第103話 新たなる目覚め②「彼女の決断」
昼間の凱旋パレードでは、彼女は顔を薄いベールで被っていたが、今はしていない。
ガリオはその端正な顔を見て、「えッ?」と少しだけ動揺した。
世にも美しい女性の姿をした精霊が、隣にいるティフォーネにどことなく似ていたからだ。
そして───彼女の肩には、尾羽の長い真っ白の小鳥が止まっている。
「アルちゃん……」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ティフォーネ、あの小鳥ってアルキュオネだよな」
ガリオが気まずそうにティフォーネのほうを見ると、彼女はとても悲しそうな顔をして、コクンと頷く。
「……私の逃亡をケイル王子に知らせたのは、アルちゃんだと思います。でも、私にはアルちゃんを責める権利はありません。アルちゃんは私のトラブルに巻き込まれただけの、可哀想な子なんです」
「そうか……」
ガリオはティフォーネの言葉に静かに納得すると、バルコニーを中庭側のほうへ進み出る。
屋敷の壁の外には、王国軍の第1軍団と思われる兵士たちが控えているようだが、屋敷の中はガリオたちと上空に浮かぶケイル王子たちしかいなかった。
ケイル王子は、第1軍団の兵士たちにも、今の契約精霊が風の四大精霊ジャンナではない事実を秘密にするつもりらしい。
「ケイル殿下。俺はブングラスの町で冒険者をしている、ガリオと申します。この屋敷に無断で立ち入ったことは、心から謝罪いたします。ですが、彼女は、ティフォーネは俺の契約精霊───」
「───黙れ」
ドカァァァンッ!
「うわあああああああああッ!」
「ガリオ様ッ!」
ケイル王子が一言呟いたと同時に、ガリオの目の前の空間がいきなり爆発し、彼の体は後方の外壁まで吹き飛ばされる。
特大の風魔法『風撃』が無詠唱で炸裂したのだった。
ガリオはそのまま壁に叩きつけられたものの、後頭部だけはなんとか両手で庇っている。
血の気が引いたティフォーネが、床に倒れているガリオのもとに駆け寄ろうとしたが、痛みに顔を歪めるガリオはとっさに彼女の行動を止めた。
「来るな、ティフォーネッ! 巻き込まれるぞッ!」
「頭が高いぞ、鼠」
ゴオオオオオオオオオッ!
上空に浮かぶケイル王子が右手を真上にスッと掲げると、耳をつんざくような爆音が屋敷の上空で鳴り響く。
嫌な予感がしたガリオは、急いで立ち上がろうとするが、すでに手遅れだった。次の瞬間───
ドドドドドドドドド───!
「うおおおおおおおおおッ!」
ガリオは、真上から全身を押し潰すような強烈な圧力に襲われ、そのまま腹ばいになって床に沈んだ。
彼はてっきり、屋敷の壁が崩れて自分に覆いかぶさってきたのかと思った。
しかし実際は、彼を押し潰そうとしているのは、爆音とともに真上から吹き下ろす猛烈な風だった。
それはもう風と呼べるようなものではなく、物理的な形を持った暴力そのものである。
「ぐぐぐぐぐぐッ!」
ガリオは頭を上げるどころか、指1本も動かせそうになかった。そして、自分の体がミシミシと悲鳴を上げているのを自覚する。
一方のティフォーネも、ガリオのほうから吹き付ける暴風に飛ばされないように、バルコニーの手すりにつかまって耐えていた。その胸には、片手で黒猫を抱いている。
「ケイル王子、止めてくださいッ!」
「ジャンナ姉さん、貴女は一体どこにいるんですか?」
「───え?」
大きな風の音が一帯に鳴り響いているにも関わらず、その凛とした女性の美しい声はガリオたちの耳元に確かに届いた。
上空にいる風の四大精霊アネモネが、冷ややかな目でティフォーネのことを見下ろしている。
(あの精霊は、ティフォーネの妹だったのか)
猛烈な風に地面に押し付けられたままのガリオは、アネモネの素顔がティフォーネに似ていることに納得していた。
だが、風の四大精霊ジャンナに妹が存在していたという話は、一度も耳にしたことが無かった。
「あ、アネモネ。私は今どこにいるの?」
「ジャンナ姉さんの本体は、今精霊界のどこにも観測できません」
「そんな……」
ティフォーネは、想定していた中で自分の本体が最悪の事態になっていることを聞かされ、悲痛な表情を浮かべた。
アネモネの言ったことが本当なら、それは、彼女の本体が精霊界から消失したことを意味している。
精霊界は果てしなく広いものの、火・土・水・風、そして闇の5つの属性が支配している領域は、概ね観測が可能で、長きにわたりその支配領域に変化は無かった。
仮に、風の四大精霊ジャンナだったほどの存在が精霊界のどこかに移動したとしても、その身に宿す膨大な魔力を風の支配領域から観測できないわけがないのである。
これでは、ガリオ様の契約精霊として何の役にも立てないではないか。だとしたら、自分の生まれてきた意味が───
(……いえ。たった一つだけ、ガリオ様のお役に立てることがある)
ティフォーネはあふれ出そうな涙をグッと堪えて、自分の大切な契約者のほうを振り返った。
その表情は、見る者を魅了するいつもの明るい笑みを浮かべている。
そんな彼女の笑顔を見て、ガリオは自分の体内に冷たい水が流し込まれたような、心底からゾッとする嫌な感覚に陥った。
「……ティフォーネッ!」
ガリオは、本能に従って彼女を止めようとするが、体はピクリとも動かなかった。
彼は白魔法『身体強化』を使って全力で立ち上がろうとするものの、風の四大精霊アネモネの助力を得ているケイル王子の風魔法には、とても歯が立たない。
だんだんと呼吸が短くなり、ガリオは気持ちばかりが焦っていった。
「ガリオ様。ごめんなさい」
「……止めろ」
「私、ガリオ様の契約精霊として、お役に立てないみたいです」
「……止めるんだ」
「でも安心してください。ガリオ様の命だけは助けてみせますから」
「……止めろおおおおおおおッ!」
ニッコリと微笑む彼女の目から、きらりと光る一筋の涙がこぼれた。
「私は……ケイル王子のものになりますね」
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