第31話 宿場町ピノトー④「謎の情報屋」
「君きみ。ちょっと詰所で話を聞かせてもらっていいかな?」
「え?」
ガリオが後ろを振り返ると、満面の笑みを浮かべた二人の衛兵が、ガリオの腕を掴んでいるのだった。
「えええええええええ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
闇に支配されていた空がゆっくりと白くなり始める頃、ピノトーの町ではあちこちからパンが焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
まだ人気もない衛兵の詰所の前では、目の下にうっすらとクマの見えるガリオが、大きく背伸びをしていた。
「ふぁあああ。やっと出られた」
昨夜、突然のトラブルに巻き込まれたガリオは、早くティフォーネの護衛に戻るために、彼が思いつく限りのあらゆる手段を使った───主に、お金の力である。
その努力が功を奏し、彼は一晩で詰所から解放されることが出来た。
ただ、ガリオが衛兵たちと解放に向けた交渉を進める中で、今回の拘束がとても不可解な出来事だったことが判明した。
「いったい誰の差し金だったんだ……」
詰所にいた衛兵たちは、ガリオを拘束した二人の衛兵の顔を知らなかったようだ。
それともう一点。この程度のトラブルで犯人を拘束するようなことは、あまり前例がない。
しかし、詰所の衛兵に上司からは、ガリオから厳しく事情を聴取するよう指示があったらしい。
そんな緊急性も低いトラブルに、夜勤中の衛兵たちのモチベーションも上がるはずもなく、ガリオの努力───主にお金の力と合わさって、彼は拘束の翌朝にも解放されるに至った。
「おはようございます!」
首をひねるガリオの前に、早朝にも関わらず、元気一杯のティフォーネが駆け寄ってきた。
彼女の態度が昨日から変わらないように見えたので、ガリオはホッと一安心する。
ティフォーネには、昨夜のうちにガリオが書いた手紙を衛兵に頼んで届けてもらったので、彼が陥った状況はおおむね伝わっているはずだ。
「やあ、おはよう。あれから何事もなかった?」
「はい、私のほうは何もありませんでした。ガリオ様は大変でしたね。昨日は寝てないんじゃないですか?」
自分のことを心配してくれるティフォーネの姿に、ガリオは少し嬉しい気持ちになった。
思わず緩んでしまいそうになる頬に力を込めて、真面目な表情で続ける。
「一日二日寝なくても、コンディションに影響はないよ。宿の荷物を回収した後、早速この町を出発したいんだが、大丈夫か?」
「はい! そうなるかなと思って、焼きたてのパンを買ってきました!」
先ほどから香ばしい匂いがすると思ったら、ティフォーネが持っている紙袋には、買ってきたばかりのパンが入っているらしい。
グーッと大きな音が二人の耳に届いた。ガリオが赤面してお腹を押さえるがもう遅い。
「食べますか?」
ティフォーネが微笑みながら紙袋を差し出すが、ガリオは苦笑して固辞する。
彼は、この町を一刻も早く出たほうがいいと考えていた。
「昨日の夜から何も食べてなくてね。そのパンを食べたいのはやまやまだけど、馬車に乗ってからいただくことにするよ」
ガリオたちは昨日の宿に急いで戻ると、彼が部屋に置いていた荷物を回収した。
幸い、誰かがこの部屋に忍び込んだ様子もなく、彼の荷物に異変はなかった。
「次は、冒険者協会に少し寄ってから、馬車を取りに行こう」
早々に宿を引き払ったガリオたちは、馬車を取りに行く前に、冒険者協会に立ち寄った。
昨夜、ガリオは詰所の衛兵に依頼して、ティフォーネ宛の手紙を届けてもらうついでに、とある書類を冒険者協会に渡してもらったのだ。
その書類とは、この町の冒険者協会に今回の一件の情報収集を依頼するものだった。
どこの町の冒険者協会も、情報屋といわれる情報収集のプロフェッショナルと繋がりを持っている。
ある程度の費用はかかるものの、協会を通じて誰でもその情報屋に仕事を依頼することができるのだ。
「ガリオさんから依頼があった件の報告書が、先ほど上がってきました」
「思ったより早かったな。ありがとう」
ガリオが受付に顔を出すと、受付のスタッフから1通の手紙を手渡された。
今回の件で何か手がかりが得られればと思い、ダメ元で協会に依頼した仕事だったが、こんなに早く報告書が上がってくるとは予想外だった。
「まさか……」
ガリオは一抹の不安を抱えながら、手紙を裏返して差出人を確認した。
手紙の裏側には、差出人の名前は書かれてなかったものの、彼が予想したとおり、手紙の封蝋にはしっぽの長い猫の形を模した刻印がされていた。
苦々しい表情をするガリオをよそに、手紙を渡したスタッフが少し興奮したように詰め寄ってきた。
「あ、あのッ! ガリオさんは『黒猫の飼い主』と知り合いなんですか?」
「……ああ、昔ちょっとね」
「すごいッ! 噂には聞いてましたが、この町の人だったんでしょうか」
「どうだろうね」
ガリオはスタッフとの会話を早々に打ち切ると、ティフォーネの元に戻った。
ガリオたちの会話を聞いていた彼女の紅い瞳は、何かを期待するようにキラキラと輝いていた。
「その手紙にはなんて書いてあるんですか?」
「ここは人目があるから、後で見よう」
ガリオは手紙を懐にしまい込んで、足早に冒険者協会を出た。
早朝でまだ人通りが少なかったため、昨日のように二人が道行く人から注目されることはなかった。
駐馬場に到着すると、そこで働くスタッフにすぐに出発する旨を告げる。
馬車を待っている間、協会からずっとウズウズしていたティフォーネが、ガリオに話しかけてきた。
「黒猫のなんとかって、有名な人なんですか?」
「『黒猫の飼い主』だよ。情報屋ってあまり目立つものじゃないんだけど、そんな中でも『黒猫の飼い主』は、割と名前が知られた情報屋なんだ」
スタッフの動いている姿を眺めていたガリオは、苦笑いを浮かべながらティフォーネに顔を向ける。
そして懐から手紙を取り出し、彼女に猫の形をした封蝋を見せる。
「この猫の形をした封蝋が、『黒猫の飼い主』からの手紙っていう証。ティフォーネも冒険者になるつもりなら、覚えておいてほしいんだけど……」
ガリオはティフォーネに向き直り、真剣な顔をして言う。
一方のティフォーネも笑顔を消して、真剣な顔でガリオの目を見つめていた。
「冒険者協会に依頼すれば、情報屋がティフォーネの代わりに色んな情報を集めてくれるんだ」
「すごい便利ですね! どんなことでも調べてくれるんですか?」
「そうだね。でも、調べてもらう内容にもよるんだけど、情報屋に仕事を依頼しようと思ったら、最低でも金貨1枚はかかる」
「高い!」
ティフォーネが驚いて目を丸くする。遠くにいるスタッフが、彼女の声を聞いてこちらのほうを見ている。
ガリオは慌てて、そのスタッフに「何でもないです」と手を振った。
「あ。ごめんなさい」
「いや、大丈夫。もし情報屋に仕事を依頼したいなら、冒険者協会が仲介してくれるから、万が一の時は相談してみるといい」
ガリオが情報屋について色々教えている間に、馬車の準備が整った。
ガリオたちはスタッフに礼を言うと、さっそく馬車に乗り込む。行き先は城塞都市オルソだ。
ピノトーの町を出てしばらくして、ティフォーネがガリオの服を引っ張る。
「黒猫さんからの手紙を、早く見てみたいです!」
「ああ、そうだね」
ティフォーネに急かされて、ガリオは手紙の封蝋を丁寧に開ける。
すると、中には便箋が1枚入っていた。
『君が助けた女性は、どこかの貴族の御令嬢らしい。そして、君の拘束を命じたのは、彼女の周りを秘密裏に護衛している者だ』
そして手紙の最後には、こう記してあった。
『いつも君のことは見ているよ。黒猫より』
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第32話 ウート村①「村長からの捜索願い」
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