第43話 城塞都市オルソ④「剣の天才と彼の嗜好」
「ジョシュアー。何か言ったかあ」
「いえッ! なんでもありませんッ!」
顔だけ後ろを振り向いたルシア隊長から、チクリと指摘されたジョシュアは、その場でビシッと気を付けの姿勢をとる。
その光景を見ていたガリオの顔は青ざめており、額には冷や汗がダラダラと流れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ナイステイト王国第1軍団軽歩兵隊のルシア隊長と言えば、『剣の天才』としてその名が知られており、冒険者の中でも彼の武勇伝はたびたび噂になるほどだ。
彼は若干16歳の時に、細剣を扱う最大流派である落葉突貫流の免許皆伝を授けられており、戦場では数々の武勲を上げていた。
しかし、以前は魔物の侵攻から国境を守る第4軍団に所属していたが、現在は王都周辺を守護する第1軍団に配置が変わっており、酒場でルシア隊長の話を聞く機会は減りつつあった。
(あのルシア隊長が、なんでこんな所にいるんだよッ!)
そんな『剣の天才』と称されるルシア隊長が今回の自分の相手だと分かり、ググッと拳を握りしめるガリオの左手は、汗で濡れていた。
呆然と立ち尽くすガリオを横目で見ていたボルド部長は、ニヤリと嫌らしく笑うと、椅子から立ち上がってルシア隊長たちを出迎えた。
「ルシア隊長。忙しいところお呼び立てして申し訳ない。実は、隊長のサポートにこのガリオという冒険者を付けようと思ったんだが、いかんせん冒険者レベルが2と低くてね。どれほどの腕かテストしてもらいたいんですよ」
「へー、そうなんですか」
「なッ!」
ボルド部長の話を聞いたルシア隊長は、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべて、その細い目でガリオのほうをジロジロ見ていた。
しかし、彼の後ろにいたジョシュアが、なぜか絶句したまま固まっていた。
「ボルド部長ッ! ルシア隊長をテストの物差しにするなんて、失礼でしょうッ!」
「まあまあ、ジョシュア。落ち着いてください」
「でも、隊長ッ!」
顔を真っ赤にして怒っているジョシュアを、ルシア隊長が嬉しそうな表情で制止する。
彼は今の状況を楽しんでいるようだった。
フーッと一つ大きな深呼吸をしたガリオは、お腹の奥底に気合いを込めると、ジョシュアをなだめる隊長の後ろから声をかける。
「ルシア隊長、初めまして。俺は、ブングラスの町で冒険者をしているガリオと言います。あの有名なルシア隊長とお手合わせできることを、とても光栄に思います。どうか胸を貸してください」
ガリオはルシア隊長の目をしっかり見つめると、頭を少し下げた。
そんなガリオが腰に下げている『虹切』を見て、ルシア隊長の目線が一瞬鋭くなった。
「ガリオ君だっけ? 刀を使うなんて、珍しい冒険者ですねえ。それ、扱うのが難しい武器でしょう。ガリオ君が見掛け倒しじゃないことを、祈ってますよ」
ルシア隊長は大げさに肩をすくめて、ガリオの肩をポンポン叩いた。
しかし、ジョシュアは自分の上司がガリオの相手をすることを、何故か必死になって止めようとしていた。
「ガリオさん、あなたの剣の腕がどの程度か分かりませんが、生半可な腕で隊長を相手にしたらタダじゃ済みませんよ。代わりに、僕がお相手しますから」
「ジョシュア。勝手なこと言わないでくださいよ」
実はジョシュアは、第1軍団のトップである軍団長から、ルシア隊長が余計な騒動に首を突っ込んだりしないように、見張っておく役割を内密に命令されていた。
ジョシュアの苦労も知らず、ルシア隊長はお気に入りのおもちゃを取り上げられた子どものように、拗ねた顔をしている。
しかし、ジョシュアの申し出に対して、ボルド部長が笑いながら首を横に振った。
「いやいや、ジョシュアさん。この男は、剣の腕に相当自信があるそうだから、ここはルシア隊長にお願いしたいんですよ。万が一ケガをしても、回復ポーションはこっちで出しますから」
「だそうですよ、ジョシュア。ここは優しい私が、ガリオ君にひとつ胸を貸してあげましょう」
先ほどまでの眠気はすっかり吹き飛んだようで、ルシア隊長はニコニコと上機嫌で笑っている。
一方で軍団長の命令を遂行できなかったジョシュアは、反対側を向いてこっそりとため息をついた。
「……隊長はただ戦いたいだけでしょう」
「ジョシュアー。何か言ったかあ」
「いえッ! なんでもありませんッ!」
再びビシッと気をつけの姿勢をとるジョシュア。すると、彼の耳にクスクスと笑う小さな声が聞こえてきた。
ジョシュアが笑い声のするほうに顔を向けると、ガリオの陰に隠れるように、口元に手を当てて微笑むティフォーネがいた。
「き、君は……」
「あ、笑っちゃってごめんなさい」
軽く頭を下げるティフォーネを、ジョシュアが慌てて制止する。
彼の顔は、ほんの少し紅潮していた。
「ぜ、全然大丈夫だよ。こっちこそ変なところを見せちゃって、ごめんね」
「私はティフォーネ。よろしくね、兵隊さん」
「僕はジョシュアっていうんだ。こちらこそ、よろしく」
ティフォーネが向ける可憐な笑顔に、ジョシュアの顔はいよいよ真っ赤になっていた。
場違いな空気が流れ始めたところで、ボルド部長が「うおっほんッ!」と大きな咳払いをする。
「ではルシア隊長、早速この男をテストしてもらえるかな?」
「私はいつでも大丈夫ですよ。ガリオ君はどうですか?」
「俺も大丈夫です」
二人の返事を聞いたボルド部長は、近くにいた女性秘書に何かを指示をすると、部屋の扉に向かって歩きだした。ガリオたちもそれに続く。
道すがら、ルシア隊長が砕けた口調でガリオに話しかけてきた。
「ねえねえ、ガリオ君。君いくつ?」
「30歳になります」
「へー、私より5つ年上だね。あ、『ガリオ君』と呼んでもいいよね」
「どうぞ、大丈夫です」
「その歳で冒険者レベル2って低いね。なんで?」
「……精霊と契約できなかったので」
「あー、それでか。かわいそうにねえ」
すると、後ろで小さなため息を吐いたジョシュアが、二人の会話に加わってきた。
「ルシア隊長、ガリオさんに失礼ですよ。すみません、うちの隊長が」
「いいえ、お気になさらず。事実ですから」
「ガリオ君は良い人みたいだねえ。それなのに、なんでこんなことになってるの? あの豚を何か怒らせるようなことした?」
「ウフフッ!」
一行の先頭を歩くボルドを、豚よばわりするルシア隊長。
それを聞いたティフォーネが、軽く吹きだした。
「実は───」
ガリオは今回のテストに至った経緯を、ルシア隊長とジョシュアに簡単に説明した。
説明を聞いたルシア隊長は、「ふんふん、なるほどね」と頷いている。
「ルシア隊長、これは───ッ!」
「シッ」
何か言いかけたジョシュアに対して、ルシア隊長は人差し指を自分の口に当てて、彼にこれ以上何も言わせなかった。
そして彼は、親しげにガリオの肩に手を置いた。
「ガリオ君も大変だねえ。だけど今の話を聞いて、私が手を抜くと思わないでね。だって、私は───」
ルシア隊長は、ガリオにグッと顔を近づけて言った。
その口元は、楽しくて楽しくて笑いだすのを堪えるように、斜めに大きく吊り上がっていた。
「───負けた相手を上から見下ろすのが、すっごく好きなんだからッ!」
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第44話 城塞都市オルソ⑤「ルシア隊長の猛攻とガリオの反撃」
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