第108話 生き残りを賭けた戦い①「頂上決戦」
ティフォーネは白兵戦を得意とする、ガチガチの近接戦闘型の精霊なのである。
彼女はとびっきりの笑顔を浮かべて、高々と宣言した。
「風の四大精霊ジャンナはもういないッ! 私はガリオ様の契約精霊であり、新たに誕生した属性のただ一人の精霊、唯一精ティフォーネですッ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「───ッ!」
ティフォーネの名乗りを聞いて、風の四大精霊アネモネの片方の眉が、ピクリと反応する。
そして、彼女は何を思ったのか、足下のケイル王子を解放した。
「さあ立ってください、我が契約者。あなたにも働いてもらいます。いつまでも寝ていないでください」
「貴様が言うなッ! 何という精霊だ、全く……」
ぶつぶつ文句を言いながら立ち上がったケイル王子は、ふと自分の身にあふれんばかりの魔力が戻ってきているのを感じた。
試しにずぶ濡れになっている自分の服を魔法の風で乾燥させてみると、あっと言う間に乾いていく。
チラリと横目で自分の契約精霊を睨むと、彼はフンッと鼻を鳴らして、そのままティフォーネたちに視線を戻した。
「して、ティフォーネとやら。貴様はどんな属性の精霊になったのだ?」
「それは───」
「───それは吾輩に名付けさせてもらおう」
4人の真ん中に、1匹の黒猫の姿をしたモルカナが優雅に歩いてきた。
その猫は、機嫌が良さそうにゆらゆらと長い尻尾を揺らしている。
「あッ! おい、黒猫ッ!」
「ケイル殿下、風の四大精霊アネモネ様、お初にお目にかかり大変光栄にございます。吾輩の名前は、モルカナ・ルーフェイ。吾輩のことを『偏在の魔法使い』と呼ぶ者も少なくありません」
モルカナの名前を聞き、ケイル王子の目が少し見開いて驚きの表情を見せる。
「ほほう。貴様があの『連続司祭昏睡事件』の犯人だと言うのか。てっきり死んだものと聞かされていたがな」
「ええ。確かに吾輩の人間の身は討たれましたが……」
そう言って、モルカナはちらりとガリオのほうを横目で見ると、またケイル王子のほうに顔を向ける。
「しかし、吾輩は『偏在の魔法使い』。どこにでもいて、どこにでも現れる存在なのです」
「面妖な奴だ。して、貴様はティフォーネとやらの属性を見抜くことが出来たのか? 見たところ以前と変わらないように見えるが」
全員の視線が、モルカナに集中する。黒猫は人間のようにニヤリと笑うと、その場にちょこんと座った。
「精霊界に新たに誕生した6番目の属性、それは『人』です」
「えッ! ヒト?」
思わずガリオが、素っ頓狂な声を上げた。だが彼に限らず、その他の3人も少なからず驚いている。
モルカナは4人を見回して、満足そうに大きく頷いた。
「そう、火・土・水・風、そして闇の次ぐ6番目の属性は『人』なのです。それは、精霊だったティフォーネが、完全な人間の姿となってこの人間界に顕現したのが何よりの証。彼女は、人であり精霊でもある、この人間界で唯一の存在。『人』という新たな属性が誕生したことで、今日この時から精霊界と人間界に、新たな闘争の歴史が始まるわけです」
「……なるほど、ジャンナ姉さんは真に『人』となったのですね」
カシャンと魔法の杖で地面を叩くと、風の四大精霊アネモネはふわりと宙に浮いた。
「確かに、私のジャンナ姉さんは消えてしまいましたが、貴女を倒すという目的に変わりはありません。ここで貴女を倒すことが出来れば、精霊界の本体を弱体化させることができます。全ては、始祖精霊様の啓示をこの手で達成するため」
再び上空に高々と浮かんだアネモネから、強烈な風が吹き付ける。
一方のティフォーネもニコリと微笑むと、ゆっくりと己の武器を構えた。
「私もあなたに負ける訳にはいかないの、アネモネ。あなたを倒して、私はガリオ様と新たな未来を切り拓くッ!」
風の四大精霊、そして『人』の唯一精という、2つの属性の頂点に君臨する精霊同士が戦うという、歴史的にも例の少ない戦闘がこの王都ナイステイトで幕を開けた。
「「風の支配域」」
二人から全く同質の風が周囲に広がり、中間地点でぶつかり合った。その魔法の効果範囲、込められている魔力量、そして精度もほぼ互角。
高位の精霊同士による戦いは、相手をいかにこの魔法の効果範囲内に叩きこむかで、勝負が決まる。
「やあああああああああッ!」
ティフォーネの周囲から爆発的な風が吹き出し、彼女は上空のアネモネに向かって突撃していった。
両手で持つ魔法の殴打用棍棒は金色に輝き、恐ろしい威力を秘めているのが分かる。
もちろん、ティフォーネの接近を黙って見ているアネモネではなかった。
アネモネが魔法の杖を高く掲げると、彼女の周囲に恐ろしい数の黒い球体が出現する。その球体は、バチバチと激しい音がするほどの電気を帯びていた。
「食らいなさいッ!」
杖が振り下ろされると同時に、次々に発射される黒い球体。ティフォーネの視界が、数多くの黒い球体で埋め尽くされる。
「チッ!」
ティフォーネは一直線に向かっていた進路を変更せざるを得ず、右に大きくカーブして更にアネモネの上空まで上昇する。
アネモネの頭上を取ったティフォーネは、重力の力も借りてもの凄い勢いで降下していった。
「やあああああああああッ!」
「させませんッ!」
再びアネモネがティフォーネの直線状に黒い球体を放つが、その数は先ほどよりも明らかに減っている。
ティフォーネは魔法のメイスに力を込めると、黒い球体の軌道を見極め、そして───
「なんて非常識な姉なのですッ!」
彼女の目の前で、黒い球体が次々に打ち返されていく。次の瞬間には、アネモネの前に魔法のメイスを振り被ったティフォーネが立っていた。
「ごめんね、こんな姉でッ!」
自分の妹に向かって、躊躇なく魔法のメイスをフルスイングするティフォーネ。だが、必殺のメイスはそのままアネモネの体を通過していった。
「あれ?」
「恐ろしい姉なのです」
無防備なティフォーネのすぐ隣に、魔法の杖の先端を向けたアネモネが立っていた。その杖の先端に白い渦が出現した瞬間───
ゴオオオオオオオオオッ!
「わあああああああああッ!」
ティフォーネの体は、地面に向かって吹き飛ばされた。そして、ガリオたちのいる中庭に激突する。
「ティフォーネッ!」
ガリオの目の前で、もうもうと土煙が立ち昇る。だが、それはすぐに風に流されて消えた。
煙の消えた場所には、大きなクレーターの中心に立っている無傷のティフォーネの姿があった。
ホッと胸をなで下ろすガリオ。
「すみません、私は大丈夫ですッ!」
ティフォーネはガリオに明るい笑顔を向けると、再び上空のアネモネに突進していった。
ガリオたちの頭上で、特大の嵐が到来したかのような激しい爆音が響き渡り、最上級の精霊同士の壮絶な戦いが繰り広げられている。
「人の心配をしている場合か、鼠」
「はッ!」
突然目の前に迫ってきた両手剣を、ガリオは一瞬で『虹切』を抜き払って受け止める。だが、彼はそのまま後方に吹き飛ばされた。
バルコニーの端までゴロゴロと転がったガリオは、急いで体を起こして体勢を整える。
「ほう。凱旋パレードの時といい、僕の攻撃を受けきるなんて、ただの鼠ではなさそうだな。だが、お前たちはもう終わりだ」
「なにッ!」
怪訝そうな顔をするガリオの前で、ケイル王子は左手を上に掲げる。すると、彼の頭上に精霊魔法で作った光球が出現し、そしてパッと目を焼くような光を放って消えた。
「もしや……」
これから何が起こるかを想像したガリオの顔が、真っ青になった。そして───最悪の事態が訪れる。
ドドドドドドドドド───
地面が揺れるかのような地響きが聞こえ始め、屋敷の外に浮かんでいた光球が慌ただしく動き出す。
ケイル王子は、この戦いに王国軍の第1軍団を投入することを決断したのだった。
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