないルシア隊長の攻撃を、完全に防ぎきれないでいた。

 彼の顔や肩、太ももなどに、ルシア隊長の木剣の(かす)った(あと)が徐々に増えていく。


(……そろそろ終わりにしましょうか)


 ガリオにまだ致命傷を与えることが出来ていないルシア隊長だったが、彼はこのテストをさっさと終わらせることを決めた。

 彼にはまだまだ余裕(よゆう)があったが、ガリオのほうがこのまま何もできず、先に(つぶ)れていくのが目に見えていたからだ。


 ガリオが必死になって戦っている背景に、何の興味も持っていないルシア隊長は、純粋(じゅんすい)にガリオとの勝負を楽しみたいだけだった。


 ルシア隊長は、突き一辺倒(いっぺんとう)だった攻撃から、いきなり太刀筋(たちすじ)()り払いに変化させる。

 彼は、ガリオがこの急激(きゅうげき)な変化に反応できず、木剣を脇腹(わきばら)に食らうものだと考えていた。しかし───


「うおッ!」

「なにッ!」


 ガリオは驚いた様子でルシア隊長の必殺の横払いを、後ろに飛んで(かわ)した。そしてすぐに体勢を立て直し、再び木剣をまっすぐ構える。


(……まぐれか?)


 ルシア隊長は一旦(いったん)離された間合いから、神速(しんそく)の突きでガリオに(せま)るが───


「ヌンッ!」


 今までルシア隊長の攻撃に対して、木剣で()らすことしか出来なかったガリオが、このテストで初めて攻撃に転じた。

 ルシア隊長の地面から迫るような攻撃に対して、ガリオはタイミングを合わせて上段から木剣を振り下ろした。


 ガンッ!


 二人の木剣が一瞬交わった。

 そして、ガリオの(ふところ)まで(すべ)り込んだルシア隊長は、彼の体を横にずらして体勢(たいせい)を崩そうとする。

 そして、至近距離からの突き。だがガリオも体をくるりと回転させることで、ルシア隊長の突きをギリギリで(かわ)した。


 さらにガリオは、回転した勢いを利用して、ルシア隊長に向かって木剣を横から大きく()ぎ払ったのである。


「はははッ!」


 ルシア隊長が初めて、声を上げて笑った。

次話は、明日の夕方5時に投稿します。

第45話 城塞都市オルソ⑥「テストの終わりとハリー支部長」


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