第35話 ウート村④「闇の三大公」
(させないッ!)
このチャンスを逃すガリオではなかった。彼はすぐさま黒い狼に斬りかかろうと姿勢を低くする。その時───
───もうよい。下がれ
突如廊下に女性の声が響き渡った。その声を聞いたガリオの全身に、ドッと冷や汗が流れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
女性の声が聞こえると、これまでガリオを睨んでいた黒い狼が後ろに下がっていき、ランプの明かりが届かない闇の中へ消えていった。
一人残されたガリオは、壁を背にして油断なく『虹切』を構えている。
───ほら。入って良いぞ
再び女性の声が響くと、ガリオの右奥の廊下が急に明るくなった。
そこには大きな扉があり、その両脇で炎がチラチラと燃えている。
しかし、ガリオはそのまま進むべきかどうか迷っていた。
先ほどから聞こえる女性の声からは、心臓をギュッと掴まれるような恐怖を感じるからだ。
愛剣を握る両手も、じっとりと汗で濡れている。
───フフフ。何もせぬから、安心して入るが良い
ガリオは目を閉じて、ハーッと大きく息を吐いた。
もしこのまま引き返したとしても、この廊下から無事に脱出できると思えなかったからだ。
そして、外で待つティフォーネの顔を思い浮かべ、腹の底から気合いを入れる。
「よしッ!」
刀を鞘に納めると、ガリオは扉の前に歩いていき、思い切りドアを引いた。
だが、急に眩しい光が目に入ってきた彼は、左手で顔を隠して目を細める。
「やあ、よく来たの。人間」
明るさにようやく目が慣れたガリオは、左手を下して前を見た。
そこは、多くの明かりが灯る広間のような空間だった。
そして、一番奥の高くなった場所に置かれた石棺のような箱の上に、一人の幼い少女が座っている。
ゾクゾクゾクゾクッ!
その少女を見たガリオの全身に、今までに感じたことがないほどの悪寒が走った。震える彼の上下の歯同士が、カチカチカチと当たって音を立てている。
ガリオの精霊アレルギーが、激しく反応しているのだった。
「あ、あなたは……」
その少女は、まだ10歳にも満たないような外見をしていた。
血の気が全くない白い肌、濡れた血のような真っ赤な瞳。多くのフリルがついた真っ黒なドレス。
なによりガリオの目を引いたのが、異様に長く伸びた黒髪だった。
艶々とした美しい黒髪は、床に模様を描き出すほどに長く伸びているのだった。
そして、ガリオが先ほどからずっと感じている強烈なプレッシャーからは、彼女がとても外見どおりの年齢とは思えなかった。
「フフフ。どうしたんじゃ、随分と怯えておるの。そんなに私が恐ろしいのか?」
ブルブルと震えて立っているガリオの姿を見て、黒髪の少女が笑い声を上げる。
ガリオは唾をゴクリと飲み込んで、必死の思いでもう一度言葉を吐き出した。
「あなたは……精霊なのですか?」
自分の体に出ている症状から、ガリオには彼女が人の姿をした精霊だとしか思えなかった。
その言葉を聞いた少女は、嬉しそうな表情で石棺の上に勢いよく立ち上がると、右手を胸に当てて堂々と名乗り上げた。
「よくぞ見破った、人間。そのとおりじゃ! 私は闇の精霊の三大公が一人、アスタロスじゃ!」
「闇の精霊の……三大公クラス!」
ガリオはガクガクと震える足に力が入らず、後ろ壁にドンッと背中をついた。そうでもしなければ、とても立っていられなかったからだ。
闇の精霊は、火・土・水・風の4属性の精霊と対をなす精霊で、魔物たちを統べる存在として、精霊教会から『人間の敵対者』と位置付けられている。
しかし、知られているのはほぼ階級の低い闇の精霊だけで、上位の存在となると正体はほとんど分かっていなかった。
闇の精霊は、他の4属性の精霊と比べてその数が少なく、しかも人間の前に姿を現すことがほとんど無い。
その代わりに、強力な魔物を使役して、人間界で勢力範囲を広げようとしている存在である。
そんな闇の精霊における階級の中でも、三大公というは、闇の精霊王に次ぐ位階とされていた。
ガリオの目の前にいる少女は、人間の記録にもほとんど残っていない、伝説中の伝説の精霊だった。
「───とは言うてみたものの」
声高に自己紹介したアスタロスだったが、彼女は急にばつが悪い顔をして、石棺の前に飛び降りた。
そして、その小さな手でパンパンと石棺の蓋を叩く。
「本体はこのとおりまだ封印されておるから、私は言わば残像みたいなものじゃがの」
「残像……」
ガリオはアスタロスの言葉が信じられなかった。少女は残像だと言うが、その身から発するプレッシャーは、先日の能火精ファイア・リザードの比ではないからだ。
「して、お前はなぜ私の城に侵入したのじゃ? 私を滅ぼしに来た勇者なのか? 四大精霊どもの姿は見当たらんようじゃが」
不思議そうに首を傾けるアスタロス。
慌てたガリオは、ブルブルブルッと勢いよく頭を横に振った。彼は自分一人で三大公アスタロスを倒せるなど、小指の爪の先ほども思っていなかった。
「ち、違います、アスタロス様! お、俺には契約精霊がいません。ここに来たのは、人間の若者が───」
「チッチッチッチッ」
「───え?」
アスタロスは人差し指と自分の顔を左右に揺らして、ガリオの言葉を遮った。
そしてニコリと明るい笑顔を浮かべると、彼女は両手を腰に当てて、胸を大きく反らした。
「言ったじゃろう、私は残像なのだと。ゆえに、私のことはアースちゃんと呼ぶがいい!」
アスタロスから予想外の提案に、ガリオは戸惑うばかりだった。
彼は、アスタロスの機嫌を損ねないようにすることばかりを考えていた。
もし彼女が不機嫌になってしまえば、自分を殺すことなど造作もないことだろう。
「え、あ、いやしかし、アスタロス様───」
「違うと言ったじゃろうがッ!」
パコーーーンッ!
突然、ガリオの頭を軽い衝撃が襲った。目を白黒させたガリオは、彼女の声が聞こえた自分の左隣を見る。
そこには、なぜか手にスリッパを持ったアスタロスが、頬を膨らませてガリオのほうを睨んでいた。
「す、すみません! アースちゃん!」
「良いじゃろ! 許すッ!」
先ほどの不機嫌そうな表情が嘘のように、笑顔でウンウン頷くアスタロスをよそに、ガリオは内心冷や汗が止まらなかった。
もし彼女が持っているのがスリッパではなく普通の剣だったなら、自分は彼女の接近に気付くことなく、一瞬で首が切り落とされていたことだろう。
「あ、アースちゃん。俺がここに来たのは、このダンジョンから戻ってこない人間の若者二人を探しに来たんです」
「人間? ああ。あいつらのことか?」
アスタロスが指をパチンッと鳴らすと、石棺の横から何かが浮かび上がってきた。
左右に大きく広げた両腕が、空中で何かに拘束されているような姿で現れたのは、一見して冒険者だと分かる衣装を着た少女たちだった。
気を失っているのか、彼女たちの顔は下を向いてピクリとも動かない。
「数百年ぶり……いや、もう1000年くらいになるかのう。とにかく久方ぶりの人間なのでな。ゆっくり味わおうと思っていたところじゃ」
「味わう……」
アスタロスが湿った舌を出して、その小さな唇をペロリと舐める姿を見て、ガリオは自分の唇を悔しそうに噛みしめた。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第36話 ウート村⑤「決死の鬼ごっこ」
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