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マスターと助手  作者: 佐久サク
助手の休暇
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第四話

 風呂から出た後は、これまた高価そうな室内用の服に着替え、その着ているというよりも着られていないだろうか……ともなる姿で夕食を取り宿泊部屋に入った。


 腹が一杯の身体で一度は部屋のベッドでゴロゴロとしていたが、そこは一人部屋としては大きくどうも落ち着かなかった。

 落ち着くといえば風呂だなと、一度目は身体の汚れを落とす事が主だったからと、今度は各種の浴槽に入る事を目的として行った。

 そして、水風呂と高温風呂に交互に入り、薬湯で温まり、泡が噴出される浴槽で身体を刺激されてと存分に楽しんでいたところで、クラインさんとばったりと出会い入浴後の誘いを受ける事に。


 広い談話室から続く個室で酒片手に二人きり。

 フィル君は酒が駄目らしく、一人で過ごすのはつまらないとの事で、「それならお供しますよ」と気軽に引き受けて、まずは一杯酒を楽しんだ所で話は今日の事になる。


「それでは改めて、今日は本当にありがとう」

「いえいえ、俺は追い払っただけですから。それにしても災難でしたね。空を飛んでいるかと思ったら急に……」

「私達も何かしたわけではないのだけれどね。管理者に事の経緯を説明しても珍しい事だと言われたよ。この件はきちんと今後に調査し対処するとの事だった」

「それなら良かった」

「ところで、一つ聞いていいかな」

「何でしょう」


 話をするにも慣れてグビグビと酒のグラスを傾けていると、クラインさんが声のトーンを落として話かけてきた。


「君が使ったあれは”銃”だね」


 言葉と共に眼鏡の奥の目がキラリと光るようで、思わず何も口内に無いのにゴクリと何かを大きく呑むようにしてしまった。


「しかし、撃ち出されたのは銃弾ではなく衝撃波。あれは魔術によってのものだろうか」

「あーっと、それは……」


 詮索されている。

 フィル君の話では科学技術全般の知識がある、他の技術も参考にするとの事だった。

 その点から興味を持たれての質問なんだろうか。

 でも、それにしては捕まって尋問を受けているかのような緊張感がほとばしる。


「これはすまない」


 言葉が出ない俺に深く頭を下げて謝るクラインさん。


「私としては普通に話しているつもりなのだけれど、圧力があるとよく言われてしまうもので……。それを聞いて君にどうこうしようというわけではないよ。だから、そう重く受け取らないで欲しい」


 そう話すクラインさんは実に申し訳なさそうで、意識して力を抜いて話し始めたようなその言葉は穏やかにも思え俺の気持ちも落ち着く。


「ただ聞きたい事としては、あれは君が作ったものなのかな」

「いえ、俺はそんな技術も何も持っていません。雇い主がそうした事に通じていまして、何かあってはと、護身用に借りているだけなんです」

「そうか。古代文明技術と魔術との双方に詳しいわけだ」

「そうですね」


 そこで俺に思いつくものがあった。

 この個室に入る前の談話室での雑誌置き場に目に留まっていた物があったのだ。


「少し待っていてください」


 談話室に戻り様々な雑誌が置かれた場所を探ると、望んだ通りの物がそこにあった。

 それは文芸誌の先月号。

 中身は縁のある物ではないけれど、その表紙の画には関係があった。

 そこに描かれているのはマスター。

 仕事で訪れた学校の美術教師に頼まれて画のモデルとなり、それが巡り巡って文芸誌の表紙を飾る事となったのだ。

 マスター自身はどうしてこうなったと困ったような反応も見せていた出来事だが、今はその出来事が俺の手助けになる。

 こうして表にも出るような人だと、怪しい者ではないという意味も込めて説明するには丁度いいだろうと、その本を持って身体を翻した。





 



 個室に戻りクラインさんに文芸誌を手渡して、その表紙の人物が雇い主だとまずは一言。

 その後は各地の遺跡巡りをして遺物の復元の仕事をしている事、俺はその手伝いをしている事を伝えた。

 クラインさんは俺ではなく文芸誌の表紙へと視線を向けて、全てを頷きつつ聞き遂げる。

 俺の話が途切れた後は本をテーブルに置き、指を絡めた手をテーブルに乗せて暫く考えるような姿を見せた。


「ジョシュ君。頼みがあるのだけれど……」


 やがてクラインさんは顔を上げたが、その神妙な様子に俺の身体が固まる。

 何か行動を間違ってしまったのだろうか。マスターの事は言うべきではなかったのか。

 ここに来ての頼み事とは……と様々浮かぶが、どれも見当はつかない。 


「今日の事はお互いの胸の中にしまっておこうか。今の話だけではない、あの砂地でのことも全て口外しないと」


 考えになかった提案だ。

 あの出来事が不味い話なのならば、ここに来る前にとうに言われていた話だろうに何故に今。

 俺としてはマスターに旅の思い出として伝えたかもしれない程度の事で、それを話してはならないと言われたら、そういうものとして片付ける事に文句はない。

 だが、気になる事には触れておきたい。 


「それ自体はいいですけど、なぜ……」

「君にとっても私にとっても弟にとっても、それが良いだろうからね」


 クラインさんは微笑みを付けて伝えてきて、そこに俺は再び圧を感じ取る。

 だが、そういった事や、答えられたようで答えられていないような……と、その意味を問う事より、そこに入り込んだ単語から意識が離せない。


「お、おとうと……?」

「そう、弟」


 文芸誌の表紙にクラインさんの指先が置かれる。

 そこにはマスターの絵姿しか写っていない。

 ということは弟とはマスターの事で。

 クラインさんとマスターとは兄弟で。 

 そのまま間柄について頭の中でぐるぐるとも回るが、回してばかりでもいけない。


「え、あ、お、お兄さん……なんですか」

「そうだね、初めまして。君の雇い主の次兄にあたる者だよ。はっきりとした証明が出来ればこちらとしても良いのだけれど、そういった物は持ち歩いているわけでもないものでね」

「あ、あれ、でも、名前……」


 この個室を利用する手続き時に見たクラインさんの姓名は、何やら幾つも区切る部分のあった長い名前で全部をはっきりとは覚えてはいない。

 しかし、そのどこにもマスターと共通する部分はなかったのは確かだった。


「私は妻の家に入って、姓は変わっていてね」

「あ、ああ、そういう事で……」


 静かに事を説明するクラインさんと、何か言われる度に動揺する俺。

 俺と同じく上に兄が二人いる、大きく歳が離れていると、それは知っていたはずなのに、急な出会いに心はわたわたとして言葉が続かない。

 そんな心情を汲まれたのかは分からないが、そこからマスターの話にはならなかった。

 クラインさんからはマスターとは関係の無い俺自身の事を聞かれたり、フィル君について話をする事に終始した。

 その流れの中でどうして今日の事を他言してはいけないのかについては問う事も出来ず、酒の味も感じられないまま飲んでいき、酔いには強いけれど酔ったかのような考えの纏まらない頭で、やがて時間が来て部屋に戻る事になった。



 部屋に戻ると、つい先ほどまでの話を考えようとしてしまう。

 そうすれば、どうにも落ち着かないものが出てくる。

 口止めをされた事に逆らおうとは思わないが、その意味は嫌でも考えてしまう。

 何よりもマスターに知られたくない様子の兄であるクラインさんの頼み。

 思えばマスターからは俺の話に合わせてポツポツとは家族の事も聞いたけれども、それとて詳しくは知らない、マスターから話してくる事はまずなかった。 

 今日の事があったとの理由だけでなく、こうして遠い土地で独りになったのもあってか、いつもは思わない同居人のこれまでについて次々と気になるものが湧いてくるようだった。


 と、考えていっても全ては憶測で、何か分かるわけもなくそれらは全て振り切ることにした。 

 では、別の事をと考えて浮かぶのはクラインさんとマスターの姿。

 それぞれが興味を持つ技術を探求するという点では似ている、知的な雰囲気には共通項も見える。

 けれど、顔に似たものはなかった。

 本人も認める所の圧があるというクラインさんと、どこかふわふわ浮いているような様子も見せるマスターとはその辺りがどうも繋がらないともなるものだった。

 

 そうしている内に今日の身体の疲れと今の精神の疲れが出てきて、就寝用の服に着替える気力は湧かないまま、後はぐったりと大きなベッドで手足を広げて眠りに入る事にした。

 



 



 朝になり、パリッと綺麗になってホテルの洗濯室から届けられていた昨日の私服に着替え、朝食はフィル君とテーブルを同じにして昨日の話となった。


「僕ではお付き合いできないので、ジョシュさんが居てくれて良かったですよ。きょ……クラインさんも有意義な時間だったと言ってましたから」

「そ、そうだね、俺も濃い時間を過ごさせてもらったよ」


 楽しそうにも話すフィル君に表情を硬くしながら返す。

 濃くて、濃すぎて、どうにかなってしまいそうな時間だったと、ここであの一時を浮かび上がらせたが、それ以上は考えぬよう頭の中に押し込んだ。


 そして、二人は近くの学校での勉強会に向かうとの事で、乗る列車は違うが駅は同じだと一緒にそこまで行ってから別れる事に。

 俺の乗る列車の方が出発が早く、発車まで余裕ある内に乗り込んで、その出入口から駅のホームにいるクラインさんとフィル君と挨拶し、その中で誤解のあった本名を名乗りもした。

 マスターの事には触れずに、「仕事柄呼ばれ慣れているので、これまで通りで良い」とも付け加え、俺は”ジョシュさん”改め”助手さん”として最後の時を過ごす。


「君達がこれからも成果を上げる事を願っているよ」


 別れが目前となったその時、クラインさんからそう伝えられた。

 それは自分とは違う技術を追い求める者達への励ましの言葉で、隣にいるフィル君もそう思っているのだろう。

 けれど、それだけではない。

 その表情は紛れもなく肉親とその仲間に向けた優しさをも湛えたものだと俺は受け取った。

 

 彼ら兄弟間に何か俺は知らなくてもいい事情があるのは確かなのだろう。 

 けれど、そこに仲違いや悪い事があるわけではないとその表情から受け取って、それならば俺も踏み込みはせず約束は守ろうと決めれば、そこで発車のベルが鳴りドアが閉まる。

 そして、遠く離れて行く彼らの姿を見つめながら、俺は誰にも話さない旅の思い出を胸に自分の居場所へと帰っていくのだった。





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