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第102話 新たなる目覚め①「脱出失敗」

 (さか)さまになったままで黒猫はジッとガリオの目を見て、ハーッとため息を吐いた。

 そして、今までの行動が(うそ)だったかのように、優雅(ゆうが)に立ち上がると長い尻尾(しっぽ)をゆらゆらと()らす。


「いいだろう。吾輩(わがはい)が君の契約精霊を助けるのに、手を()そうじゃないか」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 その後、黒猫の姿をしたモルカナの指示により、ガリオが襲撃(しゅうげき)された現場の隠蔽工作(いんぺいこうさく)完璧(かんぺき)に行われた。

 黒マントたちの死体は、アーノルドの精霊魔法で(ちり)一つ残さず焼却(しょうきゃく)され、情報操作(じょうほうそうさ)のほうも、凄腕(すごうで)の情報屋である『黒猫の飼い主』本人から「バッチリだ」という太鼓判(たいこばん)が押されている。


 ガリオとモルカナの一人と一匹は、カルマたちと別れたあと、ティフォーネの幽閉(ゆうへい)されている屋敷(やしき)(しの)び込むことに成功し、今に(いた)る。

 なお、警備兵(けいびへい)と契約精霊による屋敷の監視網(かんしもう)は、モルカナの情報収集能力と、ガリオのカタリア仕込(じこ)みの盗賊(シーフ)の技能、そして、精霊に嫌われる『精霊殺し(エレメンタルキラー)』の特性(とくせい)を利用して、問題なくクリアしたのだった。

 

「───という(わけ)なのだよ。ティフォーネ君、分かったかい?」

「なるほど、よく分かりました! さすが『黒猫の飼い主』さんですね!」


 モルカナが得意(とくい)げに説明した内容に対して、ティフォーネが何の疑問も持たずに納得(なっとく)している光景を見て、ガリオは目を真っ白にして呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。

 ガリオの様子がおかしいことに気付いたティフォーネが、首を少し(かたむ)けて不思議そうな顔をする。


「ガリオ様?」

「あ、ああ。何でもない。大丈夫だ」


 ハッと意識(いしき)を取り戻したガリオは、フーッと大きく息を吐いて気持ちを落ち着けると、真面目な顔をモルカナに向ける。


「黒猫、逃走経路(とうそうけいろ)を確認してくれ。今度はティフォーネがいるから、さっきよりハードルが上がるぞ」

「分かってるよ。でも大丈夫だ。さっきここに来る途中に、仕掛(しか)けておいた物が……って、あれ?」


 外の様子を確認していたモルカナの表情が(くも)った───ようにガリオからは見えた。

 今モルカナは黒猫の姿をしているので、猫の細かい表情の変化は、いまいち分かり(にく)いのだ。


「どうした?」

「……外の警備兵がいなくなってる」

「なんだとッ!」


 ガリオは素早くティフォーネを引き寄せると、そのまま大きな窓の横の(かべ)に身を寄せた。そして、慎重(しんちょう)に外の様子を確認する。

 ティフォーネが幽閉されている部屋の外はバルコニーになっており、よく手入れされた中庭に下りることが出来るようになっていた。

 先ほどガリオが侵入(しんにゅう)してきた時には、その中庭を巡回(じゅんかい)する警備兵が何人かいたはずだが、モルカナのいうとおり今はその姿が全く見えない。


「……精霊が監視している気配(けはい)もない。(いや)な予感がするな。ティフォーネ、行こう」

「はい───あッ」


 ウェディングドレスのスカートを()みそうになり、よろけるティフォーネ。

 その純白(じゅんぱく)のウェディングドレスは、腰から上の部分は彼女のスラリとした細い上半身を(うす)い生地で(おお)っているものの、スカートの部分は足元の床一面(ゆかいちめん)に広がっている。

 

 ガリオは「チッ」と短く舌打ちすると、バッグの中から短剣を取り出して、ティフォーネの足下に(ひざまず)く。そして、彼女のドレスのスカートを足首の部分から()ち切った。


「ありがとうございます」

「いや。急ごう」


 気を取り直したガリオは、もう一度窓の外を確認し、身を低くして(すべ)るようにバルコニーに出た。

 外は中庭にある噴水(ふんすい)の音が聞こえる以外、不気味(ぶきみ)なほどに静まり返っている。

 本来(ほんらい)ならガリオたちにとって好都合(こうつごう)な状況なのだが、彼の表情は(けわ)しく、背中には冷や汗をかいていた。


 ガリオがティフォーネの手を引いて、バルコニーの(はじ)に移動しようとしたその時───


 ゾクゾクゾクゾクッ!


 突然、ガリオの全身を強烈(きょうれつ)な寒気が(おそ)う。彼は思わず足を止め、体が勝手にビクッと大きく(ふる)えた。

 彼はこれと同じ感覚を、ケイル王子の凱旋(がいせん)パレードの時に味わったことを思い出した。


「こ、このプレッシャーは……」


 そして、生ぬるい風が2人と1匹の間をサーッと吹き抜けていく。

 ティフォーネの(あか)い瞳が大きく見開(みひら)き、一瞬で顔色が蒼白(そうはく)になった。


「ガリオ様ッ! 風魔法(かぜまほう)風の支配域(ウィンドフィールド)』ですッ!」

「見つかってしまったかな」


 黒猫の姿をしたモルカナが、全身の毛を逆立てて「フーッ!」と警戒(けいかい)姿勢(しせい)をとる。

 次の瞬間───これまで真っ暗だった屋敷(やしき)の周囲の森が、急に(まぶ)しい光に明るく()らされた。


 2階のバルコニーから、数多くの精霊魔法で作られた光球(こうきゅう)木々(きぎ)の間に浮かんでいるのが見える。


「人の屋敷に勝手に上がり込む(ねずみ)が」


 ガリオたちは、風に乗って頭上(ずじょう)から若い男性の声が聞こえてきたことに驚く。

 彼らが見上げると、中庭の上空(じょうくう)に二つの人影(ひとかげ)が浮かんでいた。


「……ケイル王子」


 金色の髪と真っ赤なマントを風になびかせて下界(げかい)を見下ろすその姿に、ガリオはゴクリと(つば)を飲み込む。

 その堂々(どうどう)たる風格(ふうかく)は、まさに王者(おうじゃ)のそれだった。


 ケイル王子の隣には、ティフォーネと同じ長い銀色の髪と(あか)い瞳をした美しい女性が立っていた。

 昼間の凱旋(がいせん)パレードでは、彼女は顔を(うす)いベールで(かぶ)っていたが、今はしていない。

 ガリオはその端正(たんせい)な顔を見て、「えッ?」と少しだけ動揺(どうよう)した。

 世にも美しい女性の姿をした精霊が、隣にいるティフォーネにどことなく()ていたからだ。


 そして───彼女の肩には、尾羽(おばね)の長い真っ白の小鳥が止まっている。


「アルちゃん……」

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