第107話 新たなる目覚め⑥「ただ一人の精霊」
「はい……はい、ガリオ様。例えこの身が滅ぶとも、私はずっとガリオ様のおそばにおります」
「ああ、それなら……安心だ。ああ。俺にそんな契約精霊がいてくれるなら、俺は始祖精霊様とだって戦える」
二人はギュッとお互いの手を握り合う。
「ティフォーネ」
「はい、ガリオ様」
そして二人は───キスをした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
次の瞬間、ガリオとティフォーネの体が白い光に包まれた。それは、二人の魔法回路が───相手を助けたいと願う気持ちが1つに繋がった証。
それと同時に、屋敷の遥か上空に、白く輝く巨大な魔法陣が出現した。その余りの大きさに、王都でお酒を呑んでいた酔っ払いたちの中には、呆然となってコップを地面に落とす者が続出したのだった。
すると、繋がったままの二人を包んでいた光が1カ所に集まって、キラキラと輝く光球となって浮かび上がった。そして、スーッと上空の魔法陣に吸い込まれるように上って行く。
白い光球が魔法陣の中に消えていくと、魔法陣に描かれた複雑な紋様が動き出し、次第にゆっくりと中央に向かって収束し始めた。
「あああッ!」
「ティフォーネッ!」
突然ティフォーネが眉を顰めて、苦しそうにうめき声を上げた。彼女の顔は赤く上気し、額には細かな汗が浮き出ている。
一方のガリオは、苦しそうなティフォーネの手をしっかり握って、隣で見守ることしか出来なかった。
彼女は目をきつく閉じ、うわ言のようにガリオの名前を呼び続ける。
「ガリオ様、ガリオ様、ガリオ様……」
「ティフォーネッ! 俺はここだッ! ここにいるぞおおおッ! 頑張れえええええええええッ!」
───そこは以前見た、膨大な魔力のあふれ出す、ぽっかりと大きな口を開けた底知れない穴。
『怖い……』
ゆっくりとその穴の中に落ちていこうとしているティフォーネは、絶望的な恐怖を感じて体をギュッと小さく縮めた。
この穴に完全に落ちてしまったら、果たして自分がどうなってしまうのか、全く想像が付かない。
『ガリオ様、ガリオ様……怖いよお』
ガタガタと体を震わせ、大切な人の名前を呼ぶティフォーネ。
周りを見回してもその広い空間にはたった一人きりで、次第に目も見えなくなり、何も聞こえ無くなっていく。
もうここから逃げられないことを悟った彼女の心は、今にも折れてしまいそうなほど弱っていた。その時───
『……あ』
全身の感覚が麻痺したように何も感じなくなったティフォーネは、胸の奥に温かくて丸い何かが残っていることに気付く。
その温かい何かは、彼女を励ますように「ドクンドクン」と力強く鼓動していた。
『……あああ』
ティフォーネの大きな紅い瞳から涙があふれ出し、キラキラと輝いて暗黒の穴の中に落ちていく。
彼女はその温かい何かを守るように、歯を食いしばって必死に膝を抱えて丸くなった。いつの間にか全身の震えは止まり、恐怖も感じなくなっている。
『……ガリオ様。今行きますね』
やがてティフォーネは、その穴の先に広がる無限の魔力の渦の中に溶けていった。
───精霊教会総本山
「あッ!」
「時詠みの巫女様ッ! どうされましたかッ!」
始祖精霊様への祈りの最中、一人の巫女が床に崩れ落ちた。
彼女は薄いベールで顔を隠し、金色の刺繍が施された真っ白のローブで全身を包んでいる。
その巫女は感じていた、自分の契約精霊の叫びを。そして、精霊界全体が言葉にできないほど震撼していることを。
周りにいた者たちに助け起こされながら、彼女は苦しそうに言葉を吐きだす。
「……誰か、教皇様に急ぎ連絡を。精霊界で何か……とてつもない何かが起ころうとしています」
───闇の精霊が三大公ベルゼブブの居城
「ん? これは……」
漆黒の髪とアルビノのように白い肌をした美しい青年が、ベッドの中で目を覚ます。
城の上空は厚い雲に覆われており、窓の外は昼間なのに薄暗かった。
「お目覚めですか、ベルゼブブ様」
部屋の隅の陰になっているところから、しわがれた男性の声が聞こえてきた。
だが、ベルゼブブはその方向にチラリと目線を向けただけで、再び両目を閉じる。
「精霊界で面白いことが起きている」
「……ほう、これは一体どういうことでしょうか」
正体不明の声の主も、精霊界にある自分の本体にアクセスして、状況を確認したようだった。
「分からん。もしかしたら我らが主、闇の精霊王様の封印を解く鍵かもしれん。私は人間界の様子を当たることにしよう」
───南の大王朝にある反乱軍の隠れ家
「誰かッ! 誰かいるかッ!」
「どうしたッ!」
自分の部屋から勢いよく飛び出した少女が、仲間たちを探して家の中を走り回る。
彼女は濃い藍色の髪と褐色の肌をしており、その大きな瞳を爛々と輝かせていた。
「来たぞッ! 兆しだッ! 今こそ剣を取れッ!」
「お、お前、なんて格好をしているんだッ!」
「う、うるさいな。それどころじゃないだろッ!」
褐色の肌の少女は、薄いランニングシャツに短パンという、あられもない格好をしていた。
長い髭の生えた中年の男性に注意されて、彼女は腕を組んで両方のほっぺをプーッと膨らませる。
「精霊の声が聞こえたのッ! きっと、予言書にあった救世主様が現れたんだッ! 今すぐ救世主様を探しだし、あのクソッタレ王朝をぶっ潰すッ!」
王都ナイステイトの上空に現れた巨大な魔法陣は、やがて紋様が見えなくなるほど中心に収束すると、地面に向かって光の柱が伸びた。
その真下にいたのは、ガリオの腕で眠るティフォーネである。
「うわッ!」
目を開けていられないほどの光に包まれ、ガリオは手元のティフォーネを守るべく、彼女の体に覆いかぶさって盾になろうとする。
だが彼は、無意識に理解していた。その自分たちを包む光が、目に見えるほどに密度の濃い魔力の奔流であることに。そして、その魔力には自分たちを傷付ける意思がないことに。
その光の柱はガリオの体を突き抜け、ティフォーネの体に吸収されていく。
しばらくして、徐々に細くなっていった光の柱は、最後は糸を巻き取るように彼女の中へ消えていった。
ガリオの手元には、全身が白く輝いているティフォーネがいた。その姿を見て、彼は焦った声で少し彼女の体を揺らす。
「お、おい、ティフォーネ?」
ガリオはこのまま彼女が、光とともにスーッと消えてしまうのではないかと危惧したのだ。
彼の声が聞こえたのか、ティフォーネがうっすらと目を開ける。
「……ガリオ様?」
「ああ、良かった」
ティフォーネの声を聞いたガリオは、少し涙ぐむと、彼女の体をギュッと抱きしめた。
「大丈夫か? 体に異常はないか?」
「はい。でもちょっと眩しいです」
「……ティフォーネの体が光ってるんだ」
「えッ───わッ! すみませんッ!」
彼女は慌てて体を離すと、目を閉じて意識を集中する。するとすぐに、彼女の発光現象は止まった。
ホッと胸をなで下ろすティフォーネ。そんな彼女を見て、ガリオが苦笑する。
「立てるか?」
「はいッ!」
先に立ちあがったガリオが、ティフォーネの体をグイッと引き上げる。
彼の横に並び立つティフォーネの足下はふらついたりせずに、しっかりとバルコニーの床に両足で立っていた。
「ジャンナ姉さん。無事に姉さんの本体が目覚めたようですね。今精霊界は、大騒ぎになっています」
中庭のほうから、風の四大精霊アネモネの声が聞こえた。
そして何故か彼女は、腹ばいになったケイル王子をその足で踏みつけている。
普通ではあり得ない光景に、ガリオとティフォーネは目を丸くした。
「アネモネ、あなた……何をしてたの?」
「ああ、この虫けらが姉さんの邪魔をしようとしていたので、こうやって足止めしていました。でも、なんだか嬉しそうなのです」
「き、貴様ッ! 不敬ではないかッ! さっさとその足をどけ───ふぐッ!」
ケイル王子はジタバタと抵抗するものの、精霊魔法を封じられている状態では、風の四大精霊アネモネに体力で敵うはずもなかった。
彼は背中を思い切り踏まれ、苦しそうに呼吸している。
「ふうーふうー。あ、アネモネ、あとで見てろよ」
「黙れ、人間。お前には、この後私に協力してもらいます」
「だ、誰が、貴様なんぞに協力するか───ふぐッ!」
再び押し黙るケイル王子。アネモネはとても上機嫌そうな笑みを浮かべて、手に持った魔法の杖をガリオたちのほうに向けた。
「すでにジャンナ姉さんの本体には、風の支配領域から侵攻を開始しています」
「……あのね、アネモネ。さっきから間違っているよ」
「え?」
ティフォーネが右手を斜め下に伸ばすと、手の平の中に白い魔法陣が出現し、中から杖のようなものが姿を現した。
しかし、その武器は魔法の杖にしては短く、太く、そして先端には重々しい金属の塊が付いている。
それは、ティフォーネの相棒である魔法の殴打用棍棒だった。
そして彼女がその殴打用棍棒を一振りすると、ドレスが一瞬白く輝き、頭や肩、胸、手足などが白銀色をした武装に覆われる。
ティフォーネは白兵戦を得意とする、ガチガチの近接戦闘型の精霊なのである。
彼女はとびっきりの笑顔を浮かべて、高々と宣言した。
「風の四大精霊ジャンナはもういないッ! 私はガリオ様の契約精霊であり、新たに誕生した属性のただ一人の精霊、唯一精ティフォーネですッ!」
※「面白かった」「続きが気になる」と思って頂けましたら、評価するボタン(☆☆☆☆☆)を押してもらえると嬉しいです。レビュー、感想もお待ちしております。
※作者の連載を書き続けるモチベーションが上がります!
※こまめに更新していますので、ブックマークをすると便利です!




