第28話 宿場町ピノトー①「名前の呼び方」
ガリオは男性冒険者たちの隙間を縫って、ティフォーネがいる御者台に素早く上った。
彼の座るスペースを開けたティフォーネは、明るい笑顔で出迎えた。
「いいえ。皆さんと楽しくおしゃべりしてました。もういいんですか?」
「ああ。すぐに城塞都市オルソに出発するとしよう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
ガリオが手綱を振ると、ガラガラと音を立てながら馬車がゆっくり動きだした。
この町から旅立つ二人に、冒険者たちから次々に別れを惜しむ声や励ましの声が上がる。
───ティフォーネちゃん、絶対に帰ってきてねー!
───ガリオ、彼女をしっかり護衛するんだぞー!
その声にティフォーネは後ろを振り返り、彼らが見えなくなるまで大きく手を振っていた。
しばらくして別れを済ませた彼女は、手綱を握るガリオにニッコリと笑顔を向けた。
「皆さん、良い人たちでしたね。この町がとっても好きになりました」
「ああ。ティフォーネさんが冒険者になったら、皆喜んで迎えてくれるはずさ」
「はいッ! 必ず帰ってきましょうね」
輝くような笑みを浮かべるティフォーネと目が合ったガリオは、慌てて前方を見た。
その顔は少し赤くなっている。
(やっぱり、すごく綺麗な子だな)
ブングラスの町でも騒がれていたティフォーネは、ガリオもあまり見たことが無いような美少女だ。
目鼻立ちが整った小さな顔に、陽の光でキラキラと輝く銀色の長い髪。白いマントから伸びる細い手足には、シミ一つ無いように見える。
ティフォーネは精霊魔法中心の戦い方を好むのか、あまり防具を付けない非常に軽装なスタイルである。
そしてスカートがとても短いので、血管がうっすら見えるくらいピチピチした太ももは、ガリオにとって目に毒だった。
「ティフォーネさんは───」
「ずっと思ってたんですけど、『さん』はいりません。ティフォーネと呼び捨てでいいですよ、年下なんですから」
小さな唇をツンと突き出して、少し不機嫌そうな顔でガリオを見つめるティフォーネ。
狭い御者台の上であるにも関わらず、彼女はガリオのほうにグッと前に身を乗り出してきた。
「あー……分かった。じゃあティフォーネって呼ぶことにするよ。その代わり、ティフォーネも『様』は止めてくれないか」
「嫌です」
「えッ?」
ティフォーネが頬を膨らませて、プイッと顔を横に向ける。
お互いの呼び方を変えることで、この問題を解決できると考えていたガリオは、彼女から即座に反対にされて困惑していた。
自分は『様』付けされるほど、立派な人間ではない。
「今の俺はティフォーネに雇われている状態だから、雇い主から『様』で呼ばれるのはおかしいと思うんだ」
「でも、私はガリオ様より年下だし、昨日アーノルドさんたちから助けてもらいました」
ティフォーネは太ももの上に置いた両手をジッと見つめて、『様』を付ける理由を小さな声でガリオに伝える。
彼女の言葉に耳を傾けていたガリオだったが、これから行く先々でティフォーネのような美少女から「ガリオ様」「ガリオ様」と呼ばれると、聞いた人たちから変な目で見られるのではないか、という不安があった。
「そうか。ティフォーネのその気持ちはとても嬉しいし、ちゃんと受け止めたよ。じゃあ、改めて俺からの正式なお願いになるけど、『ガリオ様』じゃなくて『ガリオさん』で呼んでほしい」
努めて明るい口調でティフォーネにお願いするガリオ。その時、彼は不思議な感覚に囚われていた。
先ほどからこの話をしていると、心の奥から悲しい感情が湧き水のようにこんこんとあふれ出してくるのだ。
心の中にじんわりと広がるその悲しみは、自分の感情とは言い難い違和感があった。まるで、ティフォーネのほうから伝わってくるような、そんな静かな波のような感触があった。
「ガリオ様は、私の……」
ティフォーネの小さなつぶやきは、二人の間をすり抜ける風の音に流されてしまう。
ガリオは聞き直すことはせず、黙って彼女の答えを待っていた。
「……どうしても、駄目ですか?」
顔を上げたティフォーネの紅い瞳には、大きな涙があふれていた。透明な滴となって、今にも零れ落ちそうになっている。
まさか彼女が泣き出す程のこととは思っていなかったガリオは、慌ててバッグからタオルを取り出した。
「……参りました。好きに呼んでくれていいから」
洗濯したばかりのタオルをティフォーネに渡して、ガリオはため息を吐く。
こんな可愛い女の子の泣き顔を見てしまったら、もう何も言えなくなってしまった。
「ありがとうございます、ガリオ様」
目元をタオルで拭いたティフォーネは、「洗って返しますね」と言って足元に置いた自分のバッグにタオルをしまった。
「もし、どうしても『ガリオ様』が駄目な時は、『パパ』と呼んでも───」
「そっちのほうが絶対駄目なやつだからッ!」
ガリオが慌ててティフォーネのほうを見ると、彼女は唇からピンク色の舌をペロッとのぞかせて、「冗談です」と笑いながら答えた。
そうして二人は陽がもうすぐ沈む頃に、ブングラスの町と城塞都市オルソの中間にある宿場町ピノトーに到着したのだった。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第29話 宿場町ピノトー②「宿決めとお風呂」
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