第112話 生き残りを賭けた戦い⑤「黒髪の幼女」
「ガリオ様」
「お、おう」
「その魔石の指輪に……キスをしてください」
「……え?」
(キャハハハッ!)
その瞬間───ガリオはどこかから女の子の甲高い笑い声が聞こえたような気がして、ゾクッと背筋が凍ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
思わず彼は、自分の左手を顔の前に持ってきて、魔石の指輪とティフォーネを見比べる。
その指輪は、ウート村の近くのダンジョンで、ガリオ自身いつ手に入れた物か覚えていない怪しい代物なのだが、どうやっても外れないので今までずっと身につきていた。
「こ、この魔石にキスするのか?」
「はい……彼女が何故自分の命の一部をガリオ様に預けたのかは分かりませんが、少なくともガリオ様を害する意思が無いことは確かです」
「……彼女?」
「その魔石は、彼女の命にして、魔力回路そのもの。今は強力なロックがかかっていて封印状態にありますが、もしかしたらガリオ様のキスでロックが解除され、彼女が目覚めるかもしれません」
ティフォーネの言う『彼女』とは一体誰のことを指しているのか分からなかったが、自分の契約精霊がこの状況で冗談や嘘を言うとは思えなかった。
ガリオがまじまじと漆黒の魔石を見つめていると、ティフォーネから「早く早く」と催促の声が飛ぶ。
一方、ケイル王子の背後に浮かんでいた風の四大精霊アネモネは、自分の姉の契約者の手に漆黒の魔石が輝いているのを見て、その美しい顔を真っ青にした。この有利な状況の中で、とんでもなく嫌な予感が彼女の胸をよぎる。
「あの魔石は何なのですかッ! 人間たちよ、早く攻撃しなさいッ!」
「は、はいッ! 攻撃開始ッ!」
「「「はッ!」」」
第1軍団長が魔法の杖を振り下ろしたのを合図に、兵士たちやその契約精霊から、すぐさま精霊魔法の第2射が放たれた。
アネモネ自身も強力な電気を帯びた巨大な黒い球体を放ち、ガリオたちの頭上からは、智土精鉄の巨人ギガースのハンマーが迫っている。
───チュッ
ガリオはティフォーネに急かされるまま、漆黒の魔石にキスをした。
次の瞬間───漆黒の魔石は砕け散り、その破片がガリオたちの目の前で暗黒の球体を作り上げる。
また屋敷の上空には、先ほどと同じ紋様をした巨大な魔法陣が出現した。ただし、その色は闇夜に沈む黒。
その黒い魔法陣は、中央に向かって徐々に収束を開始する。
すると、ガリオたちの脳裏に一瞬だけ女の子の甲高い声が響いた。
(ジャンナは頭上を頼むのじゃッ!)
「やあああああああああッ!」
その謎の声と同時に、ティフォーネの足下から風が爆発したように吹き出し、彼女は一気に上昇する。
そして、金色に輝く魔法の殴打用棍棒と巨人のハンマーが空中で激突した。
ドゴオオオオオオオオオンッ!
とてつもない轟音が王都ナイステイト中に響き渡った。
第1軍団の兵士たち全員が顔をしかめ、中には耳を塞いだせいで集中力が途切れ、いくつかの精霊魔法が消えてしまっている。
また、王都にいた住民たちのほとんどが、世界が崩壊するのではないかと思ったほどだ。
「やあああああああああッ!」
ティフォーネが自分の相棒にありったけの魔力を込めた結果、巨人のハンマーは───止まった。
だが、全力を振り絞った彼女は一時的に疲労がピークに達し、ガリオたちの隣に墜落してしまう。
一方の巨人も、全力で振り下ろしたハンマーが中途半端な位置で止められたせいで、後ろに体勢が崩れて、大きな地響きを立てて森の中にひっくり返った。
「ティフォーネッ!」
空から墜ちてきた彼女を、ガリオはかろうじてキャッチすることができた。ティフォーネの額には、大粒の汗が浮かんでいる。
「大丈夫か?」
「は、はい、なんとか……。『彼女』のほうは?」
ガリオに支えられて、地面に降り立つティフォーネ。二人の前には、人間の大きさほどもある真っ黒な球体が浮かんでいた。
その様子はまるで、空間にぽっかりと空いた底の見えない穴のようだった。時折黒い稲妻が、その周囲を駆け巡っている。
ティフォーネが上空で巨人のハンマーと激突している最中、ガリオを狙っていた数多くの精霊魔法は、すべてこの暗黒の球体の中に吸い込まれたのだった。そして───『彼女』が生まれる。
「えッ!」
最初に見えたのは小さな足だった。
真っ白な肌をした細い足が、ガリオたちのほうにスッと伸びて着地する。次にたくさんのフリルが装飾された真っ黒なドレス。ほっそりとした手。最後は、目の閉じられたツンと澄ましたような整った顔。
「んんんッ! やっと出れたのじゃッ!」
暗黒の球体の中から現れたのは、まだ10歳にも満たないような、幼い女の子だった。
特に印象的なのは、足下まで伸びる艶やかで美しい長い黒髪だ。暗黒の球体は、その黒髪に形を変えるように、まるで引きずられるように消えていったのだった。
地面に降り立った幼い女の子は 両手をグーッと空に伸ばし、精一杯背伸びをする。
予想もしていなかった展開に、ガリオも含めて、この場にいる全員が目を丸くして呆然としていた。
いや、ティフォーネと風の四大精霊アネモネの二人だけが、嫌そうな苦々しい表情を浮かべている。
「……久しぶりだね」
「ん? ジャンナ、いや今はティフォーネと名乗っておったか。1000年ぶりじゃのぉ」
「どうして高貴な貴女が、ガリオ様に自分の命とも言える魔石を渡したの?」
「それはな……」
急に彼女は顔をほんのり赤くして、もじもじと体を細かく揺らした。そして、その真っ赤な瞳でガリオのほうをチラチラと横目で見ている。
「こやつに……ガリオにぷろぽぉずされたからじゃ」
「へ?」
「はい?」
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