第五話
頭は一度タオルで拭かれて、濡れているのが気にはならない程度に整えられた。
髪の毛に触るとキュキュッと良い音がして、あの豪快な洗い方を我慢した甲斐はあったとは思えた。
と、そこに女の手が伸びてきて泡付きのタオルを渡された。
身体専用の石鹸の物だという泡はモコモコとしていて、身体が白く包まれていくのも楽しくも感じる。
そうして全身を洗ったが、「まだ足りない」と女はタオルを取り上げて背中に回ってきた。
この女は自分の身体を洗おうともせずにオレの事ばかり気にしてる。
「自分の事やれよ……」
「気になって自分の事に移れないの。今度は横を向く」
一応触れてはみたが聞く耳持たずというもので、諦めて椅子を横にして座った。
女は力を入れてゴシゴシゴシゴシと背中を洗う。
こうされると自分でやるよりも汚れが落ちてるようでもあって、誰かにやってもらうってのも良いものだとの気持ちも湧いて、途中からは何も言わなかった。
そして、誰かにこんな事をされたのはまだ家に母親が居た頃か……と思い出した所で、その考えは止めた。昔の事より今の事だ。
全身を洗い流した後は湯船に入った。
そこも単なるお湯じゃなく、少し濁っていて良い匂いがした。薄い薔薇の匂いだ。
その湯で身体が温まると共に頭の中も温まって意識が薄まってしまいそうだった。
しかし、それではいけないと顔を振っていると、今は洗い場で独り身体を洗っていた女がこっちを向いた。
「そういえば今日も川がどうとか言ってたけど、そこから来たの?服も濡れてから乾いたみたいだったし」
「オレは川に捨てられた物とかを拾って磨いて売ってんだ。最近は住処のある町にある川は同じ事をやってる奴らも大勢で成果が良くなくなってさ。だから、この町の近くの川で拾うようになって、今日もそうしてたんだ」
「へ~、そうして一人で暮らしているの」
「ああ……」
母親は小さな頃に家を出て行ってしまった。
残った父親とその後は暮らしたけれど、今はいない。
それから6年は独り暮らしだ。
その年数で身に着けた川での物探しと磨く技術には、同じ事をしている奴らと比べても自信があった。
「なるほど、より良い売り物になるように努力しているわけか。これが言うのは簡単なんだけど、行動に移すには楽なものじゃないよねえ……」
「ま、まあ、そうだな」
女も何か似た仕事をしているのか、その気持ちはよく分かるというように頷いている。
その姿に変な奴だと思いながら風呂に深く浸かる。
そう、本当に変な奴だ。
今、傍に居るこの女は初めて見るような奴だった。
川で使える物を探していると、嫌そうな目で見てくるか憐れんだ目で見てくるか、どちらかの奴しかいなくて、オレはそのどちらの目で見られるのも好きではなかった。
未だ使える物を川に沈めたままにしておくよりそうする方がいい。
実際に買い手もついているし価値がある物となっている。
川の流れにとっても邪魔が無くなりいいはずだ。
そう思って仕事しているだけで、そんな目で見られる筋合いはなかった。
なのに、こんな奴もいるものだと知る。
初めて逢ったのに、こんな風に言って来るなんて。
そして、その事に調子づいて気分良くもなっている自分にも気づいて、ちょっと頭を冷やそうかと顔まで湯に浸かる事にした。




