第37話 ウート村⑥「ガリオの祈り」
てっきりアスタロスと殺し合いになることを予想していたガリオは、少し拍子抜けした。
だが、闇の三大公であるアスタロスが、ただの鬼ごっこをやるとは到底思えなかった。
「……勝ちの条件は分かりました。ではどうすれば、俺のほうが負けになるんですか?」
「私が鬼ごっこに飽きたら、お前を殺す」
◇◆◇◆◇◆◇◆
アスタロスの屈託のない笑顔から、信じられないほど冷酷な言葉が飛び出した。
ガリオは、自分の置かれた状況を改めて自覚し、握った拳にグッと力が入る。
もう───後戻りは許されないのだ。
「……分かりました」
「キャハッ! お前は何をやっても良いぞッ! そして、この私を楽しませるんじゃッ!」
そう言い残すと、アスタロスの体が目の前から消えて、奥の石棺の上に現れた。
3度目にして、ガリオは彼女が瞬間移動する光景を間近から見ることが出来た。
アスタロスの体は、一瞬で黒い霧のように散って、ほぼ同時に別の場所で再構築されているのだった。
(もしかしたら、この広間全体が、目に見えないほどの黒い霧で満たされているのかもしれないな。だとしたら……)
最悪の想像をしたガリオは、左手の手の平を見つめた。
彼がこの広間に入って、もう大分時間が経過している。
アスタロスがその気になれば、ガリオを体の内側からでも壊すことが可能だということだ。
ガリオは自嘲気味にフッと小さく笑うと、目を閉じて意識を集中した。
こうなったら、あとは全力でアスタロスを追いかけるだけだ。
「白魔法『身体強化』!」
これまでで最も集中した状態での『身体強化』に、ガリオは自分の体が、まるで綿毛のように軽くなったように感じた。
ただし、この状態では体内に蓄積された魔力の消費が激しく、彼は短期決戦で勝負を決めなければならなかった。
「……約束してください。もしも俺が勝ったら、俺たちに手を出さないと」
「約束するするッ! あああッ! ワクワクするのお!」
石棺の上にいるアスタロスは、本当に幼い少女のように目をキラキラさせてガリオを見ていた。
彼女は、ペタペタと何度もその場で足踏みしている。
ガリオは背負ったバッグを体にしっかり固定すると、愛剣『虹切』をスラリと抜き放った。
その刀は、広間の明かりをキラキラと反射して、本当に虹色に輝いているかのようだった。
そして、ゆっくりと刀の先端をアスタロスに向けたガリオは、力強く宣言した。
「ひとつ、お相手願おう」
「かかって来るが良いッ! 早くお前の絶望を、この私に味わわせるのじゃッ!」
次の瞬間───ガリオはたったの一蹴りでアスタロスとの間合いを零にした。
彼は刀を右下に構えている。
「ぬんッ!」
「キャハハハッ!」
一瞬の虹色の煌めき。
しかし、アスタロスは笑顔を浮かべたまま、上半身をグッと後ろに反らしてギリギリで刀を躱した。
『虹切』は動きを止めることなくすぐに反転し、逃げる彼女を追うかのように、今度は左上段から振り下ろされる。
アスタロスはトンッと少しだけ後ろに跳ねると、再びギリギリの間合いでそれを躱した。
(ここだッ!)
ガリオは右に流れた刀を全力で引き戻すと、一瞬浮いたアスタロスの体の中心を狙って、必殺の突きを放った。
「とりゃあああああああああ!」
「惜しかったのおおおッ!」
ガリオの目の前でアスタロスの体がパッと散ると、彼女は広間の真ん中に姿を現した。
(───これは違うッ!)
遠く離れたアスタロスを見て、ガリオはその場でスーッと大きく息を吸い込んだ。
そして、彼は遠くで手を振るアスタロスを見据えると、思い切り姿勢を低くして、刀を弓矢のように引き絞った。
「フッ!」
地を這うような高速移動。
ガリオは低い姿勢のままで、全力でアスタロスに刀を突き出した。
「キャハッ!」
アスタロスはスイッと流れるように横を向いて、その突きを躱した。
宙を切ったその刀は、すぐに引き戻されて、再び彼女を目掛けて突き出される。
「うおおおおおおおおおッ!」
地面にしっかりと足を踏ん張ったガリオは、大声を張り上げて連続して刀を突いていった。
まるで、何本もの刀が同時にアスタロスを襲っているかのようだった。
「キャハハハッ!」
甲高い声で笑いながら、ガリオの連続した突きを足のステップだけで華麗に躱すアスタロス。
刀を前後左右に躱すその動きは早すぎて、彼女の姿が二重三重にダブって見えるほどだ。
「おおおおおおおおおッ!」
アスタロスの美しい舞を歯を食いしばりながら見ているガリオは、その舞が乱れる隙を虎視眈々と狙っている。
そして彼は、突きのタイミングをほんの一瞬ずらし、狙い通りにアスタロスのステップを微妙に乱すことに成功した。
ガリオが刀を引くと同時に手首をひねると、一瞬で刃の向きが床のほうから前方に切り替わる。そして───
「ぬんッ!」
必殺の横薙ぎ。『虹切』の軌道が、突如右下から斜めに斬り上がる動きに変化した。だが───
「キャハッ!」
刀がアスタロスの服に触れようとした瞬間、彼女の姿が消えるほうが早かった。
そして、ガリオから少し離れた場所に現れる。
(───これも違うッ!)
刀を振り抜いた姿勢で固まっているガリオに、アスタロスが左右に広げた両手の手の平を上に向け、フルフルと首を振った。
「やれやれ。今のは本当に惜しかったのお。私もちょびっと焦ったのじゃ。しかし……」
焦ったと言う割には、彼女のとても明るい表情をしている。この鬼ごっこを心から楽しんでいるようだった。
ガリオの様子を見て、アスタロスがニヤリと笑みを浮かべる。
「お前はそろそろ限界のようじゃな」
刀を鞘に納めたガリオの顔は、汗でびっしょりだった。彼は背中のバッグからタオルを取り出すと、ゴシゴシと汗を拭いた。
アスタロスの指摘どおり、全力の『身体強化』をかけている彼の魔力は、もう底を尽きかけていた。
これまでの2回の攻撃は、ガリオの狙いどおりにはならなかった。
彼は、自分の狙いが成功するように、心の中で20年ぶりに始祖精霊に祈ったのだった。
(始祖精霊様……始まりの精霊よ。どうか俺に力を貸してください)
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第38話 ウート村⑦「アスタロスの学びと褒美」
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