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第39話 ウート村⑧「ダンジョンからの脱出」

 アスタロスの突然の提案(ていあん)に、ガリオは戸惑(とまど)ってしまった。

 ボーッとなる彼の視界の中に、彼女の足下から流れるように床を()っている、長く(つや)やかな黒髪が目に入った。


「……アースちゃんの、その美しい黒髪をください」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガリオの要求(ようきゅう)を聞いたアスタロスは、笑顔のままで固まっていた。

 彼女が急に動かなくなってしまったため、ガリオは(おそ)る恐る声をかける。


「あ、アースちゃん?」

「……ぴ」

「ぴ?」

「……ぴぴ」

「あ、あの?」

「ぴゃあああああああああッ!」

「アースちゃんッ!」


 ガタガタガタガタッ!


 突然奇声(きせい)を上げたアスタロスは、両手で顔を隠すようにして、再び石棺(せっかん)の後ろに回って姿を消してしまった。

 そしてなぜか、石棺が先ほどよりも(はげ)しく(ふる)えている。


 すると、(あせ)った表情をしたアスタロスが石棺の後ろから顔を出し、(ふた)の上をペシペシと(たた)き始めた。


「こ、こらッ! (さわ)ぐでないッ! あの人間が見ているではないかッ! 落ち着けッ! 落ち着くのじゃッ!」


 ガリオに聞こえないように小さな声で言っているつもりだろうが、彼に耳には丸聞(まるぎ)こえになっている。

 しかし、ガリオは押し寄せる眠気(ねむけ)と必死に戦っており、アスタロスの言っている内容をあまり理解していなかった。


 アスタロスは、石棺の後ろから顔を出したまま大きく深呼吸しているが、前に出てくる気配はなかった。


「お、お、お前ッ! 言っている意味が分かっておるのかッ! (かみ)は女の命なのじゃぞッ! そ、それを───」

「あ、いや……駄目(だめ)だったら、他の物にします。俺は、アースちゃんを困らせるつもりは無かったんです」

「……お前はどうして、この黒髪を(ほっ)するんじゃ?」

「この部屋に入ってきた時から、アースちゃんのその髪が心から美しいと思っていたから……」

「美し───ッ!」


 ガタガタガタガタッ!


 アスタロスがまた頭を隠すと、石棺もまた小刻みに震え出した。しかし、彼女の右手だけが、無言で石棺の蓋をペシペシと叩いている。


 しばらくして右手が奥に引っ込むと、「オッホン」と(せき)ばらいをしたアスタロスが石棺の前に出てきた。

 その視線はガリオを見ておらず、広間の天井を彷徨(さまよ)っている。


「───じゃろ」

「え?」

()いじゃろッ!」


 なぜか()ずかしそうに(さけ)んだアスタロスは、左手で無造作(むぞうさ)に自分の髪の一部を(つか)むと、右手でバッサリと切り落とした。


 すると、切られた黒髪が急速(きゅうそく)(ちぢ)んでいき、彼女の左手の中に(おさ)まっていった。

 アスタロスは左手の中をしばらく見つめていると、ガリオのほうへ歩み()っていく。


「左手を出すのじゃ」

「は、はい」


 ガリオは言われたとおりに、手の平を上にして左手を差し出した。

 だが、アスタロスから手首を掴まれると、手の平を下に返された。

 そして、彼女がガリオの左手の小指の上に何かを当てた途端(とたん)、パッと一瞬その部分が(かがや)いたのだった。

 

「よしッ!」


 ガリオの小指を見て、満足そうに(うなず)くアスタロス。

 ガリオもつられて自分の小指を見ると、そこには真っ黒な石が付いた指輪(ゆびわ)がはめられていた。

 その黒い石は、アスタロスの黒髪と同じように(つや)やかな美しい輝きをしている。


 (やみ)精霊(せいれい)であるアスタロスに触られたことで、ずっと眠気を我慢(がまん)してきたガリオの意識が、次第に途切(とぎ)れ始めてきた。

 彼は立っていることも出来ず、両足を(ひざまず)いて前に倒れ込む。


 ガリオの前に立っていたアスタロスは、(あわ)てることなく、倒れかかって来るガリオを優しく抱きとめた。


「本当に最後まで面白い奴じゃ」


 ガリオは耳元がくすぐったく感じながら、次第に意識が無くなっていった。

 しかし、最後にまたアスタロスの声が聞こえた時、彼は少しだけ眠りに抵抗(ていこう)したのだった。


「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったぞ」

「……ガ、リオ」

「そうか。ガリオ、もう二度とこんな無茶(むちゃ)をするでないぞ。さらばじゃ。この闇の三大公(デューク)アスタロスの(はだ)()れた、ただ一人の人間よ」


 そしてガリオは、深い眠りの底に落ちていった。


 その頃、ダンジョンの外でガリオの帰りを待つティフォーネたちは、ダンジョンの中から飛び出してくる大量のコウモリに、驚いていた。


「キャアアアッ!」


 行方不明(ゆくえふめい)の若者の母親が、頭を抱えて地面にうずくまる。

 ティフォーネはその母親にかぶさって、コウモリたちが通り過ぎるのをじっと我慢していた。


 しばらくしてコウモリたちの姿が無くなり、二人が顔を上げると、ダンジョンの入口の前に誰かが倒れているのを見つけた。


「ガリオ様ッ!」

「アリエルッ! クリスッ!」


 ティフォーネたちは、すぐに倒れている3人に駆け寄った。見たところ、3人に大きな傷などは無いようだった。

 リュックから回復ポーションを取り出したティフォーネは、3人の上体(じょうたい)を起こして、ゆっくりと飲ませていく。


「3人は大丈夫なんですか?」


 母親が心配そうに質問すると、ティフォーネはニコリと微笑(ほほえ)んで首を縦に振った。彼女はガリオの髪をゆっくりと()でている。


「皆、眠っているだけです。おそらく、体内の魔力(まりょく)が不足しているのが原因でしょうね。回復ポーションを飲ませたので、そのうち目が覚めると思いますよ」


 回復ポーションは体内の魔力に作用(さよう)して傷を(いや)す効果があるので、今回のような魔力不足の場合にも、多少の効果を発揮(はっき)するのである。

 しばらくして、まず最初にガリオが目を覚ました。


「ん……ここは」

「ガリオ様、ここはウート村の近くのダンジョンですよ」


 少しボーっとしたような表情で、ガリオはティフォーネを見ていた。まだ完全に頭が回っていないようである。

 そして、彼は急に慌てたように立ち上がった。


「そうだッ! 二人はッ! 早くダンジョンに助けに行かないとッ!」

「ガリオ様が探しに行った二人は、ちゃんとここにいますよ。中で一体何があったんですか?」

「───えッ!」


 ティフォーネの言葉に、ガリオは自分の周りを見回した。そして、母親に膝枕(ひざまくら)をされて眠っている若者二人を発見する。

 状況を分かっていない彼は、腕組(うでぐ)みをしてじっと考え込んでいた。


「俺は……ダンジョンの中に入ってからの記憶が無いんだ。だから、二人をどこで見つけたのか、そもそも俺が助けたのかも分からない……」

「ガリオ様、それ……魔石(ませき)ですよね」


 ティフォーネが指差(ゆびさ)しているのは、腕組みをしているガリオの左手に見えた指輪だった。

 細かい意匠(いしょう)()らされた指輪には、見た者を()きつける(つや)やかな漆黒(しっこく)の魔石が乗っている。


「えッ! これ、いつの間に……」


 気味(きみ)が悪くなったガリオは、左手の小指から指輪を(はず)そうとするが、指にきっちりはまっているため、ここでは外すことが出来なかった。

 するとその時、ガリオたちはダンジョンのほうから、ゴゴゴッと何かが(くず)れるような音を聞いた。


「危ないッ! 皆()せろッ!」

「キャアアアアアアアアア!」


 すぐに立っていられなくなるほどの振動(しんどう)が、広場を(おそ)った。そして、ダンジョンの入口が、ガラガラと崩れていく。

 山の異変(いへん)はしばらく続き、轟音(ごうおん)と振動が()んだときには、ダンジョンの入口は完全に土砂(どしゃ)()まっていた。


「危なかったな。でも、一体誰が俺たちをダンジョンの中から助けてくれたんだ」


 ガリオの疑問(ぎもん)に、誰も答えることが出来なかった。

 やがて間もなく、若者二人が無事に目を覚ましてから、一行(いっこう)はウート村への帰路(きろ)についた。


 ガリオと二人の少女たちは気付いていなかった。

 その身に『始祖精霊様(しそせいれいさま)奇跡(きせき)』とも言うべき、とんでもない加護(かご)付与(ふよ)されていることに。

次話は、明日の夕方5時に投稿します。

第40話 城塞都市オルソ①「魔石の指輪とガリオの不安」


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