第110話 生き残りを賭けた戦い③「ルシア隊長との真剣勝負」
しかし、『虹切』を上段に構えたガリオは───
「ぬんッ!」
刀身が白く輝いている『虹切』を全力で振り抜くと、巨大な火球は左右に真っ二つに裂けて、彼の両脇にあった屋敷と中庭の一部を焼いたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
20メートルほど長く伸びたその輝く刀身は、そのままファイア・ドラゴンの体も斬り裂こうとする。だが、その前に立ち塞がる者がいた。
ギンッ!
金属同士がぶつかる甲高い音が響くと、白い斬撃は粉々に砕け散っていった。
ガリオは振り抜いた刀を真正面に戻し、攻撃を防いだ人物を油断なく見据えている。
「いやあ、凄い凄い。今の斬撃は、精霊魔法じゃありませんね。オルソの街にいた頃のガリオ君とは大違いじゃないですか」
にこやかに笑って愛剣を鞘に戻したのは、第1軍団軽歩兵隊の隊長にして『剣の天才』と称されるルシア隊長だった。
彼は表情こそ笑顔を浮かべているものの、その細い目はガリオの力量を測ろうとしており全く笑っていない。
「すまない、ルシア隊長」
もう少しで自分の契約精霊を斬られる所だった女性の第1軍団長は、額を伝う冷や汗を腕で軽く拭った。
ホッと胸をなで下ろす第1軍団長の雰囲気を背後に感じ、ルシア隊長は肩をすくめる。
「いえいえ、滅相も無いですよ。危険な現場は部下に任せて、軍団長殿は安全な後方で指揮を取ってくださるほうが、我々としては安心です」
「る、ルシア……」
「来なさい、主水精アプサラス」
ルシア隊長は、悔しそうに唇を噛む第1軍団長をよそに、自分の契約精霊を隣に出現させる。
第1軍団長のファイア・ドラゴンと同じ主精霊クラスのその精霊は、半透明の美しい女性の姿をしていた。
大きさも普通の人間ほどで、フワフワを揺れる羽衣で身を包み、その目は固く閉じられている。
ルシア隊長は子どものように口をへの字に曲げて、主精霊クラスの精霊に警戒しているガリオに対して、胸の奥にくすぶっていた不満を口にした。
「こんなことをするなら、事前に教えてください。ガリオ君を庇った、私が馬鹿みたいじゃないですか」
「も、申し訳ありません」
散々気をかけてもらったにも関わらず、恩を仇で返すような真似をしてしまい、ガリオは苦々しく顔を歪めた。
「今さら謝るくらいなら、このまま武器を捨てて投降してもらえますか?」
「……それは出来ません」
ガリオは、歯を食いしばって掴んでいる愛剣にギュッと力を込める。彼の脳裏に、先ほどティフォーネが言った言葉が蘇る───『二人の未来を切り拓く』と。
自分と、そして新たなる属性の精霊となったティフォーネの旅は、ここから始まるのだ。
ガリオの断固たる決意を感じ取ったルシア隊長は、フッと微笑を浮かべた。
「冗談ですよ。全ては私の一存で決めたことですから、あまり気にしないでください。ガリオ君は、私の手の中では納まりきれない器の持ち主だったということでしょう」
二人の視線は、上空で戦うティフォーネのほうをチラリと向いた。その姿は雲に隠れて見えないが、腹にズンズン響く轟音と時折光が空一面に走っている様子から、ケイル王子の風の四大精霊と互角に戦っているのが分かる。
離れている所に立っている大柄な第4軍団長が不満そうな顔をして、巨大な槍斧の矛先をガリオに向けた。
「おいおい、ルシアよ。独り占めする気か? 儂もそこのガリオと戦いたいんだぞ」
「すみません、第4軍団長。今度好きなワインを樽ごと奢りますから、彼と一騎打ちをさせてください」
「がっはっは、よく言ったッ! お前が領地を売り払うくらいのとっておきの最高級ワインを探しておくぞッ!」
「……そのワインで乾杯するのが楽しみですね」
ニヤリと笑ったルシア隊長が、青い光で包まれた。彼の契約精霊である主水精アプサラスの目が、うすく開いている。
ルシア隊長が戦闘態勢に入ったことに、ガリオも姿勢を低くして『虹切』を正面に構えた。
「さあ、ガリオ君、始めましょうか。これが最初で最後の真剣勝負になるでしょうね。ああ、契約精霊には攻撃はさせませんから、安心して私だけを見ていてください」
「……はい」
相棒の細剣をスラリと抜き払ったルシア隊長は、思い切り姿勢を低くして、剣を引き絞るように構えた。
ピンッと張り詰めた空気が二人の間に漂う。最初に動いたのは、ルシア隊長のほうだった。
「アプサラスッ!」
ルシア隊長の一声で、ガリオの周囲が一瞬で白い霧に覆われた。
一方のガリオのほうも、ルシア隊長の声が聞こえたと同時に加速状態に入る。だが、目の前は濃い霧に覆われ、1メートル先も見えなかった。
(ティフォーネッ!)
(はーい)
場違いに明るい声がガリオの脳裏に響くと、ティフォーネの『風の支配域』内にある様々な情報が、彼女を通して彼の目に映し出される。
すると、白い霧の先にぼんやりとした光る人間が、自分のほうにゆっくりと近づいてきているのが分かった。そしてその人物の足下から、真っ直ぐに水魔法の道が作られている。
この水魔法の道の上では、移動速度の更なる上昇が得られるようだ。
(これは当然、ルシア隊長だな)
通常であれば、白い霧に視界を塞がれて瞬殺されていたであろうルシア隊長の攻撃が、『人』の唯一精ティフォーネの支援のおかげで、丸裸になっていた。
ルシア隊長の細剣は、真っ直ぐにガリオの心臓を狙っている。彼もガリオと同じく、契約精霊の力を借りて、白い霧の中にいるガリオの位置を正確に把握できているのだろう。
ガリオはルシア隊長の必殺の突きを迎撃すべく、ゆっくりとした時間が流れる中、自分の体を動きをイメージしながらその通りに手足を動かす。そして───
ギンッ!
先ほどよりも短い金属音が中庭に鳴り響き、白い霧がサーっと風に流されていく。
そこには、今にもガリオに斬られようとしているルシア隊長と、自分の契約者に迫る『虹切』を半透明な手の平で防いでいる、主水精アプサラスの姿があった。
「……手加減したつもりですか?」
ルシア隊長の静かな声が、ガリオの耳に届く。彼は、『虹切』の刃が無い峰の部分でルシア隊長を攻撃しようとしていたのだった。
もし、アプサラスが攻撃を防がなくても、ルシア隊長は命を落とすことは無かった。それを彼は、「手加減された」と考えたのである。
しかし、ガリオは彼の言葉を否定した。
「いいえ、ルシア隊長。俺は手加減などしていません。それに俺の中では、全力を出すことと相手を殺すことは同じじゃありませんから。ただ……負けない自信はありました」
「───ッ!」
チクッとプライドに障ったルシア隊長は、目にも止まらない速さで、細剣をガリオの首筋に叩きつけようとする。
一方のガリオは、その様子をジッと見ているだけで、身動き一つしなかった。そして───ルシア隊長の剣は、ガリオの目の前でピタリと止まった。いや、止められた。
ガリオの肩の上あたりの空間に、白くて小さい魔法陣が突然出現し、ルシア隊長の剣を無音で受け止めているのである。
顔を歪めたルシア隊長はクルリと体を翻して、逆側からガリオの太ももを狙ったが、結果は同じだった。
目をうっすら開けて警戒しているルシア隊長に対して、ガリオは肩をすくめてみせると、屋敷の上空で戦うティフォーネのほうを指差す。
「俺には、心優しい最強の契約精霊が付いているので、何も言わなくても守ってくれるんです」
「なるほど。そういうことですか」
自分の剣ではガリオを倒せないことを悟ったルシア隊長は、愛剣を鞘に納めると、両手を上げて降参のポーズを取る。そして首を左右に振って、大きなため息を吐いた。
「私の負けです。どうやっても、ガリオ君に私の剣は届かないようですね。ただ───」
スッと音もたてずにルシア隊長は後方にジャンプした。その表情は、にこやかな笑みを浮かべている。
「勝負には負けましたが、この戦いには勝たせてもらいます」
「なッ!」
すぐ近くにいた主水精アプサラスの半透明の体が溶けると、大量の水に変化し、巨大な水柱となって一瞬でガリオを閉じ込める。
そして、6人の軍団長や屋敷を取り囲んでいた兵士たち、そして彼らの契約精霊から、様々な精霊魔法が一斉に放たれたのだった。
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