第109話 生き残りを賭けた戦い②「加速した世界で」
これから何が起こるかを想像したガリオの顔が、真っ青になった。そして───最悪の事態が訪れる。
ドドドドドドドドド───
地面が揺れるかのような地響きが聞こえ始め、屋敷の外に浮かんでいた光球が慌ただしく動き出す。
ケイル王子は、この戦いに王国軍の第1軍団を投入することを決断したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
中庭の向こうにある正門から、大勢の兵士たちが濁流のように次々になだれ込んできた。
彼らは屋敷の敷地内を取り囲むように左右に別れ、外壁沿いに規則正しく整列していく。
全員が身長より高い長槍を持ち、腰に帯剣をしていた。そして、最後に現れたのは───
「いやあ、待ちくたびれて寝てしまうところでしたぞ。がっはっは」
大柄な第4軍団長を先頭に、6人の軍団長たちが続々とその雄姿を現す。
昼間の凱旋パレードでは儀礼用の長剣を持っていた6軍団長たちだったが、今は各々が愛用している武器を装備していた。
剣、槍、弓、杖、そして第4軍団長の持つ槍斧。彼の槍斧には、ドラゴンの首も切断できそうなほどの巨大な斧が取り付けられている。
そんな中、赤い髪を持つ女性の第1軍団長がケイル王子の前に駆け寄ってくると、魔法の杖を構えて彼の壁役となる。
「ケイル殿下、合図が遅いので心配いたしました」
「予想外のアクシデントがあったが、もう大丈夫だ。あの鼠を始末せよ」
「風の四大精霊ジャンナ殿は……」
彼女の質問に、ケイル王子は顎をクイッと動かし上空を示す。
屋敷の遥か上空では、風の四大精霊アネモネとティフォーネによる激しい戦闘が繰り広げられており、二人がぶつかり合う爆音や光の乱舞が地上からもよく見えた。
人間など足元にも及ばないそのハイレベルな戦闘に、第1軍団長はゾッと背筋を凍らせる。
もしあの戦闘がこの地上で行われていれば、王都周辺に壊滅的な被害が出ることは、間違いなかったからだ。
そして、風の四大精霊ジャンナと互角に勝負をする精霊と契約しているであろう目の前の冒険者に、全員の注目が集まる。
「彼は確か……」
「詳細は後で説明するが、あいつは危険な奴だ。早く殺せ」
「かしこまりました」
ケイル王子の命令に、第1軍団長は右手に持つ魔法の杖をスッと上に掲げた。すると、屋敷の壁沿いに並んでいた兵士たちが、ザザッと一斉に槍の先端をガリオに向ける。
そして彼女自身も、自分の隣に契約精霊を出現させた。主火精ファイア・ドラゴン。
精霊界の階級で第4位の位階に属するその真っ赤なドラゴンは、近づく者を圧倒的な火力で焼き滅ぼす、猛々しい魔力がその身からあふれ出していた。
「くッ!」
ガリオは滅多に対峙することのない高位の精霊を前にして、全身がガタガタ震えるほどの寒気に襲われていた。
彼は『虹切』を前に構えているが、あまりの恐怖に気を抜けば倒れそうなくらいだ。
そんなガリオを、ケイル王子は冷めた目で見つめている。
「やれ」
「はいッ!」
ケイル王子の合図に、四つん這いになっているファイア・ドラゴンの顔の前に、ポッとオレンジ色の火球が現れると、徐々にその大きさを増していった。
精霊界第4位の主火精が行使する精霊魔法。ガリオはとても逃げられる気がしなかった。
絶望した彼は、悔しそうに唇と噛むと、助けを呼ぼうと自分の契約精霊の名前を口にしようとする。その時───
(ガリオ様ッ! 自分を信じてッ!)
(───ッ!)
ガリオの心の中に、ティフォーネの彼を励ます声が響き渡る。
彼はハッとなって上空を見ると、一瞬だけティフォーネが自分に向かって微笑んだような気がした。
この危機的な状況で自分に何が出来るか分からなかったが、ティフォーネの言葉を信じて、ガリオは全力を出すことを決意する。
「白魔法『身体強化』───ッ!」
彼は自分の得意とする『身体強化』を唱えた瞬間だった。
───ドプンッ!
全身が突然、洪水に飲み込まれたような感覚に陥り、「えッ」と一瞬困惑するガリオ。
自分の魔力回路から、あり得ないほどの大量の魔力が怒涛のごとく押し寄せてきて、水におぼれてしまったのかと錯覚したのだ。
その大量の魔力は、彼の全身の隅々まで行き渡り、細胞の一つ一つまでガリオの想定以上の強化を促す。その結果───
(こ、これは、『加速』ッ!)
気が付くと、世界が動きを止めているかのように、時間が非常にゆっくりと流れていることが分かった。
その時間の流れる様は、以前黒い獣と戦った時に自分が唱えた白魔法『加速』と比べて、遥かに遅くなっているようだ。
(どういうことだ……)
(ガリオ様ッ!)
(て、ティフォーネ?)
(はいッ!)
そんな時間が緩やかに進む世界にいるガリオの脳裏に、自分の契約精霊の声が飛び込んできた。
(どうして俺が加速している状態で、ティフォーネは話しかけられるんだ?)
(はい。私もガリオ様のように加速して戦っているからです。私の場合は、もっと早い加速状態にあるんですけど、思考の一部分だけガリオ様の加速に合わせました)
(さ、さすが元四大精霊だけあるな……)
(エヘヘ。そうでもないですよ。でも、ガリオ様も十分凄いですよッ! 人間の身で加速できる人は、本当に少ないと思います)
(そうなのか。まあ今の状態は、俺が前に自分で使った白魔法の『加速』の時よりも、ずっと時間の流れが遅いようだけどな)
(多分、ガリオ様の魔力回路に、精霊界からもの凄い量の魔力が流れ込んできているせいだと思います)
その言葉を聞いて、ガリオは焦りを覚えた。
彼自身はこれまで契約精霊がいなかったものの、魔力回路は使い続けると消耗するものだという知識はあったからだ。
(そ、それはまずいんじゃないか? このままだったら、俺の魔力回路は消耗してしまうんじゃ……)
(その心配は無用です)
(え?)
(だって、ガリオ様の魔力回路は、川のように広いんですから。こんな魔力回路をした人間、私は今まで見たことありません。それこそ、ケイル王子の何倍もあります)
(ええええええッ!)
ティフォーネのとんでもないカミングアウトに、ガリオは驚愕する。
(ど、どうして、俺の魔力回路はそんなことになってるんだ……)
(それは恐らく、ガリオ様が『人』属性の精霊を誕生させるために生まれた人間だからだと思います)
一瞬言葉に詰まるガリオ。
(……俺が『人』属性の精霊を?)
(はい。もしかしたら、過去にガリオ様と同じような人間がいたのかもしれません。だけど、残念ながらその人間は、『人』属性の精霊を誕生させることは出来なかったんでしょう)
(そうなのか)
(ガリオ様のような人間が普通の精霊と契約を結ぶのは、それこそ奇跡と呼べるほどの出来事が起こらないと、到底不可能ですから)
(奇跡?)
(だって、ガリオ様は精霊に嫌われる体質なんですよ?)
(───ッ!)
ガリオはショックを受けたものの、彼女の言っていることに心のどこかで納得しているところがあった。
(普通の精霊は、そんな人間に近づくこともできません。だけど、それを乗り越えて契約できた精霊こそが、初めての『人』属性の精霊となれるんだと思います)
(そうか。俺のこんな体質にそんな意味があったなんてな……)
(ガリオ様……)
そしてガリオは、自分と同じ体質で生まれながら、精霊と契約できずに死んでいった過去の人間たちに対して、深い同情を覚えた。
(ありがとう、ティフォーネ。君という契約精霊に出会えた奇跡に、本当に感謝するよ)
(はいッ! だけど、まずはこの試練を乗り越えないとッ!)
(ああ。すまないが、ちょっとだけ手伝ってくれ)
(分かりましたッ!)
ガアアアアアアアアアッ!
ファイア・ドラゴンの放った巨大な火球が、もの凄いスピードでガリオに迫っていく。
その火球のあまりの大きさとスピードの前では、回避することは到底出来そうになかった。
しかし、『虹切』を上段に構えたガリオは───
「ぬんッ!」
刀身が白く輝いている『虹切』を全力で振り抜くと、巨大な火球は左右に真っ二つに裂けて、彼の両脇にあった屋敷と中庭の一部を焼いたのだった。
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