第42話 城塞都市オルソ③「ガリオのテストとルシア隊長」
すると、ガリオの腰に下がった『虹切』を見たジョンが、急に何かを思いついたようにハッとした顔をした。
そして、彼はなぜか申し訳なさそうな様子で、話を切り出した。
「ガリオ、実はお前に相談があるんだ。冒険者協会で剣術担当の講師が不足しているらしくてな。やってみる気はないか?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ジョンからの突然の申し出に、ガリオも最初は戸惑ったものの、子どもの頃からずっと彼には色々とお世話になっているので、断る選択肢は無かった。
「ジョンさんの頼みなら、引き受けさせてもらいますよ。どこまでお役に立てるか分かりませんが」
ガリオの返事を聞いて、ジョンはあからさまにホッとしたような表情を浮かべた。
二人の会話を聞いていたティフォーネは、ガリオの隣で「協会でも一緒にいれますね」と素直に喜んでいる。
「本当にすまないな。俺は自分で作った回復ポーションを、冒険者協会の資材調達部という部署に卸しているんだが、そこの部長がうるさい人でな。『回復ポーションをお店で売っているなら、剣士の一人くらい知っているだろう』ってしつこかったんだ」
ジョンは大きなため息を吐きながら、お店の窓の外に視線を移す。
時折、近所に住む子どもたちが、お店の前を元気よく駆けていく姿が見られた。
「最近は、その部長から回復ポーションの無茶苦茶な値下げまで迫られていたから、今日ガリオが店に顔を出さなかったら、一体どうなっていたことか。本当にありがとう」
「じょ、ジョンさん、頭を上げてくださいよ! まだ採用されるって決まった訳じゃないんですから!」
深々と頭を下げるジョンを見て、ガリオは慌てて彼を止めるのだった。
そして、冒険者登録の講義は明日から始まることもあり、これからすぐに冒険者協会へ戻ることにした。
「資材調達部の部長は、ボルドという人だ。もし協会でボルド部長と話してみて、どうしても無理そうだったら、この話は断ってもいいからな。俺のことは気にするな」
「……はい!」
ジョンから資材調達部宛の紹介状を受け取ったガリオは、早足でもと来た道を引き返していった。
ガリオの隣には、当然のようにティフォーネがついてきている。
「ティフォーネ、別に無理についてくる必要はないんだぞ?」
「いいえ、ガリオ様。私はまだこの街に不慣れなので、ガリオ様と一緒にいたほうが安心なんです」
「……分かった」
二人が冒険者協会のロビーに戻ってくると、冒険者登録の受付窓口には、相変わらず手続きを待つ人たちの長い列ができていた。
その行列の中に、あのイケメンの青年の姿は見当たらず、彼はすでに手続きを終えて別の場所に行ったようだ。
ガリオは空いている受付窓口のスタッフに、ジョンから預かった紹介状を渡す。
しばらくその場で待っていると、廊下の奥から別のスタッフが現れた。
「ガリオさん、お待たせしました。ご案内しますので、こちらへどうぞ」
スタッフに案内されて、ガリオたちは協会の奥の部屋に通された。
そこには、多くのスタッフが忙しそうに事務作業をしており、部屋全体がザワザワと騒がしかった。
案内のスタッフは、雑然としている机の間を縫って進んでいくと、一番奥の窓際にある一際大きな机の前でその足を止めた。
「ボルド部長。ガリオさんをお連れしました」
その机の主は、騒がしい部屋の中で一人優雅に紅茶をすすっていた。
でっぷりと肥えたお腹が、机と椅子の間で窮屈そうに見える。
「フンッ。君がガリオとかいう冒険者か。私はボルドだ」
「初めまして、ボルド部長。ジョンさんの紹介で来ました、ガリオと言います。剣の扱いには多少の心得があります」
「……横にいる子は?」
ボルド部長が隣にいるティフォーネに関心を向けたのを見て、ガリオの中に後悔の念が一瞬だけ浮かんだ。
しかし彼は、ティフォーネをこの場から追い出すことはしなかった。
「彼女は今回の冒険者登録にきた新人です。俺は、彼女から護衛クエストの依頼を受けているので、連れて来てしまいました。申し訳ありません」
「冒険者レベル2の君が護衛? ふうん……」
ボルド部長が、ティフォーネをジロジロと好色の目つきで眺める。
ガリオはその目線を遮るように、少しだけ横に体を移動させた。
「それで仕事内容は───」
「フンッ、気に入らんな」
「───えッ?」
ボルド部長は手に持っていた紹介状をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱の中に捨てた。
そして、机に両肘を立てて、不満そうに顔をしかめる。
「君の冒険者レベルは、たったの2なんだろ。悪いが、そんな低レベルの腕前で、新人たちの剣術の講師が務まるとは思えんな」
人のことを見下すようなその物言いに、ガリオはカチンときたが、ここはジョンの取引先でもあるので、文句を言いたくなる気持ちをグッと堪える。だが───
(───ハッ!)
冷っとした空気を感じて、隣を見たガリオの顔がサッと青ざめた。
ニコニコと笑みを浮かべるティフォーネの背後から、怒りの炎が少しずつ燃え上がりつつあるのを見たからだ。
アーノルドたちとの騒動を思い出したガリオは、事態を打開するアイデアを捻り出した。
なにより、恩人のジョンのためにも、ここで簡単に引く訳にいかなかった。
「ボルド部長の言うとおり、俺の冒険者レベルは低いですが、それは契約精霊がいないからです。剣術の講師としてお役に立てるかどうか、テストしてもらって構いません」
ガリオの提案を聞いたボルド部長の片方の眉が、ピクリと持ち上がった。
そして、彼は紹介状を捨てたゴミ箱のほうをチラリと一瞥すると、口を歪めてニンマリと笑った。
「ほうほう。顔に似合わず、勇ましいことを言うじゃないか。そこまで言うなら、君の剣の腕前をテストさせてもらうとしよう」
「ありがとうござい───」
「ただしッ! それで見込み違いだったとしたら、君を紹介した錬金術師のジョンに責任を取ってもらうからな」
「なッ!」
ボルド部長の言葉に、さすがのガリオも頭に血が上る。そして、前よりも痩せて見えたジョンが、大きなため息を吐いている姿を思い出した。
彼はグッと拳を握り締め、ボルド部長のテーブルの前に進み出る。
「いいでしょう。もし俺が今回のテストに合格したら、ボルド部長がジョンさんに要求している回復ポーションの不当な買い取り価格の引き下げを、今後一切行わないと約束してください」
「なにッ!」
パチパチパチとガリオの背後から、ティフォーネの小さな拍手が聞こえた。
また、二人のやり取りを聞いていたこの部屋のスタッフたちからも、「おおおッ」と感心する声が聞こえる。
ボルド部長の顔は真っ赤に染まり、口の端がピクピクと痙攣していた。
そして、息をひとつ大きく吐きだすと、ガリオをギロッと睨みつける。
「……よっぽど腕に自信があるんだな。レベル2の分際で」
そしてボルド部長は、「おいッ!」とスタッフの一人を呼び出した。
ガリオたちの後ろにいたスタッフが、慌ててボルド部長の横に駆け寄ってくる。
「王国軍から派遣されてきた剣術担当の講師の男、まだ協会の中にいるんだろう。今すぐ連れてこいッ!」
「は、はいッ!」
スタッフの男性は、この部屋から走って出ていった。
ボルド部長はその背中を見送ると、椅子をくるりと回し、ガリオたちに背を向けて黙って紅茶をすすっていた。
一方のガリオは、どんな強敵が姿を現すのか、手に汗を握って静かに佇んでいる。
しばらくすると、先ほど部屋を出ていったスタッフが、二人の男性を連れて戻ってきた。
その男性たちは、この西の王国の兵士と思われる正式な鎧を着ている。
「話ってなんですか、ボルドさん。こっちは打ち合わせの途中だったんですけどねえ」
青色がかったグレーの髪をした細身の兵士が、ボルド部長に憎まれ口を叩きながら近づいてきた。
しかもそのあとすぐに、口元を左手で隠して大あくびをしている。
「……ルシア隊長はずっと寝てたくせに」
眠たそうにしているルシア隊長の後ろで、付き人のように控えていたもう一人が、ボソッと小さな声で文句を言った。
栗色の明るい髪をしたその青年は、前に立つ隊長をジト目で見ている。
「ジョシュアー。何か言ったかあ」
「いえッ! なんでもありませんッ!」
顔だけ後ろを振り向いたルシア隊長から、チクリと指摘されたジョシュアは、その場でビシッと気を付けの姿勢をとる。
その光景を見ていたガリオの顔は青ざめており、額には冷や汗がダラダラと流れていた。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第43話 城塞都市オルソ④「剣の天才と彼の嗜好」
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