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第104話 新たなる目覚め③「とんでもない要求」

「ガリオ様。ごめんなさい」

「……止めろ」

「私、ガリオ様の契約精霊として、お役に立てないみたいです」

「……止めるんだ」

「でも安心してください。ガリオ様の命だけは助けてみせますから」

「……止めろおおおおおおおッ!」


 ニッコリと微笑(ほほえ)む彼女の目から、きらりと光る一筋(ひとすじ)の涙がこぼれた。


「私は……ケイル王子のものになりますね」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガリオの(さけ)びもむなしく、ティフォーネは決意(けつい)を固めた顔で、上空に浮かぶケイル王子を見上げた。

 彼女の胸に抱かれた黒猫のモルカナは、いつでも逃げ出せるように体を緊張(きんちょう)させている。


「ケイル王子ッ! 私はどうなっても(かま)いませんッ! だけど、ガリオ様だけは───キャッ!」

「ティフォーネッ!」

「にゃ、にゃあーッ!」


 ドドドドドドドドド───!


 ケイル王子に許しを()おうとしていたティフォーネが、突然地面に倒れ込む。

 彼女の体にも、ガリオと同様の風魔法による重圧(じゅうあつ)(おそ)いかかったのだ。

 今のティフォーネは普通のうら若い女の子と同じ、いや、魔力がほぼ底をついている分、普通の人よりも精霊魔法への抵抗(ていこう)が弱くなっており、呼吸すらもままならない。


 ティフォーネは苦しそうに顔を(ゆが)めて、バルコニーの固い床に押し付けられている。

 彼女の腕の中にいたモルカナは、すんでのところで暴風(ぼうふう)の重圧から逃げ出し、中庭の花壇(かだん)の中に身を(かく)した。


「く、く……くッ!」

「ティフォーネッ! ぐおおおおおおッ!」


 顔を真っ赤にしたガリオは必死(ひっし)に体を起こそうとするが、上空の爆音(ばくおん)が少し甲高(かんだか)くなると、彼にかかる重圧が一層(いっそう)強まった。

 ()(すべ)もなくバルコニーの床に()い付けられている二人を、冷ややかな目で見下ろすケイル王子が、フンッと鼻を鳴らす。


「ジャンナ。元契約精霊ということで無理に拘束(こうそく)していなかったが、こうも簡単に裏切(うらぎ)るとはな。認識(にんしき)が甘かった僕のミスだ。ただ、君という人間のことが分かった、良い機会(きかい)になった」


 そして(あざ)やかなエメラルドグリーンをしたケイル王子の目が、スッと細められる。その瞳の奥には、冷酷(れいこく)な光が宿(やど)っていた。


「この僕に(さか)らうとどうなるか、じっくりとその体に教え込まなければならないな。その前に……」


 ケイル王子は腰に下げていた両手剣(りょうてけん)をスラリを抜き放った。すると、すぐに刀身(とうしん)の周りを白く小さな竜巻(たつまき)(おお)う。


不届(ふとど)きな(ねずみ)始末(しまつ)するほうが先か」


 竜巻を(まと)った剣を高々(たかだか)と頭上に(かか)げると、周囲の風が集まるように次第(しだい)にその竜巻は大きくなり、白い(かがや)きが増していった。

 ケイル王子の狙いは、ティフォーネを助けようとずっと悪戦苦闘(あくせんくとう)しているガリオである。


「死ね」


 ガリオを瞬殺(しゅんさつ)できるほどの威力(いりょく)が十分に高まったところで、ケイル王子は白き暴風(ぼうふう)渦巻(うずま)く両手剣を振り下ろそうとした。しかし───


「───止めなさい」


 (りん)とした女性の声が中庭全体に(ひび)き渡ると、両手剣を(おお)っていた竜巻が一瞬で()き消えた。

 それどころか、ガリオとティフォーネを苦しめていた上空から吹き下ろす猛烈(もうれつ)な風も、徐々(じょじょ)(おさ)まっていく。


「ティフォーネッ!」


 体が動くようになったガリオは、状況(じょうきょう)は分からないものの、ピクリとも動かないティフォーネのもとへ()け寄った。

 うつ伏せになって倒れているティフォーネを仰向(あおむ)けにして助け起こすが、彼女は息も()()えにぐったりとしている。

 ガリオは急いで腰に下げたポーチから回復ポーションを取り出し、ティフォーネに飲ませた。


「ガリオ様……」

「ああ。大丈夫か?」

「はい。なんとか……でも、一体何が」

「分からん。分からんが、あの精霊の声が聞こえたと思ったら……」


 ガリオとティフォーネは、(そろ)って上空を見上げた。するとそこには、両手剣の()(さき)を自分の契約精霊に向けているケイル王子の姿があった。

 その表情は、(いか)りに(ふる)えて真っ赤になっている。


「どういうつもりだ、アネモネ」


 静かな口調だったが、その声には(かく)しきれないほどの怒りがこもっていた。両手剣もよく見ると小さく(ふる)えている。

 だが、風の四大精霊(セラフィム)アネモネの端正(たんせい)な顔に変化はなく、自分の契約者(けいやくしゃ)を何を考えているのか分からない目で見ている。


 ケイル王子の一連(いちれん)の精霊魔法を消失(しょうしつ)させたのは、彼女の手によるものだった。


「答えろ、アネモネッ! どうして僕の邪魔(じゃま)をするッ!」

「……五月蠅(うるさ)い人間ですね」

「何ッ! うわ───ッ!」


 突然、ケイル王子は自分の体を支えていた魔力の手ごたえが、パッと一瞬で霧散(むさん)するのを感じ取ると、そのまま地面に向かって落下(らっか)していった。

 とっさに精霊魔法で再び浮かび上がろうとするが、何故(なぜ)か魔力を全く操作(そうさ)することが出来なくなっている。そして───


 バシャーーーン!


 大きな水しぶきを上げて、ケイル王子は噴水(ふんすい)の中へ落ちた。

 しばらくバタバタと手足を動かしていたが、噴水の底はさほど深くないので、彼はすぐに立ち上がる。

 そして、全身ずぶ()れのままで、一人空中に浮かぶ風の四大精霊(セラフィム)アネモネを、憎々(にくにく)しい顔で(にら)んだ。

 思わず目を(うたが)ってしまうような信じられない光景に、ガリオたちは目を丸くして呆然(ぼうぜん)とした表情で見守っている。


「……アネモネ?」

「ジャンナ姉さん」


 一方のアネモネは、ケイル王子の殺気(さっき)のこもった視線を無視(むし)して、姉のほうをジッと見ていた。

 何か言おうとしているその精霊の声に、3人が耳を(かたむ)ける。

 草むらの中に(かく)れている黒猫のモルカナも、大きな葉っぱの(かげ)から(おそ)る恐る小さな頭をのぞかせた。


「ジャンナ姉さんが消失(しょうしつ)した直後、智風精(ケルビム)だった私は、すぐに四大精霊(セラフィム)昇格(しょうかく)しました。そして、その時に声が聞こえました」

「それって……」

「『新たに誕生(たんじょう)した属性(ぞくせい)を手に入れよ』と」

「───ッ!」


 風の四大精霊(セラフィム)アネモネの言葉に、その場にいた全員が絶句(ぜっく)した。怒りに震えていたケイル王子でさえ、驚愕(きょうがく)の表情を浮かべている。

 精霊界、ひいては人間界に存在している精霊の属性は、火・土・水・風、そして(やみ)の5つで、それ以外は存在しないはずである。

 だが、アネモネが聞いた声が始祖精霊様(しそせいれいさま)啓示(けいじ)だとしたら、精霊界のどこかで、(なぞ)の6つ目の属性を持つ精霊が生まれたことを意味している。


 今、精霊界で何が起きようとしているのか───


 3人と1匹の驚きをよそに、アネモネはゆっくりと右手を上げ、自分の姉を支えているガリオを指差した。


「そこの人間。お前はジャンナ姉さんの契約者(けいやくしゃ)ですね」

「は、はい」


 すると彼女は、何でもない顔をしてとんでもないことを言い出した。


「今すぐジャンナ姉さんとキスしなさい」

「へ?」

「え?」

「なんだとおおおおおおッ!」

「にゃにいいいいいいッ!」

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