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第101話 王都の夕闇⑩「黒猫の苦悩」

 ガリオに手首を(つか)まれているアーノルドの顔が、今度は逆に苦痛(くつう)(ゆが)み始める。

 彼はその腕を振り払おうとしたが、ガリオの握力(あくりょく)のあまりの強さに、それも(かな)わなかった。


「どうして、ここに───俺の契約精霊(ティフォーネ)がいないんだああああああッ!」

「知るかあああッ! いい加減(かげん)、手を離せよおおおッ! おっさあああんッ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガリオたちのやり取りを遠くで見ていたイエーガーとウィリアムは、絶叫(ぜっきょう)するガリオたちを指差(ゆびさ)してゲラゲラと大笑いしていた。


 しばらくして落ち着いたガリオは、ボロボロになった防具(ぼうぐ)を脱ぎ捨て、装備や荷物を確認している。

 その様子を、アーノルドが(いた)む手首をさすりながら憎々(にくにく)しい表情で見ていた。


「チッ。やっと冷静になったか、ガリオのおっさん。助けてやったのに、(ひど)い目にあったぜ」

「本当に助かったよ、アーノルド。ありがとう。カルマちゃんもありがとうね」

「……いいえ」


 ()ずかしがり屋のカルマは、アーノルドたちの視線から逃げるように、ガリオの(かげ)(かく)れて立っていた。

 アーノルドが少し悲し()な目でカルマを見ているのを気にしつつも、ガリオは先ほど彼が言った言葉の真意(しんい)を確かめる。


「アーノルド。ティフォーネが俺の契約精霊(けいやくせいれい)だと言ったのは、本当の事なのか?」

「チッ、本当におっさんは知らなかったのかよ。まあ、知ってたらあのティフォーネちゃんを放っておくはず無いわな」

「……」


 グッと握りこぶしを作って、(くや)しそうに唇を()むガリオ。

 それを(ひや)ややかな目で見ていたアーノルドは、大きな鼻息をフンッと鳴らした。


 アーノルドたちは、ガリオとの勝負に負けたあの日の真夜中、ティフォーネと戦って手も足も出ずに惨敗(ざんぱい)した。

 その時にティフォーネと彼らとの間で、命を取らない()わりに、有り金全部とこの国から出て行くことを約束(やくそく)したのである。

 そして、最後に彼女の正体(しょうたい)を知らされた。


 ブングラスの町を出たアーノルドたちは、本当にこの西の王国から出て行こうと思っていた。

 しかし、好奇心(こうきしん)に負けて、ティフォーネが最後に言った事実(じじつ)を確認しようと、ケイル王子の凱旋(がいせん)パレードを見に来ていたのだ。

 そこで彼らは、ガリオとティフォーネが起こした騒動(そうどう)を遠くから目撃(もくげき)する。

 

『あのおっさん、マジあり得ねー……』


 アーノルドは、男として、ガリオがあんな可愛くて一生懸命(いっしょうけんめい)契約精霊(ティフォーネ)を見捨てて、あの場を(はな)れていくのが信じられなかった。許せなかった。

 逃げたガリオを1発ぶん(なぐ)ってやろうと思い、彼を(さが)していたところに、この現場に偶然(ぐうぜん)鉢合(はちあ)わせしたのである。


「ティフォーネちゃん本人が言ったんだよ。自分がおっさんの契約精霊で、しかも元々は風の四大精霊(セラフィム)ジャンナだったってな」

「なッ!」

「……ッ!」


(て、ティフォーネが風の四大精霊(セラフィム)ジャンナだった……)


 アーノルドの語った衝撃(しょうげき)の事実に、ガリオとカルマは絶句(ぜっく)してしまう。

 風の四大精霊(セラフィム)ジャンナといえば、この西の王国のケイル王子の契約精霊であり、凱旋(がいせん)パレードでもその圧倒的(あっとうてき)存在感(そんざいかん)(しめ)していた。

 しかし、ティフォーネはあの精霊が風の四大精霊(セラフィム)ジャンナではないと否定(ひてい)し、自分のほうがジャンナだったと言っている。


 それならば、何故(なぜ)彼女は素直(すなお)にケイル王子に助けを求めなかったのか。そして、ケイル王子の後ろにいたあの精霊は、一体(いったい)何者なのか。

 見るだけで人を震撼(しんかん)させる強烈(きょうれつ)な魔力は、あの精霊が四大精霊(セラフィム)か、それに近い位階(いかい)(ぞく)していることは間違いなさそうだった。

 さらに、ケイル王子をはじめとするこの国の王族(おうぞく)は、この事実を隠蔽(いんぺい)しようとしている。


 ガリオの頭の中を様々な疑問(ぎもん)がグルグル(めぐ)っており、彼は頭をガシガシと()きむしった。

 だた、そんな中で───ガリオはたった一つだけ希望を見出(みいだ)す。


「……ティフォーネは生きている可能性がある」


 ガリオは自分が(おそ)われた原因が、ティフォーネが拷問(ごうもん)などをされて、あの精霊が風の四大精霊(セラフィム)ジャンナではないことを知っていると口にしたからだと思っていた。

 だが、彼女がジャンナ本人だというなら、話は(ちが)ってくる。


 ケイル王子がティフォーネを見て、そのことに気付いたとしたらどうだ。

 自分のようにすぐに殺されてしまう可能性は、ずっと低いのではないだろうか。 


(俺に……ずっと精霊と契約できなかった俺に、初めてできた契約精霊ッ!)


 ガリオは体の奥から、勇気のような燃える何かがどんどん()き出てくるのを感じた。

 ティフォーネがどういう状況(じょうきょう)にあるか分からないが、今ここで彼女を助けに行かなければ、自分がこれまで生きてきた意味がないのだ。


(そのためには……あいつにだって協力してやるッ!)


黒猫(くろねこ)ッ! いるんだろッ! 取引してやるッ!」


 ガリオの突然の大声に、近くにいたカルマとアーノルドが顔をしかめて耳を(ふさ)ぐ。

 すると、近くに(しげ)みがガサガサ()れて、下から1匹の黒猫が()い出てきた。


「やっと吾輩(わがはい)を呼んでくれたね、ガリオ君。ずっと、ずーっと待ってたんだよ」

「あ、さっきの猫ちゃんッ!」

「おい、猫がしゃべってるぞッ!」

「マジだッ!」

「契約精霊なのかな」


 カルマとアーノルド3人組は、驚いた顔をしてそのしゃべる黒猫をまじまじと見ている。

 黒猫の声は、子どものような甲高(かんだか)い声をしており、男性か女性かもすぐには判別(はんべつ)できなかった。

 しかし、ガリオは全く気にならない様子で、その黒猫に普通に話しかける。


「黒猫。ティフォーネが無事かどうか、分かるか?」

「ああ。彼女はちゃーんと生きてるよ。ただし、相当(そうとう)警備(けいび)(きび)しい場所に幽閉(ゆうへい)されているけどね」

「……そうか」


 黒猫の情報を聞いて、ひとまずガリオは胸をなで下ろす。

 そして、彼は一度大きく深呼吸(しんこきゅう)をして、両手でグッと(にぎ)りこぶしを作ると、黒猫を(にら)みつけた。


「全部終わったら、もう一度だけお前の夢の実現(じつげん)の手伝いをしてやる。だから、ティフォーネを助け出すのを手伝ってくれ」

「ええー……どうしよっかな」

「なにッ!」


 ガリオは、黒猫の予想していなかった反応に(あわ)てていた。彼はてっきり、黒猫が自分の要求を()んでくれると思っていたのだ。


「ど、どうしたんだ、黒猫ッ! あんなにいつも、手伝え手伝えってうるさかったじゃないかッ!」

「……吾輩(わがはい)にも事情というものがあるのだ」


 ガリオと黒猫が真剣(しんけん)に会話しているシュールな光景に、カルマたちは呆然(ぼうぜん)とそれを見つめていた。

 黒猫は下を向いて、何かブツブツと(つぶ)いている。


「……まさかガリオ君に契約精霊ができるなんて……本当はティフォーネとかいう精霊なんて助けたくないけど……それだとガリオ君が協力してくれないし……長年の吾輩(わがはい)の夢が永遠に(かな)わない……ああああああ……夢を叶えたいけど、そのために彼の契約精霊(ティフォーネ)を助けてしまえば、結果的に吾輩(わがはい)の夢は叶わない……何という矛盾(むじゅん)なのだ……」


 黒猫は考え事に夢中(むちゅう)になり過ぎて、いつの間にかゴロゴロと地面を転がっていた。

 その場にいる全員が、それを生温(なまあたた)かい目で見守っている。


(面白いな)

(……可愛い)

(何だあの可愛い生き物は)

(モフモフしてー)

(お持ち帰りしちゃダメかな)


 すると突然、黒猫がハッと動きを止めると、全員がゴクリと息を飲んだ。

 今の黒猫は、手足を広げて(やわ)らかそうなお腹を空に向けており、とても無防備(むぼうび)な姿を人目(ひとめ)(さら)している。


「……そういえば、(はる)か昔に4体の四大精霊(セラフィム)を契約精霊にした勇者の伝説が残っていたぞ……だとしたら……吾輩(わがはい)にもまだ可能性はあるということか……」


 (さか)さまになったままで黒猫はジッとガリオの目を見て、ハーッとため息を吐いた。

 そして、今までの行動が(うそ)だったかのように、優雅(ゆうが)に立ち上がると長い尻尾(しっぽ)をゆらゆらと()らす。


「いいだろう。吾輩(わがはい)が君の契約精霊を助けるのに、手を()そうじゃないか」

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