第105話 新たなる目覚め④「妹の本当の気持ち」
「そこの人間。お前はジャンナ姉さんの契約者ですね」
「は、はい」
すると彼女は、何でもない顔をしてとんでもないことを言い出した。
「今すぐジャンナ姉さんとキスしなさい」
「へ?」
「え?」
「なんだとおおおおおおッ!」
「にゃにいいいいいいッ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
とんでもないことを言い出した自分の契約精霊に、とうとうケイル王子の堪忍袋の緒が切れた。
彼は水の中をジャブジャブと進んで、噴水から脱出する。
そして、水を吸って重くなったマントを脱ぎ捨てると、顔を真っ赤にしてまくし立てた。
「何ふざけたことを抜かすか、アネモネッ! もういい、お前は邪魔だッ! ここは僕一人で十分だッ! とっとと精霊界に消えろッ!」
ケイル王子は右手を持ち上げて、胸の前からその腕を真横に薙いだ。
彼は風の四大精霊アネモネが、スーッと空中に溶けるようにいなくなるかと思ったが、何事もなく彼女はその場に居続けている。
「はああああああ?」
彼は何度もブンブンと右手を横に振るが、結果は変わらなかった。しばらくすると腕を止めて、呆然とした表情で上空を見上げるケイル王子。
「……僕に何をした、アネモネ」
「私は人間が嫌いなのですよ、我が契約者」
「な───ッ!」
自分の契約者を見下ろす風の四大精霊アネモネは、彼を煩わしい虫けらでも見るような冷めた眼つきをしていた。
これまで他人からそんな目で見られたことが無かったケイル王子は、ショックのあまり言葉を失う。
「人間はどんな姑息な手を使ったか分かりませんが、先々代の風の四大精霊オンウィーア様を篭絡し人間に貶めただけでは飽き足らず、お前たちはジャンナ姉さんの優しさにつけ込んで、自分たちの良いように姉さんをずっと利用し続けてきました」
「だ、だからどうしたッ! 何故貴様は人間界に残っていられるんだッ!」
ケイル王子が焦る気持ちを、さすがのガリオも少しだけ分かる気がした。
人間の契約者に精霊界への帰還を命じられても、それに逆らう契約精霊がいるなど、聞いたことが無かったからだ。
「そんな私が人間との契約に応じるとなれば、何の策も講じない訳がありません。矮小な人間などに精霊界に帰るタイミングまで指図されるのは、我慢なりません」
「なッ! だったら、何故貴様は僕と契約したんだッ!」
ケイル王子は震える拳をグッと握りしめて、大声で叫ぶ。しかし、アネモネはプイッと顔を逸らした。
「人間の契約精霊になることを避けてきた私があなたと契約したのは、精霊界から消えたジャンナ姉さんの行方を探すため。そして───」
彼女は右手を横に真っ直ぐ伸ばすと、足元に白く輝く小さな魔方陣が出現し、中から1本の魔法の杖がゆっくりとそそり立ってきた。
2本の白いヒモが螺旋状に絡まったように伸びる杖の先で、光り輝く小さな珠を中心にして大小様々な輪っかがグルグルと回転している。
風の四大精霊アネモネはその魔法の杖を手に取ると、手の平の上で軽々とクルクル回転させて、先端をティフォーネのほうにピタリと向けた。
「───私の手で、ジャンナ姉さんを倒すため」
彼女の言葉を聞いて、倒れているティフォーネを助け起こそうとしていたガリオの手に、グッと力が入る。
「私たちは、精霊界に生まれたときからずっと一緒でした。私たちは、他の属性の精霊とずっと一緒に戦ってきました。私たちは、階級が昇格するタイミングもずっと一緒でした。私たちは、風の支配領域でずっと一緒に過ごしてきました。私たちは、この先もずっと一緒にいようと約束していました。だけど……」
風の四大精霊アネモネの口の端が吊り上がり、ゾクゾクするような恐ろしいまでに美しい笑みを浮かべた。
だが、ガリオはその彼女の表情を見て、全身に一瞬ブルッと震えが走る。アネモネの顔がティフォーネととても似ている分、得体の知れない違和感が彼の心を冷やしていった。
「先々代の風の四大精霊オンウィーア様がいなくなってから、私たちの関係は変わりました。ジャンナ姉さんだけが四大精霊に昇格しました。私も姉さんに追いつこうと、戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って……だけど駄目でした。始祖精霊様はお認めになりませんでした」
「アネモネ……」
ティフォーネが悲しい目を自分の妹に向ける。
それと対照的に、風の四大精霊アネモネの声は高まっていった。彼女の紅い瞳が、より一層キラキラと輝き始める。
「私は、次第にジャンナ姉さんに勝ちたいと思うようになりました。そうすれば、私も姉さんと同じ四大精霊になれるのです。私は決して、姉さんに劣っていた訳ではない、姉さんにも勝る存在だと証明したいのです」
「……ごめんなさい」
自分の胸の前で両手をギュッと握り締めているティフォーネの口から出てきたのは、謝罪だった。
彼女は自分の妹の想像もしていなかった胸の内を聞いて、心が締め付けられるような苦しさを感じていた。
しかし、その言葉を妹は拒絶する。
「そんな上から目線で謝らないでください。それに私は、ジャンナ姉さんに謝って欲しいわけではありません。こんな事態になったことを、逆に私は姉さんに、そして始祖精霊様に感謝しているのです。同じ属性同士で、戦うことは出来ませんから」
風の四大精霊アネモネは、空いている左手を自分の肩に置き、少しだけギュッと自分を抱きしめる。
彼女は感極まったように目に涙を浮かべ、色白の頬がほんのり赤くなっている。
「ジャンナ姉さんの本体が精霊界のどこにあるのか観測できなければ、姉さんを倒すことが出来ません。さあ、そこの人間よ。早く姉さんにキスしなさい。そして、ジャンナ姉さんの本体を目覚めさせるのです。恐らくそれは、火・土・水・風、そして闇のどの属性でもない、新たなる6番目の属性が誕生する瞬間。ああああああ───」
ついには魔法の杖に頬ずりをするまでにクネクネと悶えている自分の妹から、ティフォーネは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに目を逸らす。
ガリオはあんぐりと口を開けて、上空のへんた……もとい、一人興奮している精霊を見ていた。
「あああ、始祖精霊様ッ! 私は貴方様の啓示のとおりに、新たなる6番目の属性を手に入れてご覧に入れましょう。そしてこの手で、この風の四大精霊アネモネの手で、始祖精霊様の望む世界をッ!」
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